第51話保健室
「よお、相棒。元気か?♪」
「ああ、ていうかこれはやりすぎだろ。藤田先生のタビアで回復してもらったんだから一日中休む必要はねえって」
今、京也は保健室のベッドの上で横たわっている。この学園には保健室は二つしか無い。そう、ソーサラー育成学校なのに保健室の数が普通の学校とあまり変わらないのだ。
それはなぜか、その最大の理由は模擬戦ルームの存在だ。この学園では、基本的に模擬戦ルーム以外でのタビアの使用が禁止されている。さらに模擬戦ルームには模擬戦後、戦っていた者を回復する機能がつけられている。そのため、怪我人が圧倒的に少ないのだ。
そんな保健室で藤田によるタビアで顔についた痣も消えるくらい完全回復したのだが、薺がどうしても心配だというので、今日一日は保健室で休む事にしたのだ。
「なあ、何で俺帰っちゃダメなんだ?」
「それはみんなが放課後にお前に会いたいからだろ」
「じゃあ今お前だけなのは?」
「それは俺が帰りの会をサボってきたからだけど?」
「はあ、サボっちゃダメだろサボっちゃ」
「お前に正論言われてもなあ〜。……それよりもお前、本当にあれでよかったのか?」
「何が?」
いつもの軽いテンションから急に真面目になった楽斗に応えるように、京也も声色を真面目にする。
「青木の処分についてだよ。あいつは事情も知らねえくせにお前を殴ったんだぞ、それも見せしめとして。それなのに何のお咎めもないってのはおかしいだろ。お前が若宮先生に言ったんだろ? 悪いのは自分だから青木は許してやれって」
若宮が教室に入った後、当然若宮は青木に対してキレた。なにせ自分の生徒がクラスメイトを殴っているのだ、キレない方がおかしいだろう。しかし、それを京也が止めた。「自分も悪いから青木君は許してやってください」と。
殴られた本人に言われては仕方ないので若宮はそこで青木を怒るのをやめたが、どうも納得していない様子だった。それはそうだ。殴られた人間が殴っている人間を許すなんて意味が分からない。
そこでは怒られなかったが、きっと若宮からの青木への風当たりは強くなるだろう。
「いや、単純にあそこで面倒事起こしたく無かったんだよ。もし、青木があの場で怒られてたらどうなったか想像してみろ。まず怒られた恨みとして俺への嫌がらせはひどくなる。それに対処すんのが面倒くせえ。次に青木が問題を起こしたとして対抗戦の代表から外されまた代表決めトーナメントのやり直しになる。それも面倒くせえ。そして何より」
「何より?」
「和解とか色々させられそうで面倒くさくなる」
「はあ、要は面倒くさいだけじゃねえか」
三つの理由全てが面倒くさいという心から来る事に、楽斗は心底呆れた。小学校からの長い付き合いとはいえ、京也の面倒くさがりっぷりには慣れないのだろう。
「そういえばお前、花奏に京介の事伝えなくてよかったのか?」
「……ああ、あいつがこんな状態で生きてるって知っても悲しむだろうしな」
「……そうか」
「凛! ちょっと待て! 廊下を走るなんてお前らしくないぞ!」
「いえ、これは走っているのではありません。早歩きです!」
「薺さん! それは屁理屈だ!」
そうこう話をしていると、時間がそれなりに経ったらしい。廊下の方から和葉、薺、奏基の声が聞こえてきた。
《ガラガラガラ》
「氷室さん!」
「よ、よお」
「よかった、気が付いたんですよね!」
そう言い薺は京也のいるベッドへ駆けて行った。
「いや、相棒は気が付いたっていうか普通にぐっすりと寝てただけだし……」
「「「しっ!」」」
薺の心配をかき消すような発言をした楽斗に、奏基、和葉、美桜の三人が静かにするように伝える。よほど焦ったのか、和葉は異性であるのに楽斗の口に手を当ててしまっていた。
「本当に……よかった。一時は……どうなることかと……」
