第24話意思滅却の矢

「相棒、悪いが説明は後だ! 今は風紀委員が敵だと思ってくれ!」


「はあ? 意味わかんねえよ!」


 楽斗が手っ取り早く今やるべき事を伝えるが、京也はいまいち理解ができない。それもそうだ、京也は今しがた現場に到着したばかりでこの状況を知る手段を全くと言っていいほど持ってない。その中で風紀委員が敵だと言われれば誰だって混乱する。


「……分かりました、この数です、最初から全力で行きます! "豪炎地帯ごうえんちたい"!」


 しかし、薺は違ったすぐに状況を理解し行動に移った。いくら大した現場では無かったとはいえ、実戦経験があるとないとの差なのだろうか。すぐさま切り札を切るあたり、思い切りもいい。


「チッ、やるしかねえか。楽斗、 把握出来てる人のタビアをできる限り教えろ」


 そんな薺の姿を見て覚悟を決めたのか、京也も攻撃態勢に入る。


「ああ、今把握出来てるのは三人だ。まず一人目、美桜の前にいるのが長谷部先輩でタビアは掌に空気を圧縮してそれを放出するタビア、二人目が小さい物を念動力かなんかで飛ばすタビア、それで三人目がおそらく無機物に衝撃吸収の付与を与えるタビアだ。

 ああ、あと敵の大将さんのタビアは矢を射ってその矢に当たった敵を操作するっていうもんだ」


「なるほど、では軍の施設で怪我人が出なかったというのは」


「ああ、見つかる前に矢を当ててたっていう事だ」


「分かった、じゃあ残りの四人とあいつに警戒すればいいって話だな。いくぞ」


「まあ、タビアを把握出来てるからって警戒しなくていい訳では無いんだけどな。美桜、炎を頼む」


「分かってる」


 京也の言葉に続き薺、和葉、美桜も攻撃態勢に入る。


「そろそろ始めようか、こちらも暇じゃないんでな。"意思滅却の矢いしめっきゃくのや"」


 京也達が攻撃態勢に入るのを見るや否や鵜島もタビアを発動した。タビアを発動したその手には矢と弓が握られており、桃色というそのがたいには似合わないファンシーな色をしていた。


「喰らえ」


「誰がくらうか! "焔の舞姫ほのおのまいひめ"」


 鵜島から放たれたその桃色の矢を和葉が創り出した炎が飲み込む。


「"豪炎ごうえん"!」


「そんな攻撃で俺にダメージを与えるつもりか?」


 鵜島が手を前に出すと、風紀委員の一人が瓦礫を投げ、美桜の攻撃はその瓦礫に吸収されてしまう。先程楽斗の攻撃を防いだタビアだ。


「そんな攻撃って、別にあんたのタビアで防いだ訳じゃねえだろ」


「いいや、今のは俺がタビアによって操っている者による防御だ。つまり俺のタビアによる防御だと言っても過言では無い。俺のタビアによる防御で防いだのだから侮っても問題は無いだろう」


 鵜島の台詞に泡島は難癖を付けてみるが鵜島は全く意に介さない。そもそも難癖で気を紛らそうというのがどうかと思えるが、この絶望的状況では少しでも勝算となる物が欲しいのだろう。


「ではこれならどうですか、"煉獄風れんごくふう"!」


 美桜の攻撃が防がれたのを見た薺は範囲の広い技で攻撃を試みる。敵となった風紀委員のタビアを見て、その方が攻撃が通ると判断したのだ。確かにそれなら攻撃は当たる。当たりはするがしかし、


「そんな攻撃をしてもいいのか?」


『うわーーーーーー』


「しまった!」


 炎の風が風紀委員に当たるのを見るや否や、薺はすぐに攻撃をやめた。今の技に当たって後々風紀委員に残るダメージを薺は考慮したのだ。ここは模擬戦ルームでは無い。つまり、あまりやり過ぎると最悪の場合、元は仲間だった風紀委員が死んでしまうという事になる。


 今この絶望的状況では、そんな後先の事を考えている場合では無いのだが、薺はどうしても考えずにはいられないのだろう。


「おいっ! 今は後先の事を考えてる場合じゃ無いだろ!」


「ですが!」


 その事に気付いた京也がすぐに不平を言うが、それもそんな場合では無かった。


「"意思滅却の矢いしめっきゃくのや"」


「凛様!」


 鵜島の敵を操るタビアが薺へと向かう。しかも、薺は京也への返事に気を取られていたため反応が遅れ気付いた時にはもう彼女にどうする事も出来なかった。


 唯一薺を助けられる場所にいた美桜も慌てて叫びながら寄るが彼女には防御技が無い。薺が助かるのは絶望的だ。しかし、誰もが薺が操られる事を覚悟したその瞬間、美桜が驚きの行動に出る。


「なっ、美桜ちゃん!」


「美桜!」


 その行動を目の当たりにした薺と和葉が揃って美桜の名前を叫ぶ。


「くっ!」


 美桜が薺を突き飛ばしたのだ。最初はその矢が当たるかと思われたが、それを美桜がなんとか体をねじりながらよける。


「仲間を必死にかばうか。まあ、確かに強い奴が俺に操作されるよりは弱い奴の方がいいだろうな」


 鵜島の言っている事は正しい。鵜島のタビアは実害的なダメージを与える物では無く、あくまでその矢に当たった者を操作する物。"炎姫えんき"と呼ばれる薺が受けるよりは美桜が受けた方がまだマシだ。


 そんな事は分かっている。分かっているつもりなのだが、薺はどうしても美桜がやられそうだったという事実に憤りを隠せなかった。


「あなた、よくも!」


 しかし、今は憤っている場合では無い。


「おいっ、今はそんな場合じゃねえぞ 、"氷銃ひょうじゅう短機関銃たんきかんじゅう"」


「そうだよ凛! ていうか京也それ何、あんたのタビアそんな事できたっけか?」


「これについては後で話すから今は集中しろ」


 京也の言葉から、いつものような気怠げな感じは抜けていた。あるのはただ目標に向かう真っ直ぐな印象。いつもは厄介そうにしていたが、京也も美桜がやられそうだった事に憤りを感じているのだろうか。


「そんな事言われても美桜ちゃんは私の身代わりになりそうだったんですよ!? これが落ち着いて入られますか!」


「そこを落ち着いてくれ。そもそも実害的なダメージが美桜に入ったわけじゃねえだろ。お前を庇った美桜の為を思って今はとりあえずあいつを倒す事だけ考えろ」


「私なら大丈夫です凛様」


「ですが! ……そうですね、そうでした。少し冷静になった方がいいかもしれません、"猛烈なる炎の鞠もうれつなるほのおのまり"」


「まずいな、落ち着いてしまったか。あのままだと楽だったんだが」


 最初は落ち着いているとはとても言えない状況だったが、京也の説得により落ち着きを取り戻した薺は炎の球をいくつも出す。ただし、その球は新海との模擬戦の時の"無数炎弾むすうえんだん"とは違い、炎の球一つ一つのサイズがかなりの物だった。


 鵜島も自分の失態を口に出す。ただし、その態度は言葉とは裏腹にかなり余裕があった。鵜島のタビアでは防御技など無く、風紀委員の衝撃吸収のタビアも攻撃が多数あれば防げないはずなのだが、何か策でもあるのだろうか。


「いけっ!」


「ふう、仕方がない少し早過ぎる気もするが使うしか無いか、"両腕りょううで強硬化きょうこうか"」


 そう言った鵜島は次の瞬間、巨大な炎の球をまるで鋼鉄の鈍器で殴るかのように両腕で防いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る