第26話鵜島 対 京也

「"岩盤壁がんばんへき"!」


「甘ぇよ!」


 足元から出た岩を新海は右に移動しながら避ける。


 戦闘が始まってから三分ほどが過ぎたが、戦況は一向に変わらない。四谷が出す岩盤の壁を新海は次々と躱して行くが、同時に新海は四谷に近づけられないでいるのだ。確かに新海の言う通り、彼は四谷の攻撃を難なく躱せている、しかし四谷も新海を近寄らせない事をしっかりと考えながら岩の壁を出している。


「くそっ、全然終わらないな」


「へっ、どうしたんだい四谷くん、そんなんじゃあ後輩の所には行けねぇぜ」


 確かに戦況は一向に変わっていない。だが、それによる二人のその状況への焦り具合は対照的であった。


 早い話、新海は四谷を足止めさえすれば彼の仕事は終わるのだ。そうすれば四谷が京也達を助けには行けないし、何より京也達も四谷が来ない事で不安に思って、鵜島との戦いに集中出来ないだろうと新海は思っている。それに対し四谷は、鵜島の正体を知らないとはいえ、一刻も早く京也達を助けに行かないと彼らが全滅すると確信していた。自分の実力が状況を変えられるほどの物だとは過信してはいないが、少なくとも勝つ確率は上がるだろう。


 その点からして戦いを長めたい新海と、早く終わらせたい四谷、今どちらが余裕なのかは容易に分かる。


「ならこれならどうだ!」


「そう来たか!」


 そんな膠着している状況の中、四谷が戦法を変えた。わざと技名を言わない事で威力が落ちる代わりにいつどのタイミングで岩盤の壁が出てくるか分からないようにしたのだ。


「くそっ、これじゃあまったく近づけねぇ!」


 そしてその戦法は見事にはまった。どこから岩盤の壁が出てくるか予想出来ない四谷はただその壁を避ける事に意識を割く事しか出来なくなっているのだ。


「ちっ、しょうがねぇか」


 その状況を悪く見てか、新海も戦法を変える。


「"双脚付与そうきゃくふよ300%"!」


 そう技名を叫ぶと、新海は四谷目掛けて一直線で走り出した。もうこうなってしまったら短期戦しかないと踏んだのだ。普通では目で捉えきれない速さな上、急に方向を変えられる。そんな勢いで接近されたら四谷に反応出来るはずがない、


「ぐわっ!」


 筈だった。


 四谷へ向かっていた新海の体が突如として宙へ舞ったのだ。最初は宙へ舞った新海も何故自分がそんな状況になっているか分からずにいたが、すぐに分かることとなった。


「なっ……なんでそんな所に」


 下を見てみるとそこには岩盤の壁があった。そう、四谷が創り上げだ壁だ。しかし分からない、ただでさえ目では捉えきれない速さの新海の300%に急な方向転換が加わったのだ。目に関するソーサラーでない四谷に反応出来るはずがない。


「まさか……おれの行動を予測してたのか」


 苦痛の表情を浮かべながら新海は立っている四谷を見上げる。


「ああ、そうだよ。君の昔からの悪い癖だ。状況が自分にとって不利になると必ず短期戦に持ち込む。確かにそれで切り抜けられる場面も多いけどそれじゃあ次の行動は簡単に予測出来る」


「くそっ……まさか四谷くんに負けるなんてねぇ」


 そう言った新海の意識はだんだん薄れて行った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 薺と鵜島の戦いは凄まじいものだった。薺の攻撃を鵜島が硬化のタビアで防いだかと思ったらすぐさま鵜島が相手を自分の思いのままにする矢で攻撃する。それは他の人では到底真似出来ないようなやり取りだった。


「はぁ、はぁ」


「どうした、もう終わりか?」


 しかし、やり取りが凄まじいものだからといって決してその戦いが拮抗しているとは限らない。普通に戦っている鵜島に対して、薺は切り札とも言える、"豪炎地帯"を使っている。体力の消耗がどちらの方が激しいのか、それは明確だ。


「いえ、まだまだです。"猛烈なる炎の鞠もうれつなるほのおのまり"!」


「まったく、意味の無い事を。"両腕りょううで硬質化こうしつか"」


 薺の力を振り絞った大きな炎の球の攻撃を鵜島がなんなく防ぐ。そして、出せるすべての攻撃を出し切った薺は疲れてその場に膝をついた。


「凛!」


「薺さん!」


「凛様!」


「薺ちゃん!」


「薺さん!」


 そんな薺の姿を心配して京也達が声をかける。楽斗の薺への、薺ちゃんという呼び方に美桜がその呼び方は許せないと、一瞬ピクッと反応したが今はそんな事を気にしていられなかった。


