第9話 くまのぬいぐるみ

 翌日の夜、アルバイトが休みだった俺と友人三人は再び、隆司の車に乗ってサナトリウムに来た。

「おい、施錠されているじゃないか」

「ほんとだ、既に工事会社が柵をしているぞ」

 既に、そこは立ち入り禁止になっている。

「ここに入ると不法侵入になるぞ」

「仕方ない。諦めよう」

『麗、そういうことになった。残念だが、諦めてくれ』

『私のくまちゃんは、どうしたのでしょう?』

『立ち入り禁止だから確かめる方法はない。多分、工事の人によって捨てられているかもしれない』

 麗にはそう言ったが、麗の悲しそうな顔が目に入った。麗の姿は俺以外には見えないようだ。

「隆司、入ろう」

 俺は隆司に言った。

「おい、さっき不法侵入になると言ったばかりだろう」

「ちょっと用がある。お前たちが来ないなら俺だけで行く」

「分かったよ。俺たちも行く」

 俺たち四人は裏に回ると、まだ人が入れるところは施錠されていなかった。

 そこから、建物の中に入り、3階の端の部屋を目指す。

『ここだな』

 俺は脳内会話で麗と話をする。

 そこに入ると、まだ工事には手をつけていないみたいで、この前と同じベッドが一つあるだけだ。

 そして、棚を見るとくまのぬいぐるみがあった。

 一つ違っていたのは、そのくまに小さな花が置いてあったことだ。

「花が置いてあるぞ」

 しかし、その花は既に枯れていた。

「あれから誰かが来て、花を置いて行ったのかもしれないな」

『この花は工事の人が置いて行ったものです』

『麗、分かるのか』

『はい、残留思念があります。その人も子供を亡くした過去があるようです』

 工事関係者で子供を亡くした人が、くまのぬいぐるみを見て、自分の子供の事と重なったのかもしれない。

『怜さん、くまちゃんを持って行っていいですか』

『みんなに言ってみるよ』

「これ、貰っていっていいか?」

「「「えっ?」」」

「ここで亡くなった子供のぬいぐるみだぞ。ちょっと気味が悪くないか?」

「いや、それでもいいんだ。出来れば供養したい」

「怜がそこまで言うならいいが…」

「悪いな、隆司。車は汚れないようにするから」

 俺はくまのぬいぐみから埃を払うと、一緒に持って建物を出た。


 アパートの近くで降ろされると、くまのぬいぐるみを持って部屋に入り、カラーボックスの上に置く。

 麗がそれを見て俺に礼を言って来た。

「怜さん、ありがとうございます」

「いや、これで良かったのか?」

「はい、この子は物心付いた時からいつも傍にいて、私と同じようにあそこで過ごしてきたものですから…」

「それにしては、壊れていない」

「ええ、何でも戦前にアメリカで作られたという話を母に聞いた記憶があります。昔の物は丈夫に作られていましたから」

 俺はくまを手に取りタグを見つけると、そこには英語で製造元などが記載してあった。

 しかし、そのタグも黄ばみと汚れで、全てが読めるような状態ではない。

「どうする、洗おうか?」

「いえ、このままでいいです。この子も歳を取ったのですから」

 その夜、俺はベッドに横になったが、麗は横に来ずに、くまのぬいぐるみの前で、いつまでも佇んでいた。


 翌日、バイト先であるうどん屋に行くとそこには服部部長が来ていた。

「部長、どうかしました?」

「実は言い難いんだが、君を社員にして店を任せようという意見があるんだ」

 俺は学生だし、社員とかになると前の会社みたいにブラックで使われるかもしれないので、未だにバイトという身分でいる。しかし、時給は3倍の3,000円になっている。

 1日8時間働けば、交通費という名目も合わせて25,000円貰える。

 最も、アパートから歩いて来れる距離なので、交通費はほんとに名目料でしかない。

 そして、客も俺が作るうどんだけ特別だという事も分かって来て、俺が休暇などでいない時は客も来ない。

 だが、結局、特別な店を出す事になった。この店は安いだけのチェーン店とは一線を画し、高級うどん店として出店したこともあり、それなりに味は整っていて、今ではちょっとした有名店になっている。

 テレビでもグルメリポーターが来ては宣伝しているので、全国的にも名前が知られてきた。

 それでも俺はマイペースの生活をしている。ただ一つ、幽霊が憑いていることだけが違う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る