第7話仲裁

 薺へと繰り出されていた拳は小さい、しかし同時に分厚い氷の壁に阻まれていた。その壁を全力で殴ってしまった新海は一瞬苦悶の表情を浮かべるが、すぐにその表情を戻す。ここでそんな表情を浮かべでもしたら、自分のプライドが許さないからだ。

 そんな氷の壁の向こうには少年が立っていた。日本人には珍しい青い髪を持つ少年、京也だ。


「ふんっ、面倒くさいだと? じゃあ何故助けに入った? そうしない方がお前としては楽だろ」


 いや、新海にはそんな痛みよりも動揺するべき事態が起きていた。今の質問もその動揺を隠す為に聞いた物。


「あのまま見過ごしてたらもっと面倒くさい事になってたからに決まってんだろ」


「へぇ、どういう?」


「うちの学年の注目の的が入院でもしたら学校中が騒ぎ出すだろ。そんな事あったら静かに生活出来ねえじゃねえか」


 (くそっ、こんな適当な奴に300%付与が止められるなんて、俺の最大威力だぞ)


 口では京也を挑発しながら新海は心の中で別の事を思っていた。さっき新海は自分の腕を300%付与で薺に殴りかかっていた。それを簡単に止められてしまってはいざ戦う事になると、手も足も出なくなる。


 新海のタビア"自己付与じこふよ"は自分の筋肉を増幅し、無理矢理筋力を上げるという物。そもそも、筋肉というのは脳がセーブしている為本来の二割程しか力を出していない。

 それは、それ以上出せば骨などが折れ、人体が破壊される可能性があるからだ。新海はその体が壊れる寸前まで筋力を高めて攻撃している。それが300%という訳だ。そんな攻撃を簡単に防がれてしまった新海にはなす術がもう無い。

 京也に恥をかかされたままになるという結果に終わってしまう。それだけは避けたいのだ。


 しかし、不意を突けば話は別。警戒していない相手になら、いくら実力差があっても何とかなる。後は油断させて、隙を作るだけだ。


「まあ、いいや。俺は元々関係ねえんだし。そこの薺さんさえよければこのまま騒ぎを広げずに解散するっていうのもありだぞ」


「えっ……」


 急に話を振られた薺は戸惑った様子を見せる。


「あ、はい! 私はそれで構いません!」


 しかし、その返答は早かった。ここはあまり騒ぎを起こさない方がいいと判断したのだろう。


「分かった、俺もこのまま恥をかきたくねえからな。大人しく引くよ」


 ここは大人しくしたふりを見せた方がいい。そう思った新海は大人しく相手に従ったふりをして見せた。


「そうか、ならいいや。頼むからもうこんな面倒な事を起こさないでくれ。俺もあまり目立ちたくはねぇんだ」


 少し人を信用しすぎだと新海は思ったが。

 京也はそう言い、そのまま自分の元いた場所に戻り始めた。誘っているのだろうか。しかし、そんな素ぶりは全く見えない。彼は戻っていく何の警戒もせずにゆっくりと、


 チャンスだ、やるなら今しか無い。あいつが完全に油断している今しか、


「くらいやがれ! "双脚ふ……っ」


 ーバタンー


 タビアを発動しようとした新海は地面に倒れ、眠った。まるで自分の意図せずして眠気に襲われるかの様に。

 何が起こったのか誰も理解出来ていない。最初は京也の仕業かと思う者もいたが、それは違う。

 さっきの光景を見ると、京也のタビアは氷を操る系だ。それだと新海を眠らせる事は出来ない。原因は他にある。


「そこまでだ! 新海 淳也、お前の今の行為は校則に大きく反する行為だ。それを教師の前で堂々と、それに二回も! 薺 凛がいいと言ったとはいえ私は許さんぞ、停学程度で済まされると思うなよ!」


 若宮はかろうじて意識を保っている新海に告げる。その表情は一瞬見ただけでも凍りつくほど恐く、新海以外の人間も早くその場から出たいという程だった。


 若宮のタビアが何かわからないが、おそらく相手を眠らせる物だろう。もう少し早くても良かった様な気がするが、結果オーライ。


 これ以上目立つ様な事も無かったし、あれぐらいのギャラリーなら噂もそこまで広まりはしないだろう。そう思いながら、京也は会場に入ってきた風紀委員に取り押さえられている新海を他所に満足そうに帰っていく。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「これが支援金となります」


 若い男はそう言い、銀色のキャッスケースを四十ぐらいの屈強そうな男に手渡す。


「ああ、確かに受け取った」


 それを受け取り、中身を確認した屈強そうな男は少し満足気に返事をした。

 この空間はタビアで作られた物。あたり一面は真っ暗で、視界に入るのは屈強そうな男、若い男と、屈強そうな男の後ろに控えている二人の護衛達だけだ。


 世界のどこを探してもこの様な空間は見当たらないだろう。


 相当忍耐強いのか、護衛達は一時間も続いている取り引きの間、微動打にしていなかった。しかし、一見静かに取り引きを聞いてるような彼らもその心中は決して穏やかでは無い。若い男の行動一つ一つに最新の注意を払っているかの様だ。まるで何があっても直ぐに対処できる様に。


