第35話薺のお願い
クラス全員が説明を聞き終えた後、代表決定戦は順調に行われていた。
「"
「うわーー!」
『中村 隼鷹、意識不明を確認。よって勝者、武井 十四郎』
「よっしゃ!」
どうやら京也番の前の試合が終わったらしい。戦っていたのは空気を固まらせる中村 隼鷹と、光の矢を放つ武井 十四郎。二人共、京也が授業で薺とペアを組んだ時に相手をした人物だ。勝った武井は嬉しそうにしていて、それに対して負けた中村は模擬戦ルームの機能により回復された後、非常に残念そうにしていた。
「へっ、次は俺らの番だぞ。せいぜい簡単に終わってくれるなよ」
「はいはい」
哲也に適当に返事をした後、京也は模擬戦ルームに向かう。薺に声を掛けられたのはそんな時だった。
「氷室さん!」
「ん? なんだ?」
「あの、実はお願いがありまして」
「お願いって?」
少し言いにくそうにしていて、詰まってしまった薺に京也が続きを促す。
「はい、今回の大会。氷室さんには本気を出していただきたいんです」
「……理由を聞いてもいいか?」
京也には、実力を隠さなければならない理由がある。まだそれが何か伝えていない為、どのくらい重要性があるのかは分からないが、京也の態度からある程度は分かるはずだ。その上で薺は京也に本気を出せと言っている。何か大きな事情があるのだろうか。
「はい、同じ学年に椿 春馬君とその付き人が居るのはご存知ですか?」
「……いや、悪い。知らなかった」
少し考えてから京也は答えた。薺の事を知らなかった京也だ。そんな彼が椿 春馬など知るはずもないが、即答もどうかと思い、少し考える素振りを見せたのだ。
「そうですか、では薺家と椿家が犬猿の仲というのは?」
「ああ、それなら和葉から聞いたよ」
「……実は、薺家からの命令で、このような椿家と対戦するような事になった場合、負けたら罰が下るようになっているんです」
「その罰って?」
京也はその話の中で一番気になった事を質問した。京也は薺と約一ヶ月間ペアを組んで来た。その中で会話もし、薺の性格もある程度分かっているつもりだった。
京也の把握している限り、薺の性格からして彼女が自分勝手な理由で他人にお願いする事はまず考えられない。普通、人がお願いする時は大抵自分勝手な理由なのだが、薺はそこいらの人間とは違い、中身ができているのだ。そんな彼女の頼みとなれば、他人が関係しているか、それとも何か重大な事だと京也は予想していた。
「はい、非常に自分勝手な事なんですが……和葉ちゃんと美桜ちゃんが私の付き人から解任されて実家に戻されるんです」
「何でそんな罰なんだ? 罰といえば本人に関わる事だろ……」
そう言い京也は少し考え込む。確かに、薺への罰というならこの罰は些かおかしい。普通罰というのは本人が一番嫌がる事をする筈。少ししか嫌なのであれば、それは罰として成り立たなくなるからだ。なのにこの罰はむしろ和葉と美桜への罰のように聞こえる……
「まさか」
「はい、実はこれ。和葉ちゃんと美桜ちゃんへの罰なんです」
「なるほどな、薺さんが負ける事は無いだろうと踏み、罰の対象を和葉と美桜に変えた訳か。和葉と美桜が椿 春馬の付き人に負けたら罰が下るっていう事か。ん? それって俺が本気出しても意味ねえよな」
「いえ、実は少し違うんです。罰が下る条件は私達の所属しているクラスが椿君達の所属しているクラスに負けた場合です」
「はあ、それで俺に本気を出せって事か」
京也のため息に薺はビクッとした即答で断られると思ったからだ。しかし、そうはならなかった。京也にも即答出来ない理由があったのだ。
今、最早和葉と美桜は大切な友人だ。彼女らは京也が実力を隠し、危険な目に遭わせたのにそれでも離れずにいてくれた。そんな優しい友人を京也も失いたくなかったのだ。
「はあ、分かっ……」
しかし、分かったと言おうとした瞬間、京也は固まった。
(いや、思い出せ。違うだろ、俺がこの学園に来た理由はそんな友達付き合いをするためじゃねえ。日向との約束を果たすんだろ……それに楽斗だっている。あいつは多分本気出すし、負ける事は多分ねえ)
「悪いな、やっぱり無理だ。俺は本気出さねえ」
「……そうですか」
京也の返答に薺はあからさまにがっかりする。意図してやった訳では無いだろうが、それでも良心が抉られるような落胆の仕方だった。
「ほんと悪りいな、力になれなくて」
「いえ、お気になさらないで下さい、では」
そう言い薺は立ち去って行った。
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