第80話事件終結

「おお、"人形師"さん。お久しぶりですね」


「おっ、日下部か。これは心強い味方だな。でもお前まで出てきてんのは何故だ?」


「いえいえ、私としても少々誤算がありましてね。おそらくあなた方だけでは任務は遂行出来ないだろうと判断しました」


「へぇ、それは"顔なし"の旦那がいてもかい?」


「"顔なし"さんには本来のタビアはまだ秘密にしていただく必要がありますから」


「テメェ、花奏を離しやがれ!」


 "人形師"と日下部の会話に京介が割り込むように叫ぶ。その顔は怒り一色だった。


「はっ、離すわけねぇだろ。日下部から聞いてんだぜ、お前のタビア、生物じゃない物にしか効かないんだろ? じゃあこの状況はどうしようもねぇよなぁ!」


「……京……介」


「っ! 花奏!」


 苦しそうに花奏が京介の名前を呼ぶ。おそらく捕らえられる前に一戦闘あったのだろう。花奏の所々に傷が見える。


「……ごめん、いつも……迷惑かけて……ばかり……でも……京介が……まだ……生きてるの……嬉しい」


「っ!」


 花奏の生きていて嬉しい、その言葉に京介は罪悪感で心が痛む。京介の今の状況は正確に言うと、生きてはいない。なんなら一度死んでいるのだ。だが、そんな事を今の花奏に言えるわけもない。


「おいおい、おしゃべりはその辺にしておいてもらうぜ。さあ、どうすんだよあんたら。今頃俺の人形が機械のスイッチを入れてる所だぜ!」


 そう言い、"人形師"は一瞬ナイフを少し花奏から遠ざけてしまう。それは、作戦がまもなく成功するという油断からの傲りだろう。


「"人形師"さん! まだ油断してはなりません!」


「え?」


「"自己運動論じこうんどうろん大王加速だいおうかそく"!」


「がっ!」


 日下部のかけた言葉も虚しく、"人形師"が気付く前に京介はタビアを発動し、超高速で"人形師"に近付き膝蹴りで吹っ飛ばした。吹っ飛ばされた"人形師"はそのまま奥の壁にぶつかった。


「……京……介?」


「はあ、まったく。お前は昔から俺がいねぇとなんも出来ねぇな。危なかったんだぞ」


「……ふふっ、でもいつも……助けてくれる」


 "人形師"を膝蹴りで吹っ飛ばした京介はそのまま花奏を抱きかかえる。


「ふむ、"変容へんよう"、"風の矢"」


「っ! "炎の垣根ほのおのかきね"!」


 姿を椿春馬に変えた"顔なし"の不意の攻撃に気付いた薺が風の矢を止める。京介は花奏を救えたことによって安堵していたのだろう。攻撃に気付くのが一瞬遅れた。


「ほお、流石は薺家の跡取りだな。こんな訳の分からない状況に置かれていても尚仲間を守る判断力は残っているか」


「はっきり言って完全に置いてかれてます。まず『ダブルパーソナリティ計画』とは何か、なぜ学園長と京介さんはあの日下部という人を見かけた瞬間に怒りを露わにしながら攻撃したのか、京介さんと花奏ちゃんはどのような関係なのか、まったく分かりません。ですが、あの体は恐らく氷室さんの物。何があろうと傷付けさせるわけにはいきません」


「"ばく"!」


「"風相壁ふうしょうへき"」


 奏基の爆という声に反応して"顔なし"は風の壁を作る。奏基のタビアは知らないはずだが、恐らく勘で塞いだのだろう。


「へっ、俺のタビアの配置はもう終わってるぜ。さあ、どうすんだ、俺の爆弾はどこででも爆発する。形勢逆転って所か」


「へっ、形勢逆転? おいおい、あんたらまだ状況が分かってねぇのか! 生徒や一般教論はまだしもあの"奇術師"が気付かないんだったらこの学園も終わってるなあ! もうすぐ俺の人形が機械を起動しちまうんだぜ! 俺らは日下部のタビアですぐ逃げられるがお前らはどうなんだぁ! 言わば俺たちは時間稼ぎだ、"奇術師"のタビアが失われたとなるとこの学園もおしまいだぜ!」


 ここぞとばかりに"人形師"が叫ぶ。たしかに"人形師"の言う通りだ。"顔なし"達は言わば時間稼ぎ、"人形師"の土人形が機械を起動するまでの時間を稼げば、避難誘導をしていて、まだ学園に残っているであろうすべての生徒のタビアが消せるのだ。そして機械を探し出す時間は京介達にはもう無い。絶体絶命だ。


 まあ、今機械を探している者がいなければの話だが。


「状況を分かってないのは君だよ"人形師"、一人心強い生徒がここにいないのを君は知らないのかい? 今まで京也君のパートナーとして最高のパフォーマンスを見せている彼をね」


「……ああ、たしか"人形師"だっけ? 機械ってのはこれの事か? 林道さんに頼まれた時はマジか、って思ったけど割と簡単に見つけられたわ」


 林道の台詞の直後、示し合わせたかのように一つの声が観客席から聞こえた。茶髪で少しチャラい印象を受けるが、その実力は折り紙付きの少年の声だ。


「楽斗!」


 その者の名を奏基が呼ぶ。そう、佐伯楽斗。四大名家と関わりが無いのにも関わらず一年生ながら序列十八位に座している強者。その楽斗が手に持っているものに全員が注目する。そこには見た事が無い、歪な形をした一般的な段ボール箱サイズの機械があった。


