第88話集合場所にて
期末テストも終わり、『鳴細学園』はそのまま夏休みに入った。夏休みに入ったからと言って何か特別なイベントが京也にあったわけではなく、何事も無いまま桜小和のライブの前日になった。
だが、それは京也に限った話で椿家では大変な事が起きていたと京也は後に楽斗から聞いた。
なんでも椿春馬の付き人二人の実力を疑い、二人を家から追放しようとする過激な意見が本家の一部から出たそうなのだ。その意見を出した人物曰く、『椿春馬が別人になっていたのにそれに気付かないとはなんたる失態。二人は椿家から追放するべきだ』との事だそうだ。だが、椿春馬が拐われたのは椿家の本邸の中で、さらに相手はあの"顔なし"の弟子だ。一学生に見分けられるわけがないという反対意見も出た。
そして付き人二人の処遇を最終的に決めたのが椿春馬の父であり、椿家現当主の椿春源だ。彼の下した決断はこうだ。『たしかに春馬の区別が付かなかったのは二人の失態ではあるが、相手はあの有名な"顔なし"の弟子、見分けられないのも仕方はない。それに春馬が拐われたのは本邸の中でだ。むしろ我々が責められるべきだろう。だが、だからと言って失態を犯した二人になんの処罰も下さないわけにはいかない。よって二人にはこれから椿家本家で一ヶ月教養訓練を行ってもらう。なお、これ以降椿家本邸に招き入れる人物は誰であろうと入念に調査を入れる事とする。以上だ』
教養訓練とは椿家で独自に行われるとてつもなく過酷な訓練の事を指す。春馬の区別が付かなかった二人は実力が足りなかったと判断しての決断だろう。だが、この決断は椿春源にしてはかなり優しい物だったらしい。おそらく椿春馬が拐われたのは椿家本家の責任のため、二人を深く責める事は出来なかったのだ。
そんな椿家での出来事を知らない京也はライブの前日に集合場所である『鳴細学園』に着いた。
「おっ、相棒が来たぜ♪」
「あっ、ほんとですね。氷室さ〜ん!」
「おう」
楽斗と薺が京也の存在に気づき、京也が返事のために小さく手を上げる。
「それでは全員集まりましたね。では、いざライブ会場へ出発進行です!」
そう言い、薺は駅のある方へと歩いて行く。
「なあ、なんか薺さんテンション高くねぇか?」
「ああ、まあ学校の友達と一緒にどこか行くっていうのが初めてだからな、凛は。きっと今この状況が楽しいんだろ」
京也の疑問に隣を歩いてた和葉が視線は前を向きながら答える。
「へぇ、そうなのか」
そしてそのまま最寄駅まで行き、そこで電車に乗った。
「なあ、薺ちゃん。桜小和さんはどんな性格なんだ?」
しばし揺られた後、楽斗が口を開ける。電車には京也達以外に人がいなかったため、普通に話すことが出来た。
「う〜ん、そうですね。とても元気でいい子ですよ。お友達も多い方でしたし。皆さんともすぐ仲良くなれると思います」
「へぇ〜、じゃあテレビに出てる通りの性格って事だな! よかった〜!」
楽斗はテレビに出てる桜小和は営業スマイルだった事を懸念していたのだろう。たしかに、いつも笑顔の歌姫が裏ではキツイ性格だと中々こたえる物がある。
「実は私達も会った事ないから少し楽しみなのよね〜」
「えっ、美桜達は同じ学校じゃなかったのか?」
「そうですね、青薔薇学園は名家でも本家の者しか入れない決まりでしたから美桜ちゃん達は会う機会がありませんでした」
奏基の疑問に奏基の前に座っている薺が答える。
「へぇ、中々キツイ所だな。青薔薇学園って」
「まあ、氷室さんの仰る通り入るのに制限はたくさんある所ですが入ってしまえばとても快適な場所ですよ。警備態勢も十全に整っていて安全ですし」
「まっ、俺には関係無い話だからいいんだけどよ」
そう言い、京也は興味なさげに両手を首の後で組む。
「ふふっ、氷室さんは相変わらずですね」
「「いや、微笑む要素あった?」」
