第21話分断

「"氷壁ひょうへき"」


 新海の拳を氷の壁が防ぐ。入学初日に300%を止められた壁だ、200%を止められない筈が無い。それを分かっていながら新海は攻撃したのだ。自分が彼らの敵だと明確にする為に。


 氷の壁で攻撃を防いだ後、京也は銃口を新海へと向けて、一発撃つ。が、新海は瞬時にタビアを使い、上体を仰け反らせながら弾丸を避け、バク転をしながら態勢を立て直した。新海を撃った京也のその行動には一切のためらいが無く、確実に当てに行っていた。


「チッ、やっぱりその壁は厄介だな」


「おい新海! どういうつもりだ!」


「どういうつもりだって、もう分かってんでしょぉ、四谷くん。俺は今君たちの敵で、百鬼夜行の味方だ」


「やっぱりな」


「やっぱりって……本当に確信は得られてなかったんだぁ。そんなんでよく撃てたねぇ」


「よく先手必勝って言うだろ。それに、あんたが薺さんにしようとした事を考えれば割にかなってる」


 いきなり銃を撃った事について新海は責めるが、京也に動じる素振りは全くと言っていいほど無い。それほど、自分のした行動がおかしいと思ってないという事だろうか。


 いや、それとも前の模擬戦の時に新海が薺にやろうとしていた事の方が異常だと京也は思っているのだろうか。無防備で、しかも自分に危害を与えようとしていない相手に百パーセントの攻撃をしたのだ。確かに、異常とは言える。


 一方、京也と新海の一連の動きを見ていた四谷は今でも長年の付き合いだった新海が学園を裏切るのは信じられないといった表情だった。


「なぁ、氷室くん、一つ質問いいかい?」


「なんだ?」


 全く動じていない京也に対して、新海が話を変える。今、京也達にとってこの時間は無駄だが、この状況では聞かないわけにもきかないだろう。


「君のタビアについてなんだけど、確か半径一.五メートル以内の冷気を操るものだったよなぁ?」


「ああ、それがどうした?」


 何故自分のタビアを知っているのか気になる京也だったが、今はそれについて聞かない事にした。それを聞いたら余計に時間を無駄にすると判断したのだろう。


「じゃあその銃は一体なんだ? 君のタビアでは作り出せない物だろ」


 そう言われた京也は一回自分の手にある半透明の銃を見て、数秒経ってから再び新海の方へ顔を上げた。何を思ったのか、その顔にはわずかにに微笑みが見える。


「……そうだな、それはお前が鳴細学園を裏切った理由を教えてくれれば教えてやるよ」


「なるほど、つまり教える気は無いと」


 早い話教える気は無いと意地悪く微笑む京也に、新海がそれに応えるように微笑み返す。その間には妙な空気があり、他の者が会話に入り込めるような雰囲気では無かった。


「この学園の結界を壊したのはあなたですね?」


「あぁ、そうだ。何せこの学園を攻め落とすのに邪魔だったからなぁ」


 しかし、誰も入り込めないようなその空気を無視して、薺が確認のため新海に聞く。未だに学園を裏切った新海に対して敬語を使っているのは普段からの口癖のためだろう。


「なぜこのような事を?」


「……さあな、そこら辺は自分達で想像しな! "右足付与みぎあしふよ250%"!」


 一瞬答えるかと思えるような間があったが、結局は薺の問いを無視しながら新海は京也の左脇腹にタビアを使いながら蹴りを入れていく。しかし、その蹴りについていけない京也ではなかった。素早く後ろへ飛び、その蹴りを躱す。


 京也には"氷壁"という防御技があり、それを使って止めていれば、確実に反撃が出来た。出来てはいたのだが、それだと確実に新海の蹴りをくらってしまうのだ。


 何故なら通常、タビアとは発動しようと思ってから発動するまでに、その事象を想像するという過程が入る為どうしてもタイムラグが発生してしまう。新海のような、意識してからすぐに発動出来るタイプは非常に珍しい。


 もしさっき氷の壁を作り出そうとしていたら確実に新海の蹴りの餌食となっていた。


「悪いがここは俺に任せてくれないか? こいつには色々と聞きたい事もある。それに、今はいち早く正門に行くべきだろ」


「それは少し危険かと思います。相手は新海先輩ですし、ここは確実に行くべきかと。私も残りますので氷室さんは先に行っていてください」


 四谷の提案に薺が一部否定する。彼女も残ろうというのだ。確かに、その方が確実に新海を倒せる。だが、それでは正門に着いた時に確実に戦力が落ちてしまうのだ。


 今ここで新海を倒す事に集中するか、この後にある正門での戦いに戦力を集中させるかの天秤で薺は前者を取った。それは一つの判断としては決して間違いでは無い。しかし、その薺の意見に対して京也が反論を唱える。