「はあ、佐伯楽斗。あなたでしたか」


「なっ、嘘だろ! たかが学生ごときが俺の人形を全部壊したってのか、いくら自動とはいえ三十体は配置してたはずだぞ!」


 それを見た日下部はため息をつき、"人形師"は驚愕を露わにした。それはそうだろう、"人形師"にとって楽斗はただの学生、そんな者に自分の誇る土人形がすべてやられるとは思っていなかったのだ。


「あ? なんだこの状況。日下部がいる上に相棒も京介になってるじゃねえか。それにあれ、椿春馬が二人? 一人は敵だとしてもう一人は本物か? いや、だとしたら薺さん達と向かい合ってるのが意味分からねぇ」


「佐伯楽斗!」


 一人ブツブツ言葉を発する楽斗に若宮が声をかける。


「あれ、若宮先生じゃないですか、どうしたんですか?」


「どうやってその機械を見つけたんだ、お前のタビアでは物の区別はつかないはずだろ」


 若宮はそのまま自分の思った疑問を投げかける。若宮の事前の調べで分かっていた事だが、楽斗は目に見えていない遠い場所にある物でもコウモリのように音を反発させることによって大体の場所が分かる。だが、これはそこに物があると分かるまでで、その物がなんなのかまではわからない。そのため、音の反発で見つけた物が機械と分かるはずが無いのだ。


「ああ、簡単ですよ。俺この『鳴細学園』の全体の物の位置を毎朝確認してるんですよ。そしてさっきやったら今朝には無かった物があったのでそこに行ったまでです」


「なっ、そんな事を毎日してたのか」


「たしかに凄いですが、今はそれ所じゃ無いですよ、若宮先生と佐伯君。敵には『正式』な二つ名持ちが二人にそれ以上の実力を持っていると思われる人物が一人、人数で優っているとはいえ、舐めてかかって勝てる相手とは思えません」


 サラッと楽斗はとんでもない事を言ったが、たしかに月島のいう通り、それどころでは無い。こちらにも『正式』な二つ名持ちの林道がいるとはいえ、敵には2人もいるのだ。決して油断は出来ない。


「いえ、その必要はありません。どうやら作戦は失敗したようですし、何より氷室京也と佐伯楽斗が確実に生きていると確認が出来た。我々は大人しく引きます」


「そんな事させると思ってんのか?」


「え……京也君?」


 撤退を宣言した日下部にグラウンドに立っていて、いつのまにか京介の姿から戻っていた京也が突っかかる。京介の姿が変わったことに花奏は驚くが、今はそれ所では無かった。


「ええ、させてもらいますよ。何より氷室京也、あなたなら知ってるはずでしょう、私のタビアを使えば撤退など簡単だと。ただまあ、最後に一つ質問を投げかけましょう」


「なんだ」


「ハッキリ言います。私達『夜の支配者』のやっている事は、きっと色々な所から批判は飛びますが、この国を海外からの侵略から守るための『正義』の行いです。ですが、それに比べてあなたと佐伯楽斗、そして林道吉見がやろうとしている事はどうでしょう? それは果たして『正義』と呼ばれる物なのですか?」


 日下部の質問は薺達からすれば訳の分からない物だった。まず『夜の支配者』なんて物は聞いた事が無かったし、何より京也達がやろうとしている事とは一体なんなのか、検討も付かなかった。そしてその質問に京也がどう答えるのか、全員の注目は京也に集まった。


「『正義』、そうだな、たしかに俺達がやろうとしている事は『正義』だなんてお世辞にも呼べない。なんたって『復讐』は私利私欲のためだけに行われる物だからな。でも、それでもいい。あんたらを倒さないと死んでいった奴らが報われねぇよ、特に日向がなぁ。

 ああ、あとお前自分達の行いは『正義』だと言ったな、それは間違いだ。お前らのやってる事は被害者からすれば間違いなく『悪』だ。だから俺達はお前らの『正義』を否定する。それだけは覚えとけ」


「ふむ、わかりました。心に留めておきましょう。では皆さん、帰りますよ」


 日下部がそう言うと、"顔なし"の弟子、"顔なし"、そして"人形師"の横に人一人が通れるサイズの輪っかが出現した。日下部のタビアによって作り出された瞬間転移の輪だ。

 

「チッ、そこのツンツン頭! 顔は覚えたからな! 次会った時は覚悟しとけよ!」


「では師匠、お先に失礼します」


 まずは"人形師"と"顔なし"の弟子がその輪を通る。


「すまないな、氷室家の生き残り。だが、これもこの国の若者のためだ」


 そして次に"顔なし"が入る。


「では、私もこれ「ちょっと待て日下部」


「なんでしょうか?」


 最後に輪に入ろうとした日下部を京也が止める。


「一つ気になった事がある。なんで"顔なし"共はお前の方へ行ったんだ。『聖人教』と契約を結んでたはずだろ」


「ふむ、そんな分かりきった質問をするんですね。まあ、いいでしょう、答えてあげます。『聖人教』は我々に上手く利用された駒に過ぎません。"顔なし"さん達は元々我々『夜の支配者』と契約していたのです。これで満足ですか? では、今度こそ私はこれで」


 そう言った日下部が第一競技場から去った事によって『聖人教』襲撃事件は幕を閉じた。






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