第8話感謝

 美桜から繰り出された炎が京也達に襲いかかる。


 "豪炎ごうえん"と言うらしいが、手加減している様な威力じゃない。いや、むしろ確実に殺しにかかっている様に感じられる。ちょっとフランクに話しただけで怒りすぎだろと、京也は思わずにはいられなかった。

 それにここは模擬戦ルームでは無いのでダメージを受けたら直せない。入学初日から入院はかなり面倒だ。


〔京也、お前に任せるわ〕


〔おいっ、嘘だろ〕


 楽斗がタビアを応用したテレパシーでこの状況を何とかする様に京也に頼んだ。


 このテレパシーは、楽斗が意識している相手が小声で話した時、楽斗がタビアを使い、自分や自分が指名した他の人にだけ聞こえる様音を操っている。そのため今ここでは京也と楽斗にしか彼らの話し声は聞こえていない。


 無責任過ぎるだ京也は思ったが、本当に何もするつもりは無いらしく、一切動く素振りを見せない。完全に京也にやらせるつもりだ。

 だが、だからと言ってこのまま何もしないわけにはいかない。仕方がない、そう思いながら京也はタビアを発動しようとする。


「"氷へ……あっ」


『うわーーー!」


 美桜が繰り出した炎が京也と楽斗に襲いかかる。真っ赤な炎が二人を包み、物凄い勢いで体を焼き始めた。

 さすがは豪炎と言うだけあって、かなり熱い。体の芯まで焼け、全身に激痛が走る。このままだと本当に入院してしまうかもしれないと思うほどに。


〔おいっ、京也! お前なんで防がなかったんだ、お前ならいけただろ!〕


 事の重大さに気付き、焦った楽斗が再びテレパシーで京也に話しかけた。相当焦っているのか、いつもの様な余裕のある口調ではない。


〔は? 俺に丸っきり任せておいてなんだよその言い草!〕


〔俺のタビアじゃ出すまでに時間がかかるからだよ! ていうかお前、タビアを出しかけただろ!〕


〔さっきの騒ぎの後にまた面倒ごと起こしたくねえんだよ! ここで止めちまったらまた目立つだろ、ていうかどっちかっていうとお前の方が適任だろ!〕


〔いや、止めずにこうして燃えてる方が目立つだろ!〕


 かなりの一大事だが、二人はまだ喋れるだけの余裕は持ち合わせていたらしい。しかし、限界である事には違い無い、二人の顔がどんどん痛みで歪んでいく。


「"ほのおかんむり"!」


 その声がした瞬間、二人を燃やしていた炎が空中で球状になった。自分からではなく、まるで操られているように。


(助かった)


 そう思いながら声のした方を見てみると、和葉が両手を球状になっている炎へかざしているのが見えた。おそらく、彼女がタビアを使い、京也達を助けてくれたのだろう。


「美桜ちゃんやめなさい!」


 薺がそう言うと美桜が炎を出すのをやめ、少々不満気に手を下ろした。


「本当にすみません!」


「いや、いいよ」


 美桜が手を下ろすのを確認すると、薺はすぐさま京也達に謝った、操っていた炎が美桜がタビアを止めた事によって消えた和葉も頭を下げていた。しかし、当の美桜が一向に謝る気配を見せない。それどころか京也達を睨んでいるようにも見える。


「ほら、美桜ちゃん!」


「いや、私は謝る気なんて無い、むしろ悪いのはこの人達よ」


「おい、美桜!」


 薺と和葉が謝るよう説得するが、美桜はそんな気など毛頭無いらしい。


「いや、いいよ別に。対して怪我もしてねぇんだから。ていうかとりあえず頭上げて、目立つ」


 だが、京也もあまり気にはしていないようで二人に顔を上げるよう促す。


「それよりそんな礼をする為だけに俺たちを探してたのか?」


「え、まぁはい」


 このままでは少々空気が重いと判断したのか、京也は無理矢理話題をそらした。

 だが、確かにそこは気になる所だ。もし本当に感謝がしたいだけならクラスメイトなので翌日に普通に出来るし、そもそも京也達には感謝を言われる覚えが無かった。


 元はと言えば楽斗がタビアを使って先生を呼ばなかったから薺が介入する羽目になった訳で、京也ももっと楽斗に強く言うなどの事は出来たはずだった。何もしなかった為結果的にああなっただけで、京也はあまりよくやったとは言えない。


 それを薺が知らないだけというのはあるが、それでも謝るだけというのは少しおかしい気がした。


「あ、後もう一つあります」


「ん、何?」


「その〜、あの〜、実はですね……」


「どうした?」


  急にまどろっこしくなる薺に京也はついイラついてしまったのか、薺に続きを急かした。


「私のお友達になってくれませんか!」


「・・は?」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 翌日、登校した京也は教室に着き次第すぐに自分の席についた。幸い昨日の騒動があまり大きくならなかった事もあって、京也の事はあまり浸透せずに薺が新海に勝ったという話でクラスは持ちきりだった。


「おはよっ、相棒♪」


「ああ、おはよ」


「どうしたんだよ元気がねぇな」


 少々元気のなさそうに返事をした京也に楽斗は心配しているように聞く。


「いや、俺はいつもこんな感じだろ」


「ま〜だ昨日の事引きずってのか? あれは仕方がなかったろ」


「別に引きずってるわけじゃねえよ、ただ久し振りにあんな感じになったからちょっとな」


「お前一々そんな気分になるならあんな答えするなよな」


 昨日、突然友達になって下さいと言われた京也は最初どうすればいいか分からずにいた。そもそも薺には友達という存在になれる人がクラスにごまんといるのに、クラスで楽斗と孤立していた京也に直接友達になってほしいと言う事自体が意味不明だった。


「仕方がねえだろ」


 結果だけ言えば京也は昨日、薺のお願いを断っている。クラスの人気者のお願いを断るとなるとこれから先、どのような面倒くさいことが起こるかと思うとゾッとするが、京也にはそれ以外の選択肢がなかったのだ。その後、再び憤りを見せた美桜と、それを何とか制止した和葉と、


「分かりました、無理を言ってすいませんでした」


 と言って少し悲しげな表情をした薺の三人が校門の方まで帰って行くのを京也達は確認した。


「でもよぉ、まさかあそこまで落ち込むとはなぁ。まあ、今見る感じだとあまり気にしてなさそうだけどな」


「ああ、そうだな」


 今薺は昨日に引き続きクラスメイトに囲まれている状態になっている。一見とても楽しそうにしているが、実際はどうなのであろうか。


「なあ、ちょっといいか?」


 二人で昨日の事を話していると京也の前に一人の少女が現れた。髪はショートカットで、いかにも活発そうな外見、和葉だ。


「話があるんだけど」


「いいけど、もう授業始まるぞ」


「いいからついてきて」


 授業を理由に断ろうとしたが、あまり効果が無かったらしく、和葉はその事を無視して自分についてくるようにと京也に言った。京也は最初、ついて行くつもりは無かったがもうすでに教室のドアの所まで行ってしまっている和葉を見て、仕方がないと思いながら和葉だについて行った。

 一方楽斗は和葉が京也にだけ言っているという事が分かり、教室で大人しく待機する事にした。


 京也が連れてこられたのは階段を一番上まで上がった屋上へ通じる扉の前だ。電気がない為薄暗く、屋上に用がある人もいない為、誰にも聞かれたくない会話をするのにはもってこいの場所だ。


「私が話したいっていうのは昨日の事なんだけど」


「やっぱりか」


 そう言い、京也は少し肩を落とした。

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