第5話 幽霊の足

「ジリリリリ」

「うーん、……」

 俺は目覚まし時計に手を出した。針を見ると7時を指している。

 そう言えば、夕べ幽霊と話をしていたので、4時間くらいしか寝ていない。

「ふぁーあ」

 欠伸をして起き上がると、カーテンを開ける。すると、太陽の光が部屋の中に入って来て、薄暗い部屋が明かるくなった。

「夕べの事は、何だったのだろう。俺は夢を見ていたのだろうか?」

 そう思って部屋の中を見渡すが、麗の姿はない。

「やっぱり、夢だったか」

 思わず独り言が出た。

「いえ、夢じゃありませんよ」

「えっ?」

 声はすれど姿は見えず。

「こっちです、こっち」

 声のする方を見ると、部屋の薄暗い所に麗は居た。

「あっ、居る」

「居ますよ、なんたって、怜さんに憑いていますから」

「えっ、俺に霊が憑いているというのか?」

「そうです。私が憑いています」

 もう、霊なのか麗なのか分からん。

「い、いやそれで、どうしてここに居るんだ?」

「だって、今から朝食でしょう。私もご相伴にあずかりたいなと思って」

「へっ、朝飯を食わせろと言うのか?」

「だって、あなたに憑いてきたんですもの。当然でしょ」

「何が当然だ。居候じゃないか」

「そう、受け取って貰っても構いません」

「いや、待てよ、ここに居ずに、さっさと成仏してくれよ」

「だって、どうやって成仏するか分からないんだもん」

「へっ、何それ?」

「まあ、そういう事だから」

 俺は頭を抱えた。

 しょうがないので、パンと目玉焼き、それにサラダの簡単な朝食を作る。

「わあー、美味しそうですね。では、いただきます」

 麗はそう言うと、箸で朝食を食べ出すが、実際の朝食は減る事は無い。

「ごちそうさま」

 麗がそう言うと、やや味の落ちたパンを俺が食べ出す。

「一つの食事を二人で分け合う。なんだか、慎ましく生きている夫婦って感じで素敵です」

「麗さん、彼氏とかは?」

「私は生まれた時から身体が弱くて、あの施設から出た事はなかったんです。ですから、そんな彼氏なんて…」

 麗はちょっと、顔を赤らめた。

「だから、こんな新婚さんのような生活って、凄い憧れだったんですよ。だって、17歳で死んでしまった訳でしょう」

 まあ、若い女の子が結婚に憧れるのは、いつの時代でも同じって事だろうな。

「そう言う、怜さんには彼女とかは?」

「居る訳ないじゃん」

「なんだ、初心な二人ですね」

「お前が言うな」

「あっ、何ですか、その言い方。仮にも私はあなたより年上なんですからね」

「昭和3年生まれって事だろう。だとしたら、今、90歳じゃないか。おばんどころかお婆さんじゃん」

「人が気にしている事を…、こうなったら呪い殺しますよ」

「そうすると、飯が食べれなくなるぞ」

「あっ、そうです。このー、くそー」

「深窓の令嬢が、『くそー』なんて言うか?」

「あら、そうでしたわ、オホホホ」

「大体、白鳥ってどういう家なんだ?」

「戦前は大層な企業で、私は一応お嬢さまだったんですよ。戦争が終わって、事業を再開すると、それが高度成長に乗って、今では大企業ですよ」

「へー、そんな大企業なら俺も就職したいね」

 俺のような地方の大学生なんて、どうやったって一流企業に就職するのは難しい。

「では、お兄さまに、お願いしましょうか?」

「お兄さまって?まだ、生きているって事?」

「そうですよ、死神が2,3回来たんですけど、私が追い払ったので、未だに仕事してますよ」

「へー、その大企業ってどこにあるんだ?」

「どこにって、日本国内だけじゃなく、世界中にあります。白鳥グループって聞いた事ありませんか?」

「えっ、白鳥グループ…」

 白鳥グループは日本最大の総合企業で、ありとあらゆる事業を展開している。その事業一つ一つが一流企業だ。その中核になる白鳥コンシェルンは国内外から優秀な人材が集い、官僚になるより白鳥コンツェルンに入る方が難しいと言われている会社だ。

 その会長を務めるのが、「白鳥 辰二郎」と言われる人物で、今年確か92歳になるはずだ。

「でも、実力で入った方が良いですから、怜さんは頑張って下さいね」

 いやいや、そんな大企業、俺なんかその子会社のさらに子会社だって入社できる可能性は少ない。

「そうかもしれない。だけど、今更、麗さんの顔だって覚えていないだろう」

「それは問題ありませんよ。お兄さまの夢の中に入り込みますから」

「人の夢の中にも入れるんだ?」

「そうですね、そうやって悪夢を見せる事が出来ます」

 いや、どうしてそういう方向に行くんだ。

 そんな話をして朝食の時間が長くなったが、食事も済んだので、片づけをする。

「私が洗えればいいんですけど、触れないので、申し訳ありません」

 麗が謝って来るが、皿でも割られたら、番町皿屋敷のようになりかねない。

 夜中に「1まーい、2まーい」なんて言われたら最悪だ。

「いいよ、仕方ないから。ところで、幽霊に足は無いって本当なのかい?」

「えっと、それはどうにでもなります。例えば、ほら、今から足を消します」

 麗はそう言うと、足が消えていった。

「おおっ」

 思わず感嘆の声が上がる。

「そのスカートの中はどうなっているんだ?」

 足がなくなったので、興味本位で聞いてみる。

「もう、女子のスカートの中を覗くなんて悪趣味ですよ」

「あっ、ごめん」

「まあ、ご飯を食べさせてくれるご主人さまですから、一度だけならいいですよ」

 麗はそう言うと、浮かび上がった。するとスカートの下の部分が目の高さに来る。

 俺は不謹慎ながら、そのスカートの中を見た。

「えっ!?」

 中には何もない。足も無ければ、足がついているはずの身体も無い。全くの空洞だ。

「どう、納得頂きました?」

 俺は全力で首を上下に振った。

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