第86話気が狂った二人

「おやおや、それはマジですかな薺殿。桜小和に個人的に会いに行けるだって? 俺達を殺すつもりなのであるのであろう? ふっ、そんな戯言に耳は傾けませんとも。ええ、傾けません」


「ふふっ、佐伯氏の言う通りでありますよ。我々みたいな愚民がかの有名な桜小和殿に個人的に会えるなどあってはござらぬ事なのであるよ」


「ねえ、この二人明らかにテンション、って言うか気がおかしくなってるわよ。だって意味のわからない喋り方してるもの」


 気が狂ったとしか言えない楽斗と奏基に美桜が声を出して呆れる。


「だから言ったんだ凛。こういう事はいきなり言ったらダメだって。こいつらがそんな衝撃に耐えられるわけが無いだろ」


「え、でも和葉ちゃんも言ってたではないですか、きっと喜んでくださると」


「ああ、言ったよ。そしてその後にこうも言ったな、きっと楽斗と奏基は気が狂う事になるから慎重に行けって」


「まあまあ、いいじゃねえか和葉。薺さんも喜んでもらおうとしてやった事なんだから。それに二人はほっとけば元に戻るだろ。それよりも、俺が気になるのは何で薺さんが桜小和の連絡先を知ってるかって事だな」


 無意識だろうが少し威圧的になってしまっている和葉を抑え、京也は薺に質問する。


「あっ、それは簡単です。私小和ちゃんと中学が同じだったんです。それでその時に仲良くなりまして、高校に入ってからも連絡を取り合っているんです。小和ちゃんは忙しいのでたまにしか連絡は取れませんが」


「中学? 薺さんの中学はどこなんだ?」


「はい、きっと氷室さんも知っていると思いますよ。入っていた自分が言うのもあれですがかなり有名な所ですので。青薔薇学園という所です」


「………………」


「凛、どうやら京也は知らないらしいぞ」


 薺の出した学校名が分からなかったのだろう、京也は気まずそうに薺から目を逸らした。


「えっ、やっぱり有名だというのは傲りだったでしょうか?」


「いや、普通は知ってなきゃいけないことだ。常識だからな。だがその常識をこいつの無知さが上回ったんだろうな。いいか京也、青薔薇学園っていうのはな、簡単に言えば超金持ち学校だ。成績が優秀なのはもちろんの事、それなりに有名な家の出じゃないと入ることを許されないんだ。四大名家の跡取りは全員代々ずっとそこに通っているんだよ」


 青薔薇学園を初めて聞いたであろう京也に和葉が説明をする。


「へぇ、なるほどな。ていうことは桜小和も結構有名な……桜家、なるほどな。『没落の桜家』か」


「そうです。よくご存知ですね氷室さん。小和ちゃんはあの『没落の桜家』の出身です。でも本人の前では言わないでくださいね。かなり失礼ですから」


「ああ、了解だ。それにしてもやっぱりか、桜って聞いた時からもしかしてとは思ってたけどな…………あの桜家なら仲間にするのはありか(ボソッ)」


「ん? 何か言いましたか?」


「いや、なんでもねぇ。それよりもうすぐ授業始まるだろ、そろそろ自分の席に戻った方がいいんじゃないか?」


 そう言い、京也は薺達に自分の席から離れるよう促す。


「ははっ、泡島氏。貴殿もそう思うかね」


「もちろんでござるよ佐伯氏。あれはきっと薺殿の戯言であろう」


「ちょっと! この二人まだ元に戻らないんだけど! 何とかして京也!」


「はぁ……ったく。面倒くせぇな」


 美桜に頼まれ、京也はめんどくさそうに楽斗と奏基を元に戻すために行動を取った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「本当にやるのですか?」


 とある屋敷にある一室で二十代前半の若い男が三十代くらいの男に確認を取る。年齢は然程変わらなさそうだが、立場的には三十代くらいの男が数段上なのだろう。若い男は緊張しているように見えた。


「ああ、もちろんだ」


「で、ですが……」


 三十代くらいの男の返答に若い男は言葉が詰まる。


「なんだ、怖気付いたのか? 我々の家族を守るためだ。覚悟を決めろ」


「い、いえ。そうではなく。作戦の翌日にはあの『鳴細学園』の【十指】が来ると聞いています。早めに会場入りしないとも限りませんし、やはり別の日に決行した方が良いのでは?」


「それはダメだ。標的を緊張させないためにライブの前日は警備が薄くなるはずだ。その時に生じる警備の穴をつく。それが一番成功しやすいからな。それともなんだ、我々は学生ごときに劣ると言うのか?」


「いえ! 決してそのような事はありません!」


 三十代くらいの男の威圧感に気圧されないようにと若い男は声をあげる。


「ならいい、では同志を集めろ。人数はなるべく多い方がいいからな」


「はっ! わかりました!」


「……さて、覚悟していただくぞ。この国に仇なした愚かな者達よ」


 そう言い部屋を出て行く若い男を見送りながら三十代くらいの男は不敵に笑う。

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