第20話裏切り

 京也、薺、四谷の三人は息を荒立てながら正門へと向かっていた。この様子だと着いても疲れていて、あまり使い物にならなさそうな気がするが今はいち早く正門に着きたいのだろう、全員が必死になって走っている。


 そんな中で、一際苦しそうな表情をしていたのが四谷だった。


「大丈夫ですか四谷先輩?」


「ああ、すまない、ちょっと体力に自信がなくてね。もし邪魔になるようだったら先に行っておいてくれ。足手まといにはなりたくない」


 少し遅れている四谷を心配した薺が立ち止まり、それにつられて京也も止まる。薺達が止まったのを確認すると四谷はすぐに両膝に手をつき、ゼェゼェと京也達以上の荒い息を立てながら自分の意思を伝える。


 やはり虚弱という印象は本当だったのか、四谷が京也達にまともについて行けてたのは最初の方だけで、その後は必死で二人の後を追いかけていた。


「いえ、待ちます。敵がどれほどの実力なのかは知りませんがこういう状況では何が起こるか分かりませんので一緒に行動するのが得策です」


「いや、俺はそうは思わないな」


「それはなぜでしょうか?」


 四谷に気を使ったのか、待つという判断を下した薺を京也が否定する。それに対して薺は一切顔色を変える事無くその理由を求めた。いや、心の中では多少動揺はあったが、それをあからさまに出すほど直情的では無いのだろう。


「今は一刻を争う状況なんだ。正門には多分あまり人もいねぇ。冷たくなるけど四谷先輩はここで置いて行くしかない。そうでもしねぇと最悪俺たちが辿り着く前に正門がやぶられるぞ」


「……なるほど、そう言われると確かにその通りですね。すみません四谷先輩、では先に行っています」


 京也の指摘に納得した薺は四谷を置いていくと決断した。


「ああ、そうしてくれ。……ん? あれは」


 何かに気付いた四谷は目の前に立っている京也達のさらに奥を見つめる。その視線の先が気になり、京也達も四谷の目を追うと、そこには一人の少年が立っていた。だが、その少年がいたのは百メートルぐらい先、四谷がよくその正体に気付けたという距離だ。全く正体が掴めない京也と薺は必死で目を凝らす。


「なっ、あれは!」


 その正体に気が付いた薺は少し身構える。それほどの人物なのだろうか。一方、京也は未だにその正体が分からなかったためもっと近くに寄ろうと一歩前に進んだ。

 すると、


「よぉ、久しぶりだなぁ、お二人さん。あと四谷くんも」


 百メートル先に立っていた少年が一気に京也の正面へと距離を詰めてきた。挨拶のはずが相手を挑発している口調、四谷を君付けで呼ぶような間柄、その聞き覚えのある声に京也は少し嫌悪感を覚える。


「はい、お久しぶりですね。新海先輩」


 嫌悪感のあまり、黙ってしまっている京也の代わりに薺が新海に挨拶をする。薺は無理矢理戦わされた上に奇襲まで食らった身、京也以上に話すのは嫌だろうが、この中の誰よりも自分の感情を抑えるのに長けていた。


「先輩はここで何をやってるんっすか?」


 薺の挨拶で少し嫌悪感が晴れたのか、京也が疑問を投げかける。


「何って決まってるだろ。確か、氷室 京也くんだっけ? 襲撃があったから避難してるんだよ避難」


「ならどうしてここに? 避難誘導ならもうとっくに終わってるはずですよ」


「いやぁ、トイレに行ってたら遅れちまってよぉ、今出て来た所ってわけだ。安心しな、相手はあの百鬼夜行だろ? なら怪我なんてしねぇよ」


 避難誘導にしっかりと付いて行かなかった新海に、京也はどうしても懐疑的になってしまう。あまり新海の事は知らないが、彼の性格からして、素直に避難誘導に従うとは思えなかったのだ、何か変な行動をするに違いない。


