第29話鵜島 対 京也④
「矢が……消えた?」
目の前に起こった光景に、信じられないという表情を浮かべながら薺はその言葉を口にした。
「お前、一体何をした!」
「別にタビアを使っただけだよ。はぁ、本当は使いたく無かったんだけどな、お前には本気でやらなきゃいけなくなっちまった」
自分の矢が理由も分からず消えた事に焦る鵜島に、京也は面倒くさそうに返事をする。
「あれって……氷室さんのタビアなんですか?」
「楽斗、京也の本当タビアって何だ?半径一.五メートル以内の冷気を操るじゃあ説明つかないぞ、あれ」
「……悪いな、そればかりは俺の口からは言えねえ。聞くなら相棒からにしてくれ」
「なぜですか! 私達は曲がりなりにも氷室さんと一ヶ月間一緒に過ごしてきました、そのぐらい教えて下さっても!……」
薺と和葉が京也のタビアについて聞くが楽斗は歯切れの悪い返答をする。だが、それに納得出来るはずもなく、薺がその理由を言及した。
「安心しな、薺さん今教えてやるよ」
そんな薺に、京也が鵜島の方を見ながら話しかけた。
「いいのかよ相棒」
「ああ、三年間隠し通すつもりだったが仕方ねえだろ。使っちまったのは俺だし」
楽斗が本当に喋ってしまっていいのか確認をとるが京也はもうすでにその気らしく、意見を変えようとはしなかった。
「いいかよく聞け、俺のタビアは半径一.五メートル以内の冷気を操る物であってるよ。ただ皆に言ってなかったのはこのタビアの応用方法だ。皆、絶対零度って知ってるか?」
「絶対零度・・それって確か物の下限温度だったよな?」
京也の質問に和葉が答える。
「ああ、そうだ。そしてその絶対零度には特別な仕組みがあるんだ」
「確か、絶対零度になった物の熱運動は完全に止まるという物、だったな」
「ああ、流石は大人だ。しっかりと勉強していらっしゃる」
絶対零度の仕組みについて答えた鵜島に京也はわざとらしく褒めてみせる。その行為が少し癇に触ったのか、鵜島は顔に怒りを見せたが、すぐにその顔を戻した。
「俺は物の温度を絶対零度にする事が出来るんだ。つまり、俺のタビアの効果範囲内に入った物なら何でも凍らせる事が出来る」
『!!』
その言葉にほぼ全員が驚く。
「えっ、それって…………チート過ぎない?」
「なるほどな、そのタビア、お前が噂に聞いていた氷室家の跡取りか……唯一の生き残りが跡取り、こんな残酷な事もあるんだな」
「ん、何がだ?」
京也のタビアを聞いた瞬間、薺と和葉が固まり、美桜が驚きを口に出し、鵜島が何かに納得するが、泡島は美桜の言葉の意味を分かっていなかった。
「あんたバカじゃないの!? あらゆる物を絶対零度にする事ができるなんて、タビアの効果範囲内に行けば体を凍らされるっていう事なのよ! そんなの無敵としか言いようがないじゃ無い!」
「えっ!? それってチートじゃねえか!」
「今更理解したの!? もっと早く気付きなさいよ!」
「いや、相棒はその能力を人には使えねえよ。あいつのタビアは本来ああいうもんじゃねえからな」
美桜が何も分からずにいた泡島に怒るが、楽斗は美桜のその意見を否定した。だが、確かに美桜の言う通りの効果だったら京也のタビアは末恐ろしいものになっていただろう。
「いや、それでも全ての物を凍らせる何て相当なものでは無いですか?」
「ああ、そうだな。もう隠しても意味ねえから全部教えてやるよ。相棒もいいだろ?」
「ああ」
楽斗が京也に京也のタビアを全て明かしていいか確認を取るが、京也は一切迷わずに同意した。本来であれば自分で説明すべき事なのだろうが、ここは楽斗に任せたらしい。
「あらゆる物を絶対零度に出来る、そしてその副効果として熱運動も完全に止める事が出来る。それはつまりエネルギー場の物は消し去り、物は凍らせる事ができるって事だ。これがどういう事か分かるか?」
「いや、悪いけどわからない、美桜はどうだ?」
「私も分からない」
「あいにくだが俺もだな」
「あんたには最初から期待してないわよ」
「おい」
「……まさか!」
和葉と美桜、そして泡島が首を傾げるが、どうやら薺だけ京也のタビアの強さに気づいたらしく、しばらく考えた後ハッと声を上げながら京也の方を向いた。
「そう、あいつは生物じゃ無いなら何でも消し去り、凍らせる事が出来る。つまり……あいつに向かう遠距離攻撃全て効かないっていう事だ」
その言葉に全員が固まった。驚きすぎて何をすればいいのか分からなかったのだ。
