第79話ダブルパーソナリティ計画の代償

「"顔なし"、たしかあんたは若いソーサラーの健やかな成長を重んじる人のはずだ。だからこそこの話を教えてやるよ」


「この話?」


 京介の台詞を"顔なし"が疑問に思う。


「っと、その前に。先生方、あの土人形共をお願いします。流石にずっとこの状態なのはキツイ」


「あ、ああ分かった。月島先生、頼みます。私のタビアはああいった生物ではない物には効果ないので」


「了解です」


 今まで京介はずっとタビアを発動しっぱなしの状態だった。京介のお願いに若宮が答え、月島が実行に移す。今までたしかに若宮が言う通り、彼女のタビアは生物にしか通用しない。ここで学園の教師で二番目の実力者の月島に頼ったのはいい判断だ。


「"十連剣製"!」


 若宮に返事をすると、月島は自分の真上に十本の剣を作り出し、それを土人形目掛けて射出する。すると、月島に操られた十本の剣は一瞬にしてすべての土人形を壊してしまった。


 月島のタビア名は"剣製"、文字通り剣を作り出し、それを操るタビアだ。自由自在に動くその剣は予測不能な動きをしながら迫ってくる。そのため防御が非常に難しいタビアなのだ。この特性と月島の剣を操る技術が彼を『鳴細学園』の教師ナンバー2に足らしめている。


「ありがとうございます、先生方。じゃあ時間が無いから手早く説明するぞ。俺達が成功例として出されるまでな、『ダブルパーソナリティ計画』では約五百人の少年少女が犠牲になった。しかもまだ十歳くらいのだ。そりゃそうだろ、何せ国の軍事力を大幅に上げるための実験なんだからな。一発成功で終わるはずがない。それでもまだこんな計画が素晴らしいなんて言えるのか?」


「なっ……なんだと! 五百人!? そ、そんなはずはない! 一体どこからその少年少女を連れてきたというのだ! そんなに子供が消えればそれなりに騒ぎになるはずだろ! 何より、私はあいつからそんな話聞いていないぞ!」


 京介の説明に、月島が土人形を始末するまで、余程京介の話が気になったのだろう、大人しく待っていた"顔なし"があからさまに動揺する。そして、京介の話は言われてみれば当然の事だった。"顔なし"曰く、京也達が実験体になった『ダブルパーソナリティ計画』は国の軍事力を恐ろしく上げる物。そんな簡単に成功するはずないのだ。"顔なし"は恐らく結果ばかりに目が行っていたのだろう。そのせいで多大な犠牲を伴わないと成功しないという過程に目がいかなかったのだ。


「『あいつ』が誰の事か知らねぇけど、これは事実だ。何せ実験体本人が言ってるんだぜ、嘘な訳ねぇだろ。ああ、五百人が消えたのに何故騒ぎにならないのかって話だったな、簡単だ。まず実験体は山奥の村に住んでるソーサラーの子供達を使ったんだ。そして、その親や関係者はどうしたかと言うと、殺したんだよ、その子供達に関わるすべての人をな、口封じのためだけに」


「っ! ……だ、だが……」


 薺や奏基、美桜、椿家の付き人二人、そして逃げ遅れた青木は話に全くついて行けてなかった。京也が地面に激突した所まではいい。問題は京也の姿が変わり、林道が京也の事を京介と呼んだ所からだ。そこからはもうわけが分からなかった。『ダブルパーソナリティ計画』という京也が実験体にされた謎の計画、その計画で五百人ほどの人が犠牲になった。正直言って理解し難い事ばかりだ。だが、今はそんな事を言ってられない。このカオスのような状況で、最善の行動をしなければならないのだ。


「惑わされては行けませんよ、"顔なし"さん」


 状況を理解できていない薺達に追い討ちをかけるように上空からとても優しそうな、害のなさそうな男の声が聞こえた。


「「日下部っ!」」


 その声をした方を見てみると、そこには二十代ぐらいの青年が宙に浮いていた。いや、正確には宙に浮いている輪っかに乗っていた。そしてその姿を一度目にすると、京介と林道はその男の名前を叫んだ。