「悪いけど俺はそれに反対だ。ここは四谷先輩一人に任せた方が……」


「俺も氷室くんに賛成だぜぇ、ここは一人だけ残してあとの二人は正門に行った方がいい」


「……何でだ?」


 自分の言葉を遮られた京也だったが、今はそんな事よりも新海の発言の方が気になっていた。新海の発言は彼にとっていかにもおかしい物だったからだ。新海は薺に負けたとはいえ、この学園では相当な実力者、それに加えてあの性格だ。


 容易に戦闘が好きだと言うことがうかがえる。そんな彼が実力者数人を相手に戦えるというチャンスをみすみす逃すような真似はしないと京也は思ったのだ。


「何でって……そりゃあもうそろそろ百鬼夜行のリーダーが来るからだよ」


「「なっ!」」


「……なるほどな、そういう事か」


「おっと、氷室くんは理解が早いねぇ」


 新海の言葉に四谷と薺の二人が声をあげて驚きを露わにする。それほど今の言葉が信じられなかったのだろう。彼らの予想では、正門にいるのが百鬼夜行の別働隊、いわば学園側の戦力を分断する為の囮のような物。


 つまり、本隊が目的を果たすまでの時間稼ぎをしていればいいだけで、そこまで戦力はいらないはずだ。それなのに対して今、新海は百鬼夜行のリーダー、つまり鵜島がそこに現れると言った。彼らは鵜島の事については噂程度でも知っている。


 エリート部隊の白狼館の部隊長であったはずが、一気に国に仇なすテロリストになった、折り紙つきの実力者。


 そんな彼が正門に来る、それで想像できる事はただ一つだけだ。百鬼夜行の狙いは図書館には無い。いや、そこもおそらくは狙いの一つだろうが本当に目指している場所は他にある。


 京也はその答えにすぐに辿り着いた。


「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうぜ、先輩」


「ちょっと待て、そのかわり一つだけ条件がある」


「条件、ですか?」


 四谷を置いて先に行こうとした京也達を新海が右腕で遮る。先程の新海の意見、京也と薺を見逃すという風にも捉えられたが、どうやらそれだけでは無いらしい。見逃すに当たって、何か京也達に条件を付けるつもりだ。


「ああそうだ薺ちゃん。ここに残るのは四谷くんじゃなくて君の横に立っている氷室くんだよ」


(まじかよ)


 京也はすぐに新海が言っていることを理解した。薺達はまだ理解できていないようだが、新海は京也にだけ伝わればいいと言った表情で京也を見る。


「つまり、あんたは不確定要素の俺を足止めしようってわけか。そうすれば正門にいる百鬼夜行のリーダーが薺さん達を対処すると?」


「ああ、そうだ。だから、悪いけど君にはここに残ってもらう」


 新海のこの条件は正直京也達にとって厳しかった。その、何よりの理由は京也があまり新海のタビアについて知らないということだ。もちろん、その能力については知っている。


  だが、それは京也は新海が薺と対戦した一戦しか見ていないレベル。それだけではたとえタビアが分かっていても、それを新海がどのように使い、さらにどのような攻撃パターンなのかが検討もつかないのだ。


 新海の方も京也のタビアについてほとんど知らないという利点はあるが、ここは不確定要素の多い戦いよりも確実に実力勝負の戦いの方が気持ちが楽になる。


「悪いけどお前の相手は俺だ、 "岩石封じがんせきふうじ"!」


 その提案を受けるのはまずいと京也と同じように思ったのか、四谷が自分のタビアを発動し、新海の拘束を試みる。すると、新海の足元から無数の土の棒が出てきて新海の周りを一気に塞いだ。いきなりの事過ぎて反応できなかったのか、新海はまんまとその土から出てきた棒に囲まれる。


「今のうちだ、早く行ってくれ!」


「分かりました、ご健闘をお祈りします!」


 新海が自分のタビアで拘束されたのを見るやいなや、四谷は京也達に早く行くよう伝える。拘束出来ているためそこまで焦る必要は無いのではないかと京也は思ったが、四谷の顔を見るとそんな余裕は無いといった表情だった。


 おそらく、新海を縛っている拘束は長くは持たないのだろう。先に行った薺に続き、京也も新海を通り過ぎて行く。


「お前らの相手は鵜島さんになるって事か、まっ、せいぜい頑張んな」


 通り過ぎる時にうっすらと聞こえてきた新海の言葉を、京也はスルーした。

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