「悪いがもうここまでだな、"意思滅却の矢いしめっきゃくのや"」


 そして膝をついてしまって動けないでいる薺に鵜島が弓を向ける。これでもう終わりだ、誰もがそう思った。今まで戦いがそれなりに拮抗していたのも最大の敵である鵜島を何とか薺が食い止めていたため。もしそこが崩れてしまえば誰か他の人が鵜島の相手をするしかない。だが、それも無理な話だ。薺が鵜島の相手をしていた時も京也達の方はいつ負けてもおかしくない程風紀委員とギリギリこ戦いをしていた。もしその中から一人でも抜けて鵜島の方へ行ったら到底持ちこたえられるはずがない。


《ダダダダダダダダっ》


 鵜島が飛んできた弾を後方に飛びながら避ける。


「今のは危なかったな。ほう、俺の次の相手はお前か」


「ああ、そうだ。薺さんがやられたから俺が勝てるとは思えねえけどやるしかねえだろ。悪いな皆んな、そっちはなんとか持ちこたえてくれ」


 風紀委員との戦いがかなり劣勢になるとはいえ、到底鵜島を野放しに出来るはずがない。京也は創り出した二つの短機関銃を鵜島に向ける。


「……こっちはいいけど、大丈夫か?」


「大変な役押し付けちまって悪いな、あいつは俺が何とかする」


 和葉が心配そうにするが京也はどことなく冷静だった。


「ダメです、この人の相手は私がやらないと!」


 しかし、そんな冷静な京也を薺が焦りながら止める。彼女としては薺家の人間として、そして二つ名持ちとして京也達を守らなければならないという気持ちがあるのだろう。


「お前はもう休んどけ。お前薺家の人間である前に一人の女子なんだ。女子は男に守られてろ」


「……はい」


 その台詞を聞いた薺は頰を赤らめながら答える。


「もういいか? それでは始めるぞ」


「ああ」


「"意思滅却の矢いしめっきゃくのや"」


《ダダダダダダダダっ》


 飛んでくる桃色の矢を京也が銃で撃ち落とす。


「銃で戦うだけあってその腕には自信があるようだな、ならこれならどうだ。"意思滅却の矢いしめっきゃくのや"」


 自分が射った矢が撃ち落とされたのを確認した鵜島は再び矢を射る。今度は一本ではなく十本だ。


「舐めんな!」


《ダダダダダダダダっ》


そして、京也は何とかその矢を撃ち落としていく。難なく矢を撃ち落とした京也は銃を下ろした。


「なあ、一つ聞いていいか?」


 突然質問をした京也に鵜島は驚いたような表情を見せる。


「戦闘相手に質問と来たか。まあいい聞いてやる。何だ?」


「何でこの学園を狙ったんだ? 普通テログループが狙うなら重要な情報が保管されてる所だろ」


「ああ、そうだな。だからここを狙った」


「それは……どういう意味だ?」


「ここまで言えば分かるだろ。それで、質問はそれだけか?」


「じゃあもう一つ。あんたって軍のエリート集団の隊長だったんだろ? それが何で今はテログループの親玉なんかしてんだ」


「それについてはさっきの質問よりも簡単だな、それは……この国に復讐をするためだ! "意思滅却の矢いしめっきゃくのや"!」


 鵜島は再び矢を射る。しかしその本数は今までとは比べ物にならないほど多かった。十、二十、いや、それ以上ある。


「ちっ」


《ダダダダダダダダダダダダダダダダっ》


 京也はその矢を一本一本撃ち落として行く。しかし、到底間に合いそうもない。矢が京也の側まで迫っていた頃にはまだ少なくとも五十はあった。


「"氷壁ひょうへき"!」


 京也は急いで氷の壁を創り出す。しかし、


「くそっ、強度が足りねえ!」


 鵜島の矢をすべて止めるには強度が足りなかった。矢の猛襲に耐えきれない壁に徐々にヒビが入って行く。


《パリーーーン》


 壁が割れるのと同時に京也は右へ飛んだ。攻撃を防ぎきれはしなかったが、京也が避けられるまでの時間を壁は十分に作り出す事が出来たのだ。


「危ねえ」


「ほお、今の攻撃をかわすか。中々やるな」


(このままだとやばいな。けどあれを使うわけには……いや、今はそんな事を言ってられる状況じゃねえか)


 そう思った京也はゆっくりと立ち上がった。そしてその顔にはまるで何か大きな事を決意したかの様な表情が含まれていた。


「楽斗」


「何だ、相棒?♪」


「本気を出すぞ」


「了解♪」


 そう言い京也は改めて構えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る