第83話京介と花奏

 これは京也達が『鳴細学園』に入学する、約三年前の話。


 とある屋敷の庭で二人の少年少女が楽しそうに遊んでいた。いや、少女の方は顔だけ見ると楽しそうとは言えないかもしれない。何せ無表情なのだから。だが、それでも普段の彼女を知っている者からすればその顔を幸せで満ち溢れていた。


「うわっ、もうこんな時間だ。そろそろ帰らないと!」


「……嫌、もっと遊んでたい」


 少年が帰ると言うと、少女は俯きながら少年の裾を掴み、少年を帰らせまいとした。


「えぇ、早く帰らないと兄ちゃんにどやされるって!」


「……じゃあ今日お泊まりする。それなら問題ない」


「いや〜、四大名家の跡取りなんだから俺が家に泊まっちゃまずいでしょ〜」


「……嫌だ、じゃあもっと遊ぶ」


「遊び足りないんだったら他の友達誘えばいいだろ?」


「……違う、遊び足りないんじゃない。京介がいいの。それに、友達いない」


「お前も中一なんだからそろそろ他に友達作ったらどうなんだ? 今の所俺と兄ちゃんしかいないだろ。そうだ、薺家の跡取りなんかどうだ? 俺達と同い年だろ」


「……いらない。なんなら京介だけでいい」


 少女のその言葉に少年は嬉しそうにはにかむ。


「はあ、まったく。わがままだなぁお前は。そろそろ他にも友達作っといた方がいいぞ。俺がいなくなったらどうするんだ」


「……えっ……いなくなる……そんなの……嫌」


 少年がいなくなると発言した事が相当ショックだったのだろう、少女は涙目になっていた。


「ああ、分かった分かった! いなくならない、いなくならないから。だから泣くな、な!」


「……グスッ、ほんと?」


「ああ、ほんとだ! う〜ん、でもほんとにもうそろそろ帰らないとな〜。あっ、そうだ! じゃあ明日また来るよ! それならいいだろ?」


「……明日……また遊ぶ! 分かった、じゃあ今日は帰っていいよ。ただ、指切りげんまんする」


「ええ、中一にもなって指切りか〜。まあいいや、んじゃあするか!」


「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます(全身ぐちゃぐちゃになって死〜ぬ)指切った」」


「いや、何その指切り。怖ぇよ」


 少年が少女の言った内容の怖さに若干引いたが少女の方はそんな事お構いなしに嬉しそうだった。明日も遊べるという事がそれだけ嬉しいのだ。


「……ふふっ、じゃあまた明日」


「ああ、また明日な!」


 そうして少年は屋敷の庭から走りながら出て行った。そして少女をそれを嬉しそうに見送る。


 これが少年と少女、京介と花奏の最後の会話になると知りもしないまま。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「花奏! 一旦止まってくれ! ちょ、えっ、なんで全力疾走!?」


 全力で逃げる花奏を京介は追いかける。


「ああ、もう、"運動論うんどうろん加速かそく"!」


「キャッ!」


 このままでは追いつくまでに時間がかかると判断した京介は本当はダメだが、一瞬だけタビアを使う。急に京介が目の前に現れて驚いたのだろう、花奏は可愛らしい声を上げた。


「ふぅ、捕まえた」


 そしてそのまま京介は花奏の腕を掴む。


「は、離して」


「い〜や、絶対離さないね」


 花奏は京介の腕を弱々しく振り解こうととするが、本気にならなければ京介の手は振り解けない。


「「………………」」


 それからしばらく二人の間に静寂が続く。京介としてはどう声を掛ければいいのか分からないのだ。


「……指切りげんまんした」


「えっ、指切りげんまん?」


「……そう、約束した。次の日来なかったら全身ぐちゃぐちゃになって死ぬって」


「ああ、あれか。ていうか今も思うけど約束破ったら死ぬって過酷すぎない? しかもそれに全身ぐちゃぐちゃが加わってるし。どんだけ約束大事なんだよ」


「……でも……本当に死んだ」


「…………」


 花奏の言葉に京介は何も言えなくなった。話題をミスったという感じだ。今ここに存在しているからたまに京介自身も実感が湧かないのだが、京介は死んでいるのだ。それに、今はそれが理由で花奏は学園長室を飛び出している。完全にやらかしたと京介は思った。


「……また会えると思ってた……なのに……なのに……なんで死んじゃうの! もっと遊びたかった! もっと頭撫でて欲しかった! もっと一緒にいたかった! もっと……もっと……」


 花奏は続きを言おうとするが、涙で続きを中々言えなかった。


「花奏」


「っ!」


 花奏の名前を呼び、京介は花奏の頭を抱く。その事に驚きもあるが同時に安心感も覚えた花奏は身を京介に預ける。


「ごめん、次の日に会うって約束守れなかった」


「……うん」


「でも、今会えてるだろ? これじゃ不十分かもしれないけど我慢してくれねぇかな?」


「……嫌……だって本当の京介じゃない」


 少し苦笑しながら京介は続ける。


「俺達もやれるだけの事はしたんだ。でも、結局俺は実験台にされて死んだ。それは花奏にとっては耐えられない事だろうな。昔から泣き虫で、すぐ俺に甘えてきて、それでいて可愛かった花奏には」


「……可愛いは余計」


「ははっ、でも俺知ってんだぜ。花奏は本当は強いって事。公園で遊ぶ時、たまに見かけるいじめられてる奴を花奏がいの一番に助けに行ってたよな、たとえいじめてる奴が年上だとしても」


「……それは」


「だからさ、今回も強い花奏を見せてくれよ。たしかに俺の言ってる事は身勝手だ。勝手に死んでおいたくせに人に泣くなって要求してる。でもな、俺泣いてる花奏の姿なんか見たくないんだ。俺の目に写るのは笑ってる花奏で十分だ。俺が花奏の悲しむ理由だってんなら俺の事は忘れてくれ。だから頼む、もう泣くのはやめてくれ、そんな花奏を見てると俺まで泣きたくなってくる」


「……ほんと身勝手」


「うん、ごめん。完全に自己中なのは分かってる。でも「……泣いてる私は見たくないんでしょ?」


 京介を見上げながら花奏は京介の言葉を遮る。


「うん」


「…………じゃあ分かった。取り引きしよう」


 涙を拭いながら花奏はそう告げる。


「取り引き?」


「……うん、もう泣くのはやめてあげる。何があっても京介は悲しませたくない」


「花奏……」


「……ただし、週に一回京介の姿で私に会って。それが条件。それなら泣くのはやめて許してあげる」


「……分かった。兄ちゃんも多分了承してくれるだろうし。いいよ、ただ人の見てない所でな。流石に俺達の事を世間に知られるわけには行かないし」


「……うん、分かった。じゃあ指切りげんまん」


「ええ、高校生にもなってか?」


「……やるの」


「はいはい、分かったよ。花奏様のおっしゃる通りに」


「「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲〜ます(全身ぐちゃぐちゃになって死〜ぬ)指切った」」


「えっ、それまだ使ってんの? 昔から怖いって言ってんじゃん」


 花奏の残酷な指切りげんまんに突っ込みを入れている京介の腕の中から後ろに少し離れて花奏は微笑む。


「……ふふっ、約束だからね。じゃあ、戻ろ?」


「ああ、そうだな」


 そう言い、二人は並びながら学園長室に戻った。



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