 そう京也は確信していた。


 いや、もしかしたらもうすでにしているかもしれない。


「どうしたんだ氷室君、心配しなくても新海なら大丈夫だ。確かに素行は悪いが俺たちが今困るような事はしないはずだ」


「随分と新海先輩を知っていらっしゃるようですけど、お二人は昔からのお知り合いなんですか?」


 薺の質問に、今はそれ所じゃないだろと京也は心の中で突っ込んだが、聞いてしまったら仕方がない、京也はその答えを聞く事にした。


「あぁ、小学校からの付き合いだぜ。つってもそん時はあまり関わってなかったがなぁ」


「まあそういう機会があまり無かったからね」


「へぇ〜、そうだったんですか」


 今の状況をすっかり忘れてしまっているのか、薺達は話し込んでしまっている。しかし、そんな悠長な事をしている彼女らに対し、京也は一人険しい顔で新海の事を睨んでいた。


「どうしたんですか、氷室さん、そんな険しい顔をして」


 今の状況を考えてみろと突っ込みたくなる薺の一言だが、確かに京也の顔は険しかった。さっきまでよりも一段と濃く。まるで、何か大変な事に気付いてしまったみたいに。


「おいおいどうしたんだよ氷室くん。そんなにこっちを見られると恥ずかしくなっちまうぜ」


「なあ、新海先輩。あんたって風紀委員に友達とかいるのか?」


 新海に話しかける京也の声色は今までに聞いた事が無いほど深刻じみた物だった。


「いや、いねぇけど。それがどうしたんだよぉ」


「そうか、いないのか。じゃあ一個質問いいか?」


 いつのまにか敬語も無くなっているが、誰もその事について触れない。京也の次の言葉が気になるのだ。


「あぁ、いいぜぇ」


「あんた、さっき相手は百鬼夜行だから怪我はしないって言ったよな」


「言ったけどそれが?」


「だよな、言ったよな……」


《パァーーーン》


 突如、銃声が鳴り響いた。薺は一瞬百鬼夜行がここまで攻めてきたのかと思ったが、どうやら違うらしい。その一発以外銃声は全く聞こえないのだ。いや、そもそも銃声がした場所がおかしい。遠くからでは無く、明らかに薺の近くからしていた。


(まさか……)


 そう思いながら薺は銃声のあった方へ、ゆっくりと向く。ゆっくりと向いた理由はなかったが、その人物には銃を持っている素振りが無かった。というより、彼がそんな危険な行動をする事が彼女には信じられなかったのだ。


「氷室さん何やってるんですか!」


 京也の手には新海がいた場所へと向けられている、拳銃が握られていた。その拳銃には何の仕掛けも無さそうで、ごく普通の物だった。その色が少し透き通っている、半透明な物だという点以外は。


「おいおい、何やってんだぁ氷室くん。危うく死にかけたぞ」


「安心しな、この銃の弾は体温並みの温度の物に触れたら一瞬で溶けるようになってるから痛みしか感じねぇよ」


 間一髪の所で右に避けていた新海は銃を向けられている状態なのに口調を全く変えなかった。それだけの度胸が備わっているという事に驚きだ。


 だが、一番驚くべきなのは京也の行動だろう。いくら死なないとはいえ、人に銃を向け、挙げ句の果て撃ったのだ。まともな神経、いや、まともな思考回路では無い。


「だとしても、何もしてねぇ一般人に向けて撃つものじゃねぇよなぁ」


「何もしてない、か。本当にそうか? あんた、この襲撃事件に深く関わってるだろ」


「……いつから気付いてた?」


 すると、新海も口調を変える。さっきまでとうって変わって、かなり真面目な物にになっていた。


「あんたが向こうで立ってた時から怪しいとは思ってたよ」


「よくそんな事だけで人が疑えるなぁ、氷室くん、お前の性格疑うぜぇ」


「そんな事かまわねぇよ」


「お二人共一体何の話をしていらっしゃるんですか?」


 二人が何の話をしているのか、薺と四谷には見当もついていなかった。だが、そんな二人を置いて京也と新海は話を進める。


「何であそこに立ってるだけで怪しいと思ったんだぁ? ただ迷ってるだけかもしんねぇだろ」


「いや、それは無いな。まず最初に、ここは第二競技場と運動場の間にある道だ。さっきあんた、トイレに行ってたって言ってたけど、一体どこのトイレに行ったんだ? まさか、わざわざ第二競技場のトイレまでは行かねぇだろ」


「ふん、で?」


「次に、俺があんたを攻撃した最大の理由を教えてやろうか?」


 どんどん話を進めていく京也達に薺と四谷は静かに耳を傾ける。京也から直接理由を聞くより、自分達で会話の内容から推察する方が早いと思ったのだろう。


「ああ」


「あんた、確か敵が百鬼夜行って知ってたよな」


「そうだが?」


「それって風紀委員にしか伝わってない、部活の部長にも伝わるはずのない情報なんだよ。なのに何であんたが知ってるんだ? いや、もう理由は一つしかねぇか。それは、あらかじめ敵と繋がってたからとしか考えられねぇ」


「「まさか!」」


 京也の発言を聞きようやく話の内容に気付いた薺と四谷は驚きを露わにする。


「"右腕付与みぎうでふよ200%"!」


 そして、タビアによって強化された新海の右腕が京也へと伸びた。

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