第50話暴力

「……しばらく見ないうちに変わったね。なんか、暗くなった」


「まあな、俺もいろいろあったんだよ。お前は全然変わ「ちょっと待ってくれ京也」


「どうした?」


 京也と花奏の会話を奏基が途中で遮った。それが不思議だったのだろう、京也は会話を遮られた事に一切嫌悪感を抱かず、奏基に会話を遮った理由を聞いた。


「いや、お前蓮さんと知り合いだったのか?」


 奏基のその質問に、クラス中が頭を勢いよく上下に振った。


「ああ、昔な。家族ぐるみでの付き合いでよ」


「……なるほどな」


((((いや、納得すんなよ!))))


 あっさりと納得してしまった奏基に、全員が心の中で突っ込む。


「えっ、家族ぐるみって相手は四大名家だぞ。どういう事だよ京也」


「……そっか、和葉ちゃんは知らないよね。薺家って氷室家と交流ないから」


「待て、そうか。そういえば京也って氷室家だったな。なら納得だ」


((((いや、だから納得すんなって!))))


「……あれ、和葉ちゃんは氷室家のこと知ってるの?」


「はい、噂程度には」


「……そっか」


「あっ、氷室 京也!」


 そのような会話を続けていると、教室の扉の方から京也を呼ぶ声が聞こえた。そこで京也が花奏の向こうを見てみると、そこには人混みを抜けて来た凪と大志の姿があった。


「やっぱり生きていやがったな! リベンジだ、今すぐ俺と模擬戦をしろ!」


「くそっ、面倒くさいのが来やがった」


 ズンズンと歩いてくる大志に、京也は思わず頭を押さえた。


「面倒くさいとはなんだ! 四大名家の一角である蓮家の護衛がお前なんかに負け「は〜いはいはい、一旦落ち着こか大志」


「なんだ楽斗! 邪魔するのか!」


「まあまあ、一旦落ち着こうぜ」


「悪りぃな楽斗、一応こいつに事情は説明してるんだが」


「いいってことよ凪、ちゃんと理由も説明してない俺らが悪いし。それに、それを言うなら花奏のこの行動もやべえから」


「……ほんとごめん」


 京也に負ける。その台詞を言いそうになった大志を、いつのまにか復活していた楽斗が止める。今楽斗が大志を止めた理由、それはもちろん実力を隠している京也としては大志に勝ったという事実は広まらない方が助かるからだ。


「で、何の用件だよ」


「……あ、うん。まず昨日のお礼、ありがとう」


「……別にいいよ。で、何で俺だと分かったんだ?」


「……これ、京也くんの生徒手帳、落ちてた」


「まじか、気にしても無かった」


「……学生なんだから学校来るときはちゃんと持っておかないと」


「ああ、分かったよ。悪りぃな」


「……何でそこで京也くんが謝るの?」


「いや、だってこういう時は謝らなきゃダメだろ」


「……ふふっ、何それ。おかしい」


 京也との会話で少し微笑む花奏を見て、事情を知らないクラスのほとんどの男子が京也に嫉妬した。花奏は普段は笑わないが、その美貌のため、二つ名とは別に"氷結の女王"という男子だけの間で使われている二つ名がある。


 "氷結の女王"、この二つ名は花奏の顔が氷のように変わらない事からつけられた名前である。つまり、花奏の表情が変わっているというのは男子たちにとってとてもレアなのだ。


 その顔が今京也に向けられている。それが男子たちはとても許せないのだ。そして、嫉妬していたのは男子だけでは無く、薺もだった。


(なんだろう、この気持ち。氷室さんと花奏ちゃんが喋ってるのを見てると、胸の中がズキズキ来るような……。なんか、苦しい)


「用は済んだな、もうすぐ朝の会はじまるしもう戻った方がいいんじゃねえか?」


「……あっ、あと一つだけ」


「なんだ?」


「……京介は「あいつはもういねえ」


 花奏の質問を、京也が遮るように答える。


「……えっ、でも」


「あいつはいねぇんだ」


「……そう、分かった。ありがとう、それじゃあね」


「花奏様!」


「花奏!」


 京也の答えを聞きあからさまに悲しそうにする花奏は、そのまま凪と大志を連れて教室の外へ出る。


「氷室 京也!」


「ぐっ」


 その光景を見ていた哲也が怒りながら京也に近付き顔面を殴り、そのまま胸ぐらを掴んだ。


「テメェ、クズだクズだと思っていたが蓮さんを悲しませるとはどういう了見だ!」


「そうだぞ!」


「やっちまえ哲也!」


 哲也のその行動に乗るかのように、周りは声を上げ始めた。それを聞いた哲也は周りにバレないように「フッ」と笑う。


 そう、哲也は別に怒ってなどいない。そう見せただけだ。たしかに花奏が悲しんだことには少しムカついた。雑魚が男子の高嶺の花を悲しませたからだ。しかし、哲也は思いのほか頭がよく回った。彼はすぐにこの出来事を利用し、京也を陥れようと考えたのだ。


「待ってください! 事情も知らないのに殴るなんて信じられません!」


「そうですね、薺さん。たしかに俺達は事情を知りません。ですが、こいつは蓮さんを悲しませた。その事実を俺は許せないんですよ」


「ですがっ!」


「いいって薺さん……」


「そんなっ!」


「へぇ、どうやら分かってるらしいな。テメェのクズさによ!」


 京也の方に向き直った哲也はそのままもう一発京也の顔面に拳を放った。


「ぐっ」

 

「今すぐやめろ!」


 これからまだ続くかと思われた哲也による京也の殴りショーは突如響いた声によって終わった。


「なんだい楽斗くん、模擬戦ルーム以外でのタビアの使用は緊急時以外法律で禁じられてる。君はタビア無しで俺を止められるのかい?」


「……殺すぞ?」


「ヒィッ」


「さすがにやりすぎじゃない?」


「頭おかしいんじゃないの?」


「氷室君、可愛そう」


 楽斗の真っ直ぐな殺意に、哲也は情けない声を上げながら思わずたじろいだ。周りの女子も流石にやりすぎだと思っているのだろう。あちこちで哲也の悪口を言っている。


「「「「京也(氷室さん)!」」」」


 そしてその隙に薺、奏基、和葉、美桜の四人が京也の元へ駆けつける。


「どなたか保健室の藤田先生を!」


「わかった!」


 薺のその呼びかけに、すぐさま女子の内の一人が反応する。しかし、男子は誰一人として動こうとしなかった。これが、男子と女子の京也に対する印象の差だ。


 京也が嫌われている最大の理由、それは薺と仲がいいことによる嫉妬だ。しかし、ある種の特殊な性癖を持った女子以外の女子はそんな感情を男子に持ち合わせないし、京也に実力がないからと言って女子が見下す事はあまり無かった。


 むしろ女子の間での京也の噂は、「氷室君って案外かっこよくない?」だ。そのため、京也を助けることに一切の躊躇が無かったのだ。


「朝の会を始めるぞ!」


 そしてそのタイミングで、若宮が入って来た。


「おい、何だこの状況は」

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