第9話薺 凛
「昨日の事についてあんたを責めようって訳じゃないんだ。ただ、ちょっと凛について話したいことがあって」
京也を屋上へと通じる扉の前に連れてきた和葉は早速話を始めた。会話の内容を予想出来ていた京也はやっぱりかという顔で話を聞く。
「話したいことって?」
「あいつの生い立ちだよ」
「そんなもん俺に話して何になるんだよ」
確かに、薺の生い立ちを京也に話した所で彼が薺への対応を変えるという保証は無い。それなのに話すという事はよっぽどの事なんだろうか。
「いいから、昨日凛のお願いを断ったあんただからこそ話さなきゃいけないんだ」
「分かった、いいけどホームルームには間に合うようにしてくれよ。あんま遅れたく無いからな」
最初は嫌そうだった京也も諦めがついたのか、真剣に和葉の話を聞くことにした。
「できるだけがんばるよ。まず昨日あいつが友達になってほしいって言った事についてだ」
「ああ、それな。それは気になってた、何でわざわざ聞くんだ? 何もしなくてもあんな人気なんだから友達なんて普通に出来るだろ」
確かに、昨日の薺の行動は意味が分からなかった。友達が欲しいのであればいつも周りに来る人達の中から作ればいいのだし、何よりも驚いたのは薺があのような行動で友達を作ろうとする、友達作りに慣れていない姿だった。
「あぁそれね、人気すぎるって言えばわかるかな?」
そう聞き、京也が答えに至るまで、そこまでかからなかった。
「あぁ、なるほどな。逆にって事か」
「そう、あいつが人気すぎるせいで逆に周りが距離を置いちゃってるんだ。関わりはしたいけどどうしても距離を取っちゃうんだ」
「じゃあ何で俺に?」
京也がそう聞くのも無理は無い。距離を取っているとはいえ、薺と仲良くしようとしているクラスメイトと、昨日薺を蔑ろにした京也、薺の印象としては比べるまでも無く、京也の方が印象は悪い。
「それはあんたが一家の人以外で唯一凛と普通に接したからだよ。だから急にあんな事を聞いたんだ。薺家って四大名家の中でも一つ上に君臨してるって事は知ってるかい?」
「いや、今初めて知った」
「だろうね、これを知ってる人なら誰も凛と普通に接する事何て出来ないんだよ。薺家からの報復が怖くて」
報復と聞いて、京也は一瞬表情が固まった。
「報復って、そんなに物騒なのか? 薺家って」
「いや、実際そうでもないんだけどね、日本の中でも頂点に立つ家だから皆無意識のうちにどうしても怖がっちゃうんだよ」
「ていうか何で薺家だけ四大名家の中でも一つ上に君臨してんだ?」
「それに関しては正直私もよく分かっていないんだ。生まれた頃からそうなってたし、親とかに聞いても誰も答えてくれなかったからね」
「へぇ〜、そういうもんなのか」
「そう、そういうもんさ。それで、話を戻すんだけど四大名家っていう理由で今まで関わってきた人のほとんどが凛と距離を置いてたんだよ。同年代で遊んだ事があるのは身の回りの世話をしてきた私と美桜と、あと同じ四大名家の
「ん? 椿家は?」
何故四大名家の中で唯一椿家だけが名前が上がらなかったのか、京也は聞く。
「は〜、あんたって本当に何も知らないんだね。いいか、四大名家にもちゃんと不仲とかはあって昔から薺家と椿家は犬猿の仲なんだよ。これくらい常識だよ?」
「悪かったな、知らなくて」
少し呆れられた京也は不満気に返事をする。
「それで、また話を戻すけど。関係を遠慮したんではなくただ普通に接したあんたは凛にとって新鮮で、特別なんだ。だから、私としては出来れば凛と仲良くしてやってほしい」
「悪いけど、それは無理だな。昨日も言った通り俺は友達というもんを作るつもりは無いんだ」
「昨日も引っかかったんだが、それは何故なんだい? あんた入学式からだけどあの楽斗っていう奴以外誰も近づけようとしないよな、まるでわざと避けているみたいに」
そう、昨日京也が薺の願いを断った理由、それは京也が友達を作りたくないからだ。しかし、これ自体は珍しくもない。一人になってる人がよく口にしている事だ。そう思いがちだが、京也の場合は話が少し変わってくる。京也の場合、本当に友達を作りたくないのであれば、楽斗とつるんでなどいないはずだ。そして、それはまるで楽斗以外の人間を寄せ付けようとしない様である。
和葉はそこが気になったのだろう。
「俺にも色々あるんだよ。それより話を戻せよ」
和葉の疑問をスルーしながら、何回も脱線する和葉に、京也は話を進めるよう言う。
「ああ、そうだね、ごめんごめん。凛も、昨日はあんな反応だったけど内心遠慮されなくて嬉しかったんだ。だから、無理にとは言わない。無理にとは言わないけど出来るだけ凛をないがしろにしないで欲しいんだ。頼む」
「分かった、善処するよ」
別に京也は他人に冷たく当たろうというわけではないただあまり他人と関わりたくないだけだ。ないがしろにしないというだけなのであれば、問題は無いと判断したのだろう。
「そうかい、ありがとね!」
『キーンコーンカーンコーン』
和葉が京也に感謝するのと同時にチャイムが鳴った。ホームルームの始まりを知らせるチャイムだ。
「やばっ、間に合わせるって言ったよな!」
「仕方がないだろ、途中でちょくちょく脱線しちゃったんだから!」
「知らねぇよ!」
そう言い合いながら、京也と和葉は急いで階段を降りた。
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「入学して最初の授業に遅れるとはいい度胸だなぁ」
「「すいません」」
案の定遅れた二人は今、クラスメイトの前で若宮に叱られていた。ホームルームの時間には間に合っていたものの、最初の授業が体育だった為、ホームルーム中に着替えてその後『第二競技場』に集合という予定だったのだ。
尚、入学オリエンテーションなどは入学式の前までに行われていた為、この学園では入学式の翌日から授業が始まるのだ。
この学園には競技場という物が三つある。第一は大会などの行事用、第二は集団授業の為の大きい模擬戦ルーム、そして第三は個別の模擬戦ルームが多数にある物、今回は集団授業なので、第二を使っている。
第二競技場は、設定を変えればどの様な地形も再現できる為、集団授業にはもってこいなのだ。ちなみに今回の設定は森だ。
「まぁいい。今回は最初だから許してやるが、次は無いと思え」
「「はい」」
早く授業に進みたいからか、若宮は案外軽く二人に注意をしただけだった。
「今回は最初の授業だが、いきなり実技をやってもらう。ルールは簡単だ。まず、この服を着てもらう。この服は特別仕様で第二競技場と繋がっており、攻撃が当たればすぐに強制退場される仕組みになっている。そこでお前らがやるのはサバイバル戦だ。お前らには二人一組になってもらい、この第二競技場の中で散らばってもらう。そこで、最後の一組になるまで戦うという訳だ。ちなみに、ここは普通の模擬戦ルームと同じ機能になっているから怪我については心配しなくてもいい。それでは各自、なりたい奴と組め」
若宮がそう言うと、生徒は一斉に動き出した。
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