京也のその様子をみて薺が微笑むが、何故微笑んだのか和葉と楽斗がつっ込む。
「そういえば電子手帳で【一指】の名前が伏せられてるけどあれはどういう事だ京也?」
しばらく会話が途絶えた後、和葉が思い出したように聞く。
「ん? それこそどういう事よ和葉。なんでその事を京也に聞くの?」
「えっ、だって京也が【一指】なんだろ?」
「「「えっ?」」」
「悪りぃ、和葉。いまいちよく聞き取れなかったわ。もう一回言ってくんね?」
薺、美桜、奏基が一瞬固まり、奏基が聞き間違いではないのか念のため和葉にもう一度言うように促す。
「いや、だから京也が【一指】……あっ、これ言っちゃいけないやつか?」
「「「え〜〜〜〜!」」」
和葉の口から放たれた言葉に薺、美桜、奏基が大声を上げて驚く。幸い京也達以外に乗客はいなかったため迷惑になる事は無かった。
「お、おいそれマジかよ京也! お前が【一指】って、ええ!?」
「どういう事京也! なんでその事を今まで隠してたのよ!」
「そうです! 氷室さんは一体何回私達を驚かせれば気が済むんですか! ていうかそういう事は氷室さんの秘密と一緒に教えてください!」
「悪いな京也。まだまさかこうなるとは思ってなかった」
「いや、いいよ和葉。いずれ教えるつもりだったし。時が来たら皆に言おうと思ってたんだ。あの時に言ったら皆が衝撃に耐えられなくなるんじゃないかと思ってな。まあ、簡単に言えば俺が『鳴細学園』のトップに立ってる【一指】だ。で、隠してた理由なんだけど、それはまあ、目立たないようにするためだな。【一指】が俺だって分かったら俺が生きてる事が復讐相手に知られることになるからな。最初の予定では俺が生きてる事がバレずに復讐を完遂させるはずだったんだ。
でも一応バレた時のために二つ目のプランに簡単に行きやすいように試験は真面目にやって【一指】の座を勝ち取った。でもだからって【一指】だって事が一般的に知られるわけにはいかない。だから入学式の四日前に林道さんに頼みに行ったんだ。俺を最下位にしてくれって。そしたら偶然入学を辞退した人が一人いたらしくって、俺は何の違和感も無く一位、そして最下位にいることが出来たって訳だ。まあ、そのかわり林道さんの三つの願いに従わなきゃいけなくなったけど。それで、結局『百鬼夜行』の時に復讐相手に俺の存在がバレたから、隠し通す必要が無くなったって訳だ」
「な、なるほどな。よく分かったぜ。長い説明ありがとな」
京也の長い説明に奏基は顔を引きつらせながら答えた。
「いや、あんた絶対分かってないでしょ。はあ、あんたにも簡単にわかるように説明すると、
京也は最初は復讐相手に自分の事がバレないように復讐を終わらせるつもりだったけど、自分の存在が相手にばれたから隠す必要が無くなったってわけ。分かった?」
「おお、わかったわかった。いや〜、相変わらず美桜の説明は分かりやすいな」
「あんたは阿保過ぎるけどね」
「なるほど、そういった事情があったのですね。あれ、でも今も電子手帳の【一指】の欄は確か空欄だったはずですけど」
「ああ、あれは急に俺の名前が載っても皆が混乱するだけだろうから空欄のままにした方がいいって林道さんが言ったんだよ」
「なるほど、そういう事でしたか。了解です。氷室さんの実力はもう知ってますし何せあんな事実を打ち明けられた後です。今更そんな事で怒りはしません」
「ありがとな」
「いえいえ」
京也の感謝の言葉に、薺は微笑みで返した。
「さあ皆さん、どうやら目的地に着いたみたいでっせ。お喋りはまた後でって事でとりあえず電車から降りようや」
会話が一区切りした所で楽斗が目的地に着いた事を全員に知らせる。そして、全員で目的地であるライブ会場の最寄駅に降りたのであった。
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