「林道さん!」


「分かってる! "反転世界はんてんせかい"!」


「"自己運動論じこうんどうろん加速かそく"!」


 京介の一声で彼が何を欲しているのか分かったのだろう。林道はすぐさま日下部を幻術にかける。"反転世界はんてんせかい"、この幻術は林道が愛用している至極単純だが一度かかれば非常に面倒くさい物だ。簡単に言えば、上下左右前後すべてが反対になるという物。上下左右前後がすべて逆、それを把握しながら戦うというのはまず無理な話だ。


 林道が幻術をかけているのと同時に京介がタビアを使って日下部に急接近する。その速さは一般的な跳躍とはとても思えないほど速かった。


「"幻影解除げんえいかいじょ指定してい"」


「ふむ、ありがとうございます"顔なし"さん。"転星円てんせいえん"」


 もし相手が日下部だけであればこの時点で一撃は入れられていただろう。しかし、"顔なし"が助けるとなると別だ。林道の幻術は"顔なし"によって普通に幻術は破られ、日下部は自分が作り出した輪っかを通り地面に瞬間転移する。


 京介や林道にとっては"顔なし"が日下部を助けた事よりも不可解な事があった。今"顔なし"が行った技に関してだ。"顔なし"が今化けているのは有栖、つまり有栖のタビアしか使えないはずだ。しかしながら"顔なし"は今、林道の幻術を破って見せた。林道はもちろん知っているが、これは有栖のタビアではない。有栖のタビアはもっと弱い物だったはずだ。では今"顔なし"は誰のタビアを使ったのか、それが謎で仕方がない。


「すまんな、お前らのその恨み、十分理解できるがまずは俺に質問をさせてくれ」


 そう言い、"顔なし"は地上に降りてきた日下部の方を向く。


「お前に対する質問はただ一つだ。『ダブルパーソナリティ計画』で約五百の若い命、いや、その倍以上の命が奪われたとはどういう事だ。お前の話では今までそのような極悪非道な実験を行なっていないという事だったはずだが」


「ええ、極悪非道な実験など行なっていませんよ。『ダブルパーソナリティ計画』の犠牲も全てはこの国のためです。この国、日本の軍事力は現在世界中にある十の国の中でも最弱。その理由の一つが人口の少なさです。他の国は領土が広いため戦争に駆り出す人には困りませんが日本の領土は第三次世界大戦前から一向に変わっていません。その穴を埋めるために『ダブルパーソナリティ計画』があるのです。一人の人間に二つの人格を埋め込み、二つのタビアを操れるようにする。そうすれば一人で二人分の戦力となるのです。実験による犠牲は百も承知。彼等の犠牲はこれから起こる戦争での日本の犠牲者を極力減らすために必要な物だったのです。それともなんですか、"顔なし"さん。これから起こる戦争でこの国の若い命がたくさん潰えてもいいと言うのですか? そうならないためにあなたも『聖人教』、そして私達『夜の支配者』に手を貸しているはずですが」


「くっ、それは……」


 日下部の言い分に"顔なし"は言葉に詰まる。何も言い返せない、いや、それ以上に納得してしまったのだ。たしかに、日下部の言っていることは正しいとも言える。日下部の考え方は、小を捨て大を守るだ。それは国を守ろうとするには当然の考え方であり、"顔なし"もそれに同意した。今更一度決めた覚悟を変えるほど"顔なし"もやわではないが、心が揺らいでしまったのは事実だ。


「分かった、たしかにそうだな。すまないが氷室家の生き残り、私はその事実を知っても尚『ダブルパーソナリティ計画』は遂行されるべきだと思っているらしい」


「そうかよ、残念だ。でもまあ、最初とやる事は変わんねぇわな。あんたら全員倒して、この国を変える第一歩にする!」


 "顔なし"の言葉に京介は残念そうにするが、それでも日下部達を倒すという最初の目標とはは変わっていなかったため、そこまで残念そうではなかった。


「へっ、そこまでだ!」


 "顔なし"も京介も敵を倒す意思を決め、戦闘が始まろうとした時、グラウンドの入り口から第三者の声が聞こえてきた。いや、正確には第三者ではなく"顔なし"陣営なのではあるが。


「お前ら全員大人しくしてもらおうか、こいつの命が惜しかったらな!」


「っ! 花奏さん!」


 その声がした方を見た瞬間、薺が叫ぶ。


 そこには花奏がいた。いや、正確には一人の男によってナイフを突きつけられ、身動きが取れなくなっている花奏の姿があった。




 




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