第19話正門の攻防②

「なっ、危ない! "炎の垣根ほのおのかきね"!」


 一瞬動きが止まってしまった楽斗に降り注いだ銃弾の雨を和葉が炎の竜巻を壁のようにして防ぐ。その隙に動けるようになった楽斗が自分の元いた瓦礫に身を隠す。


 その姿には一切の余裕が無く、代わりに死に直面した事に対しての恐怖が顔全体に現れていた。いくら実戦をしてみたかったとはいえ、本当に死ぬかもしれないという状況になる所までは想像出来なかったのだろう。


「大丈夫?」


 そんな楽斗を心配してか、隣にいた和葉が声をかける。


「ああ、悪りぃな心配かけちまって。いざ死に直面するとこんな気持ちになるとは思わなかったぜ」


「それにしてもどうしたんだいきなり? 」


「いや、分かんねぇ。タビアを発動しようとしたら急に体が動かなくなっちまったんだ。ただ一つ考えられるとしたら、敵さんのタビアだな」


 楽斗と泡島がさっき動けなくなった理由を考察し、楽斗が答えに辿り着く。泡島と話している間に恐怖がだんだん消えていったらしく、今は普通にしている。


「そうか、だとするとこの状況でああいうタビアは少しやっかいだな」


 楽斗達の会話を聞いていた長谷部が敵のタビアについての意見を述べた。


 そう、相手の動きを止められるタビアが相手にあるのは楽斗達にとって相当不利なのだ。楽斗が止まっていた時間からして恐らく敵のタビアが相手を止められるのはほんの一瞬。だが、この戦場ではその一瞬が命取りになるのだ。


 先程の楽斗からも分かる事だが、戦場とは刻一刻と場面が変わる物。少しでも油断すればそれは命取りにもなり兼ねない。そんな中で、一瞬だけでも動きを止められたらどうなるかは想像に難くないだろう。


「ですね、今把握出来ているだけで敵のタビアは平衡感覚をおかしくする物と相手の動きを一瞬止める物。しかも二つとも後方支援型、対策が思いつきません」


 ネガティブな事を言い始めた美桜だったが、誰もその事について責める者はいなかった。それは全員が同じ事を思っていたからだ。


 もし、相手が後方支援型ではなく普通に戦闘型だったのならただその敵を倒せばいいという簡単な結論に至るが、敵は後方支援型で姿を隠している。こうなってくるとまず、敵の居場所を探さなければいけなくなり、それに特化したタビアが必要になってくる。


 楽斗のタビアで索敵する方法もあるが、彼のタビアではどこに人がいるかまでしか分からない。どうしても敵のソーサラーの居場所は見つけられないのだ。


「チッ、こうなったらしょうがない、一か八かで行くか。楽斗、テレパシーで味方全員に衝撃に備えるよう伝えてくれねぇか?」


「……いいぜ、お前に任せる♪」


 何か作戦思いついたのか、泡島は楽斗に指示を出す。しかし、その作戦はあまりいい物では無いらしく泡島は軽く舌打ちをした。楽斗もそんな泡島を見て、一瞬迷ったが、今は泡島の作戦以外にあても無いため、乗る事にしたらしい。


「何をするつもりなの?」


 しかし、全員が作戦の内容を一切知らされていない。その為、何をするつもりなのかを美桜が代表として聞く。


「俺のタビアを使う」


「えっ、でも確か平衡感覚がずらされてるんでしょ?」


 泡島の発言に美桜が驚きを露わにする。現在、泡島は敵のタビアによってタビアを使えない状態にある。敵にタビアを当てるのもままならない状況だ。そんな中で一か八かの賭けをしようと言うのだ、驚くのも無理はない。


「ああ、 だけど俺が今からやろうとしてるのはそんなの度外視した作戦だ。いや、作戦っていうより技だな。いや、技っていうよりやけくそか?」


「結局どれよ?」


 自分の言葉で疑心暗鬼になっていく泡島に美桜がつっこみを入れていく。


「そんな事どうでもいいから早くしてくれ! このままじゃもたないくなるよ、"炎の垣根ほのおのかきね"!」


 呑気に話している泡島と美桜に和葉が瓦礫の前に炎の壁を作りながら怒鳴る。


 和葉が焦っているのには訳がある。それは、彼女らの隠れている瓦礫がもうもたないという事だ。元々、その瓦礫は校舎が爆発して出来た物、そして校舎とは銃弾が撃ち込まれる事を想定して造られていない。


 つまり、瓦礫が銃弾を受ければ受けるほどそれは壊れていくという事だ。もし瓦礫が壊れる前に敵を倒し切らなかったら楽斗達学園を守っている面々は銃弾の雨に晒される事となる。