「泣くなって。ほら、今は完治してるんだから」
涙声になって行く薺を京也は急いで慰める。最近京也が哲也によって酷い目に遭わせられるため、よほど京也の事が心配なのだろう。
「氷室さんをこんな目に合わせた青木さんは絶対に許せません!」
そう言う薺はあからさまに憤慨していた。だが、それでも哲也に「さん」を付けるのは、いつも敬語で喋っている癖がゆえだろう。
「まあまあ、元はと言えば花奏を泣かせた俺が悪いわけだし。あいつの行動は花奏の事を思っての事だったんだよ」
そう言い、京也は楽斗に目をやる。
「で、ですが」
「いいじゃねえか薺ちゃん。この通り相棒も無事なわけだし、今更あいつのとった行動の事を話したって意味ねえって。今はとりあえず今日あった事を相棒に話そうぜ」
京也の目を見て、意図を汲んだ楽斗も薺を慰める。京也のことを思っている薺の場合は、むしろ当事者である京也よりも、外から物事を見ていた楽斗に説得を任せた方がいいと踏んだのだ。
「そ、そうですね! 氷室さんもご無事なわけですし。あっ、そういえば聞いてください氷室さん。今日和葉がおかしな事をしたんですよ」
楽斗の説得が効いたのだろう。薺は笑顔になり、今日起こった出来事を離そうとする。
「バ、バカ凛! その事は誰にも言わない約束だろ!」
「まあまあ、いいじゃない。ねっ、佐伯さん」
「ああ、そうだな。あれは面白かった♪」
「ちょっと待て、あの場に楽斗は居なかったはずだぞ」
「…………」
和葉のその追求に、楽斗はそっぽを向いて黙った。
「お前、盗み聞きしてやがったな!」
「落ち着け! ここ保健室だぞ!」
暴れ出そうとする和葉を奏基が慌てて止めようとする。一方、和葉がこんな事になっている原因を作った薺と楽斗は笑っていた。
《ガラガラガラ》
「そうよ〜、ここが保健室っていう事忘れちゃダメよ〜」
暴れようとしている和葉を奏基が止めようとしていると、髪はショーボブの茶色で、胸が異常に膨らんでいる、いかにも性格がユルそうな、白衣を着た女性が保健室に入って来た。
「おっ、藤田ちゃん!」
「もぉ、先生を付けなさいっていつも言ってるでしょ、佐伯君」
「いいじゃねえかよ藤田ちゃん」
「まあ、いいんだけどね」
((((あっ、いいんだ))))
「先生、何しに来たんですか? 俺自分で帰るって言った筈っすけど」
「もぉ、そんな聞き方じゃあダ〜メ。女性にはもっとソフトに物事を言わないと〜」
少し言い方がキツかった京也に藤田は注意する。
藤田は男子生徒のみならず、女子生徒にも人気な先生だ。その理由として挙げられるのがこのユルイ性格と、相談のしやすさだ。藤田は確かにユルイ性格だが、口は堅いし、頭もいい、そして何より、様々な物事に対して遠慮なく言う。そのため、藤田に相談すると的確な回答が返って来て、それ通りにすれば悩みも上手く行くと話題なのだ。
「はい、分かりました。で、何しに来たんですか?」
「はあ、分かってない気がするけどな〜。まあ、いいや。氷室君、あと和葉ちゃん、林道学園長が呼んでたわよ〜」
注意されても全く治っていない京也の言い方に諦めて、藤田は要件を話す。
「ああ、やっべ。忘れてた」
「行くぞ、京也。立てるか?」
「ああ、そもそも俺寝てただけだしな」
「? 林道さんがお前らに何の用なんだ?」
「何でもねえよ、ちょっと用事を頼まれてな」
「そっか」
楽斗の問いに京也が答える。楽斗ならタビアを使い、盗み聞きできると思っていたが、知らないという事は、学園長室は防音仕様になっているのだろう。
「んじゃ、行ってくるわ。お前らは先に帰っといてくれ」
「「「「分かった(はい)」」」」
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