今、この世の中には様々な種類のタビアが見つかっている。その中にはタビアと言ってもいいのかという程の弱い物もあれば、それはチートだろ、というほど強い物もある。だが、京也のそれは一線を越えていた。全ての物を凍らせる、そんな別次元とも言ってもいいタビアなど薺達は聞いたことも、想像した事も無かった。
「ふっ、それがどうしたというのだ。お前のタビアなら聞いたことがある。何せ氷室家は一部では超有名な一族だからな。お前のタビアは噂には聞いていた。そしてその対処法も考えていた」
しかしそんな中、鵜島だけが平静を保っていた。何故なのかは分からないが、どうやら京也のタビアの正体を知っていたらしい。
「簡単な話だ、遠距離攻撃が全て効かないのであれば、近接戦闘に持ち込めばいいだけの事、"両腕、硬質化"、行くぞ!」
そう言うと鵜島は両腕を硬化するタビアを発動し、京也へと一切の迷いもなく距離を詰めて行った。
「"
《ダダダダダダダダッ》
《カンカンカンカンカン》
京也もそれに反応して氷の銃で応戦するが、硬質化された手に銃弾を弾かれ、鵜島には弾が一切届かずにいる。
そして、
「はあっ!」
鵜島が声を上げながら硬質化された拳を京也に突き出す。その動きには一切の無駄が無く、彼がどれほど懸命に鍛錬していたか簡単に分かるほど洗煉されていた。
しかし、京也はその拳にも冷静に対処した。突き出された拳に左手の掌で右に拳を逸らし、空いていた右手で空かさず腹に一撃を加える。
「ぐわっ!」
その京也の拳をまともに喰らった鵜島は後方にあるトラックまで飛んだ。
「そうだな、昔はそういう手によくやられたが。俺がそれに対策してないとでも思ってたのか? こっちは守らなきゃいけないもんがあるんだ、絶対に負けられねえ」
京也の守らなければいけない物、それが何を指すのかは分からないが、この状況で言うとおそらく今までずっと一緒にいた楽斗や薺、それと和葉達の事だろう。その事に気付いたのか薺達は嬉しそうにしている。自分が京也に友達として認められている事が嬉しいのだろう。
「流石はあの氷室家の跡取りと言ったところか。だがこちらにも負けられない理由があるんでな。ここは勝たせてもらうぞ」
「本当に勝てると思ってんのかよ」
「!!」
鵜島はその台詞を聞いた瞬間、いつのまにか迫って来ていた京也の頭への、右脚による蹴りによって大きく吹っ飛ばされ、勢いよく地面に転がる。しかし、京也の攻撃はそれだけでは終わらなかった。京也は着地したすぐ後に鵜島へ迫り、再び蹴りを入れようと右足で鵜島の頭に狙いを定めて振り抜く。鵜島はそれに反応し、右に転がりながら避けた。京也はその勢いのまま回転し、左足の踵を鵜島目掛けて放ち、それを鵜島が両腕で受け止めるが、勢いよく後ろに飛んだ。
「くっ、氷室家の実力は噂には聞いていたが、まさかこれほどまでとはな……なあ一つ聞いてもいいか?」
「何だ?」
「お前も少なからずこの国に恨みを持っているはずだ。それなのに何故復讐しようとせずむしろその邪魔をする」
「……」
鵜島の問いに、京也はしばらくした後口を開いた。
「そうだな、俺も恨んではいるぜ、この国を変えようと思うほどにな」
『!!』
その言葉に薺達は驚いた。今までの会話を聞いていて、京也がこの国について何かしら思っているというのは予想できたが、それがまさか恨みという負の感情の中でも最大の物だとは思わなかったのだ。
「それなら何故だ!」
「簡単だよ、お前のやり方は間違ってる。たしかにお前は関係のない奴にあまり被害が及ばないようにしてるかもしれねえ。だけどなぁ、ここに何があるかは知らねえがこの学園にも手を出しちゃダメだろ。悪いのはこの国だけだ、別のやり方があっただろ」
「ふんっ、そんなやり方あるものか!」
「ああ、ある。それに、少なくともお前のやり方は間違ってる」
そう言いながら京也はゆっくりと鵜島に向かって歩いて行き、最終的に手を伸ばせば当たるくらいの距離まで迫っていた。
一方鵜島は、先ほどの戦闘でどこかにダメージを負い動けずにいるのか、先程から全く動こうとはしない。
そして、
「くっ、まさかここでまでになるとはな」
「安心しろこの国はお前の代わりに
《ダンッ》
京也が氷の弾丸を鵜島に撃ち込み、鵜島は静かに倒れた。
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