第82話花奏の錯乱

 京也の今まで見たことないような必死さに全員が固まる。


 そこまでして巻き込みたくないのだろうか。そこまで巻き込みたくないのだろうかほど危険な事なのだろうか。


「で、でも京也。私達としては「分かりました。氷室さんがそうおっしゃるならもう追求は致しません」


 和葉の言葉を薺が遮る。薺も和葉と同じで京也の復讐という物を具体的に知りたいが、あえて聞かない事にした。それは京也を信頼しているからこそ出来た判断だろう。そして何より、教えない理由が自分たちを巻き込みたくないという優しい理由に薺は嬉しくなったのだ。


「薺さん」


 京也は嬉しそうにゆっくり顔を上げる。


「ただし、いつかは教えてくださいね。私も氷室さんに隠し事されるのは少し嫌なので」


「ああ、そうだな。いつかは必ず言うよ」


 拗ねたように言う薺に京也は少し微笑みながら答える。今までこのような顔を見せてこなかった京也に薺はドキッとしたが、今は惚けてる場合ではないとすぐ切り替えた。


「さて、これで質疑応答は終わりかな。皆は京也君の復讐については聞かない方向でいいのかな?」


「私達は凛に従うまでだ」


「はい、私達は大丈夫です」


 林道の問いかけに最初に和葉と美桜が答える。


「俺も大丈夫っすよ。友達ってのは隠し事の一つや二つあるもんだろ」


「俺は元より知ってるから今は関係ないっすかね♪」


 続いて奏基と楽斗が。


「お、俺も大丈夫です」


「俺達も坊ちゃんを助けてもらった身、意見なんて言えるはずもない。なあ、ちえ」


「はい、重蔵の言う通りです」


 続いて青木と椿春馬の付き人二人。


「俺達三年生組も大丈夫です。俺達より付き合いの長い一年生が納得したのであれば反論はしません」


 さらに続いて度会達三年生。


「我々教師陣も異論はありません。元より彼には何かあると踏んだいましたし、その内の一つが知れただけでも満足です」


 そして最後に若宮を始めとする教師陣。


 だが、まだ一組だけ残っていた。


「……まだ……まだ私の質問が終わってない。その体って京也君の物だよね。京介は、京介はどうなったの?」


 花奏が相変わらずの無表情のまま心配そうに聞く。そう、京也達の言う通りなら、京也に施された実験は成功して、無事二人とも生きているはずなのだ。だが、肝心の京介の体がどこにいるのか聞けていない。


「これは……京介が説明するべきだな」


 そう言った京也の髪は青色から黒色に変わった。


「そうだね、兄ちゃん……じゃあ結論から言おうか。俺、氷室京介は死んだ。『ダブルパーソナリティ計画』の失敗によってね」


「「「「っ!」」」」


「……う、嘘……だって……京也君は……」


 京介の発言に全員が驚き、花奏が絶望的な声をあげる。


「失敗した理由、そしてなんで兄ちゃんの体が残っているのか、兄ちゃんが許容してくれる範囲で説明するよ」


「京也が許容? それってどういう事だ?」


 京介の話で疑問に思った事を奏基が口にする。


「ああ、これについては兄ちゃんが一番知られたくない事が関係してくるからね。じゃあ説明するよ、一度成功したのにも関わらず俺達兄弟で失敗した理由、それは俺達の脳の解放度が強過ぎたからなんだ。成功した時、実験体になった子達のタビアが弱かったっていう話はしたよね。この時成功したのは彼らの脳の解放度がまだ全然弱かったからだ。それに比べて俺達は当時の子供の中では日本最強と謳われていた。つまり俺達の脳の解放度は並外れた物じゃないって事だ。一人の人間が二つ目のタビアを無理矢理埋め込まれる。これに俺達の脳は耐えきれなかったんだろうね。何せただでさえ一つのタビアでも脳を極限まで解放してたんだから。そりゃ二つ目を入れたら脳がパンク所じゃなくなるよ。

 で、その結果俺は死んで、兄ちゃんは暴走した」


「暴走? それはどういった状況なんだ?」


「簡単ですよ若宮先生、理性を失って痛みに耐えるように暴れる。周りの声は一切聞こえずただただ痛みに耐えようと必死にね。相当痛かったと思うよ。何せ脳が限界を超えてるんだから。その痛みは計り知れない。

 まあ、かなりかいつまんだけどこれが一応『ダブルパーソナリティ計画』の結果かな」


「「「「…………」」」」


 全員が言葉を発する事が出来なかった。脳のキャパシティオーバーによる痛みなんて想像も出来なかったからだ。京也達がどれだけ壮絶な思いをしたのか、そんな事考えたこともなかった。だが、これで謎に包まれた京也の事も少しは知ることが出来たのだろうか。そう思い京也の過去から目を背けるしか無かった。


 だがただ一人、目を背ける事も現実を受け止める事も出来ない者がいた。


「……嫌……だって……京介……ここにいる……やっと会えたのに……死んでるなんて……そんなの嫌!」


 京介の説明を書き終わった花奏は涙目になりながら学園長室から走りながら出て行った。


「花奏!」


 そしてその花奏を京介が追っていく。花奏の今まで見たことないような反応に全員が驚いたが、その中でも京介だけはすぐに動く事ができた。


「……学園長、花奏ちゃんと氷室さ……京介さんはどういった関係なんですか? 花奏ちゃんの反応だけ明らかに激しすぎです」


 二人が出て行って少ししてから薺が林道に質問する。たしかに、花奏の京介の事に関する反応は普段の彼女からは考えられないほど激しかった。これは過去に何かあったと考えるしかない。


「済まない、それに関しては僕も分からなくてね。氷室家とは関わりがあったけど蓮家とは会った事がほとんど無かったからね」


「じゃあ、それについては俺から説明する。いいっすよね、林道さん」


 自分も理由は分からないと言った林道の代わりに楽斗が説明に名乗りを上げた。


「ああ、むしろそうしてくれた方が助かるよ」


「はい、分かりました。簡単に言やぁ京介は花奏の初恋相手だ」


「「「「初……恋」」」」


 初恋、その言葉に大志と凪以外の全員が反応する。


「ああ、氷室家と蓮家は昔から交友関係にあってな。それであの二人は昔から頻繁に会う機会があって仲が良かったってわけだ。だよな、凪、大志」


「ああ、そうだ。俺達も京也達とは昔からの知り合いだった。俺はまあ、二人と仲良かったな。そんで大志は」


「くそっ、今でも忘れねぇ。京也の奴、昔から俺に本気を出さないで勝ちやがってたんだ。本気を出されてたならまだしも手を抜きながらだぞ、俺のプライドをズタズタにしやがって」


(ああ、だから最初京也に突っかかろうとしてたのか)


 大志の昔話を聞いた奏基はそう納得した。


「まあ、かなり簡単になっちまったがこれが花奏があんなに取り乱してる理由だな。好きな人に再会出来たと思ったら実は死んでいた。取り乱す理由としては十分すぎるだろ」


「あの、一ついい?」


「なんだ美桜?」


「なんで蓮家と氷室家は昔から交友関係があったの? 私氷室家なんて聞いたこと無いんだけど」


「ああ、悪りぃ。それに関してはちょっと言えねぇな。言ったら色んな人に怒られちまう」


「そう、まあいいわ。ありがとう」


「これでもう終わりかな? 一応言っとくけど京也君達の事は口外しないようにお願いするよ。よし、じゃああとは全員で蓮さんと京介君を待とうか」


 美桜の質問が終わった事を確認し、林道のその発言に全員が無言で肯定した。





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