第36話京也 対 哲也

『ランク百ニ十五、青木 哲也、ランク七百二十、氷室 京也。アーユーレディ?』


「へっ、まさかとは思ってたがお前やっぱり最下位か」


「何か文句でもあんのかよ」


「いや、よくそんなんで薺さんと仲良くなろうと思えたなと思ってよ」


「あっそ」


「チッ、調子に乗ってんじゃねえぞ」


 哲也が軽く挑発するが、京也はそれを綺麗に流す。それが気にくわないのか、哲也の表情はだんだん厳しいものとなっていった。


『ボース・オブ・ユー、オンヨアマーク・ケッドセット・ジャースト・ムーブ・イット!』


「これからその舐めた態度が出来ないようにしてやる、"清澄せいちょう"!」


「はあ」


 哲也が技名を言ったのと同時に、彼の姿は一瞬にして見えなくなった。それを見た瞬間、京也は大きくた溜め息を吐く。その、意味ありげな溜め息に哲也は一瞬反応するが、どうせ負けるのが嫌なだけだろうと、すぐに無視をした。


「なるほどな、それがお前のタビアか」


「ああ、そうだ。俺のタビアは"透明人間とうめいにんげん"。その名の通り自分を透明にするタビアだ。お前みてえな雑魚に俺が倒せるか?」


「くそっ、面倒くさいタビア持ちやがって」


 その会話の後、京也と哲也による勝負は始まった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「何ですか……これ?」


 目の前の悲惨な光景に、薺は思わず言葉を吐いた。


「相棒とあの青木って奴の模擬戦だろ?」


「そんな事分かってます! 私が言ってるのはその内容についてです! こんな物、今すぐやめさせるべきです!」


「そうだな。これ、さすがに止めた方がいいんじゃないか? いくらなんでも酷すぎる」


「ああ、俺も賛成だな。いくら京也がわざとやられてるとはいえ、これは見てる方が辛くなるぜ」


「ていうかあいつ何なの? やりすぎでしょ」


 和葉と泡島と美桜が薺の意見に賛成する。三人共、顔が歪んでいる事から分かる通り、今の状況に相当苛立っているようだ。


 目の前では模擬戦が行われていた。いや、模擬戦と言うよりは京也をサンドバックに哲也が練習をしていると言った方がこの状況は正しいのだろうか。始まってから四分、透明になった哲也は一方的に京也を殴り続けていた。京也の体が吹き飛んだかと思えば、その後すぐに宙に浮き、また吹き飛ばされる。ずっとこの調子で京也はやられっぱなしだ。それは見るに耐えない程酷いもので、京也の顔は血まみれで、もう立つ事すら難しくなっている。いくらこの対決が終わったら傷が治るとはいえ、今の京也の痛みは計り知れないものになっているだろう。


「なるほどな、相棒が面倒くさいって言った理由が分かったぜ。あの痛みに耐えなきゃいけないからって事かよ。ていうか青木って奴性格悪すぎるぞ、ずっと笑い声が聞こえてくる。そんなに相棒を痛めつけるのが楽しいのか?」


 模擬戦ルームの音は内部に仕掛けられた受信機から外にあるスピーカーに流れるようになっている為、楽斗は京也と哲也の会話を聞く事が出来た。


「今はそんな話をしている場合ではっ!」


 軽い口調で言う楽斗に薺は怒鳴った。京也があれほど痛そうな思いをしているのに、それを気にしていなさそうなのが許せないのだ。


「……安心しな、薺ちゃん……俺だって今内心穏やかってわけじゃねえんだ」


『っ!』


 その楽斗の言葉と同時に全員が驚いたように楽斗の方を見た。その声に含まれた怒気に気付いたのだ。


 見てみると、楽斗の顔は物凄い事になっていた。しわは異常な程に寄っており、顔も怒りで歪んでいる。先の襲撃事件で、何が起こってもずっと陽気でいた楽斗からは、想像も出来ない様な表情だった。それほどまでに彼も怒っているという事だろう。


「だけどよお、どうしようも出来ねえだろ。いくら俺たちが止めてくれと訴えかけても多分先生はそれに応じない。いくらなんでも他人の戦い方に文句は言えねからな」


「あの、相手を痛めつけるやり方が青木君の戦い方だと?」


 薺が怒りのこもった声で楽斗に聞く。彼女の怒っている姿がいつもの様子からは想像できなかった為、楽斗は一瞬驚いた様な表情を見せたが、すぐに答えた。


「いや、それは分かんねえ。タビアの性質上ああいう戦い方しか出来なそうだしな。それに、今までクラスで悪目立ちしてなかった部分を見ると相手を痛めつけるのが好きってわけでもなさそうだしな。決めつけんのはよくねえ」


「ですが!」


「ああ、そうだな。あいつが普段どうであろうと、今やってる事は絶対許せねえ」


 薺と楽斗がそんな会話を続けている間も、哲也はずっと京也を痛めつけていた。


「おいおいおいおいどうした! お前なんてせいぜいそんな物かよ! そんなんでよく薺さんと居れたなあ。いいか、よく聞け。本来薺さんの隣にいるべきなのは高ランクのこの俺なんだよ!」


 京也にその言葉を投げている間も、哲也は休む事なく京也を殴り続ける。透明になっても音を出せば居場所はバれるが、京也にはもう反撃する力が残っていないと判断したのだろう。さっきから喋ることをやめない。京也を無様に倒して恥をかかせるのが楽しくて仕方ないのだ。


(ああ、もううっせーな。早く決めてくれ、こっちも痛みに耐えんのキツイんだよ)


 京也は今の状況が苦痛で仕方なかった。もちろん恥をかかされている事がでは無い。京也も痛みに耐えるのがそろそろ限界に近づいているのだ。いくら強いとはいえ、京也も一人の人間。ずっと殴り続けられて平気な人間などいやしない。


 もう終わらせてくれと京也が思っていると、急に模擬戦ルームにアナウンスが鳴り響いた。


『五分経過、よってこの模擬戦。終了とする!』


 それは、若宮による哲也と京也の戦いの終了の合図だった。

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