 先程の技も少しでも瓦礫が長持ちするように放った物だ。


「分かった。じゃあ楽斗、頼むぞ!」


「もう伝えてあるぜ!」


「こんな落ち着いてない状況で使うのは初めてだな」


 そう言うと、泡島は目を閉じ、全神経を手に集中しながら、両腕を空にかざした。一瞬、何かに祈りを捧げているように見えなくも無いが、実際は違う。


 泡島の手の先を見るとそこにはうっすらだが、大きなシャボン玉のような物が見えた。言うまでもなく泡島の作り出した、触れたら爆発する泡だ。それはだんだん大きくなり、ついには半径七メートルにも及ぶ巨大な泡へと成長した。


「ねえ、それ大丈夫? 確か触れたら爆発するんだったよね、もし敵の銃弾に当たりでもしたら私達ただじゃ済まないよ」


 その泡を見た美桜が自分達の身の安全の事を心配になる。


 美桜が聞かされている限り、泡島のタビアは触れたら爆発するという物だったはずだ。なら、敵の銃弾に当たり、敵の所まで行かずに暴発するという可能性はかなり大きい。そこを美桜は心配しているのだろう。


「………………」


 しかし、泡島から返事は返ってこない、タビアの発動に集中しているのだ。


「代わりに俺が教えてやるよ、こいつのタビアはただ物に触れば爆発するっていう単純なものじゃねぇんだ。詳しく言えば人の体、もっと詳しく言えば人の体温並みに暖められたら爆発するっていう仕組みなんだ。だから銃弾に当たっても大丈夫ってわけよ。あっ、ちなみにあいつが作れる泡の限度は二十個までな」


「その情報は聞いてないけど」


 そんな泡島の代わりに楽斗が説明する。どうやら実践演習の時に詳しく聞いていたらしく、和葉達が今必要としていない情報まで教えてくれた。


「よし、準備出来だぞ。全員伏せろ!」


 技の準備が出来た泡島は全員に伏せるよう命じる。そして、


「いくぞ! "強硬爆裂きょうこうばくれつ"!」


 泡島が作り出した泡を中心に大きな爆発が起きた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ねえねえ、お父さんまた出かけちゃうの? もうちょっと遊ぼうよ〜」


「こらっ、わがまま言わないの。お父さんこれから仕事なんだから」


 とある一軒家の玄関で、五歳ぐらいの小さな女の子が父親らしき人物にすがりついていた。そしてそれを迷惑になると思ったのか、母親らしき人物が柔らかく注意する。その言葉に女の子は拗ねるように頬を膨らませ、母親と父親が顔に笑みを浮かべる。家族円満とはこういう事を言うのだろうか。


「いや、いいよ。そんな急ぎの用でも無いし。でもな、あんまりわがままばっかり言ってるともったいないオバケが出ちゃうぞ〜」


「えぇ! こわいよママ〜」


「大丈夫よ、わがまま言ってももったいないオバケ何て出ないんだから。もったいないオバケは、もっと悪い事したら出てくる物なの」


「ほんと?」


「えぇ、本当よ」


「よかった〜」


 嘘が過ぎる父親の冗談に怖がってしまった自分の娘を母親が宥め、それと同時に父親の方をキッと見る。あまり変な事を言って欲しく無いのだろう。父親も少しやり過ぎたと思ったのか、手を合わせながら母親の方へ口をごめんと動かして謝っている。


「おっとそろそろ時間か、もう行かないとな。じゃあ行ってくるよ」


 父親は左腕にしてあった腕時計を徐に見るとそろそろ時間だと家族に伝える。


「ええ、行ってらっしゃいあなた」


「ねえねえ、いつかえってくるの?」


 少女が少し寂しそうに尋ねる。


「そうだな、七時までには帰ってこれるよ」


「しちじ?」


 七時の意味が分からなかったようで少女はひらがな読みで聞き返す。


「ああ、そうかまだ早かったかな。いいか、あの時計があるだろ? あれの小さい方の針が七の所に行ったら帰ってくるよ」


 そんな少女に父親は仕方ないなといった表情で土間の隣にあった靴箱の上にある置き時計を指しながら説明する。今、短針は十二を指している。つまり、父親が帰ってくるのは七時間後になるという事だ。


「うん、わかった! それまでまってるよ!」


 それを聞いた少女は安心したようで、笑顔で父親を見送る。


「いってらっしゃい!」





 目を開けるとそこは暗いトラックの中だった。左右にはそれぞれ人が五人ほど座れる長椅子があり、彼は右側にある椅子の真ん中に座っている。運転席は見えず、代わりに見えるのは銀色の壁しかない殺風景な光景だった。

 外からは爆発音や銃声が聞こえ、ただならない事が起きている事を知らせてくれる。だが、彼はそんな事に動じる素振りを見せない。それは、彼にはその状況が理解出来ていたからだ。


「鵜島さん、準備が出来ました」


「ああ、ありがとう」


 そう言い残し、鵜島はトラックのドアを開け、その暗い空間から出て行った。

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