 それもそのはず、何せこの若い男は本来敵であるはずなのだから。


「はぁ、もう一時間も経っているのにまだ私の事を信用してくださいませんか」


「まあまあ、許してやってくれ。うちの者は皆用心深いんだよ。それに……俺もまだあんたの事を完全に信用した訳では無いからな」


 わざとらしくがっかりして見せた若い男に、屈強そうな男が少し脅す様に答える。若い男は当然、脅されているという事に気づいていたが、全く臆する事がなかった。


「おっと、それは怖い」


 いや、むしろ少し楽しんでいる様にも見える。


「では、そろそろこの変な空間から退場させて貰うぞ。ここに居たら頭がおかしくなりそうだ」


「はい、どうぞ。……では最後にあなた方が何をしようとしているのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 この場から去ろうとしている屈強そうな男に、若い男が最後に問う。


「ふんっ、お前らなら分かってるんじゃないか」


「いえいえ、そんな」


 屈強そうな男の質問にに若い男が適当にはぐらかす。だが、屈強そうな男は若い男が何と言おうと、元から別に気にして居なかったらしい。


「それに、元より教えるつもりはない。今回は協力して貰ったが、我々は本来なら敵対しているはずなのだ。それに、前々から怪しい奴らだと睨んではいたが、今回で確信に変わった。お前ら、一体何を企んでいる? 本来は我々を止めるべき組織だ、なのに何故協力する?」


「さあ、何故でしょう?」


「はぁ、まあいい。それでは行かせて貰うぞ」


 そう言うと、屈強そうな男は護衛を連れて、この奇妙な空間から去って行った。

 その姿を見ながら若い男は笑う。さっきまでの表面的な笑顔ではなく、心の底からの笑いだ。


「せいぜい頑張って下さい。百鬼夜行軍ひゃっきやこうぐんリーダー、鵜島うじま 誠吾せいごさん……」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 部活の抗争の所為で変に目立ってしまった京也はことが終わると、すぐに体育館を出た。もちろん楽斗も一緒に。


「いやぁ、面白かった♪ まさかお前があんな行動に出るとはなぁ、あの超面倒くさがりなお前がねぇ。感激だぜ!」


「うっせえな! 茶化すなよ! 俺もまさかあんな行動に出るとは思わなかったんだよ!」


 想定外の明るい京也の反応に楽斗は目を丸くする。いつもの京也はこういう目立つ様な事をした後、必ずと言っていいほどテンションが下がるからだ。しかし、(いやっ、そうだな。こいつはそんな奴だ)と思い直し、京也に話しかける時にはいつもの様な表情に戻っていた。


「それにしてもお前、これからすごいぞ〜」


「ああ、こういう時に記憶を消すタビアが羨ましくなるよ」


「へっ、まあ、たとえお前が記憶を消したとしても俺が広めるから意味ねぇけどな♪」


「お前……それ何が楽しいんだ?」


「あの〜すいません、先程は助けて頂いて、」


「いやいや、京也君の困っている顔が、に決まってるじゃないですか」


「あの〜すいません」


「はぁ、もういい。お前と話してると何かすげえ疲れる」


「あのっ!」


「なんだ!?」


「わっ!」


 急に後ろから叫ばれた京也と楽斗はとてつもない大声を上げてしまう。そして、それに反応するかの様に、声を掛けてきた少女とその後ろにいる二人が大声を出す。

 傍目から見たらその場にいる全員が声を上げているという異様な光景だ。

 そして、声を掛けてきた人物に気づき、京也と楽斗は驚いた表情を見せた。


 薺 凛だ。


「さっきから呼んでいたんですけど」


「え? あぁ、悪りぃ悪りぃ。で、なんだ?」


「薺 凛です。先程は助けて頂き、ありがとうございました」


「ん? ああ、別にいいよあのままだとちょっと面倒くさかったし」


 お礼をしてくる薺に京也は思ったまま答える。こういったお嬢様はみんなわがままなのかと思っていたが、今のこの状況からも先程の極技部を助けた行動からも彼女がそんな性格から程遠いものだと分かった。


「何なのその態度は」


「え?」


 薺の礼に対する返事をしていると美桜がまるで怒りを押さえ込んだ様な声を出した。

 突然で戸惑ってしまい、返事もまともに出来ない。


「その態度は何なんだと聞いてるんだ!」


「美桜ちゃん?」


「やばい! あんたら逃げて! 早く!」


 薺も少し戸惑っている様だ。唯一、同じ付き人である和葉だけがこの状況を理解出来ていて、京也と楽斗にすぐに逃げる様告げた。相当焦っているのが分かる。


「せっかく凛様がお礼を仰っているのに、そんな態度許せるはずがない!」


「えっ!?」


「"豪炎ごうえん"!」


 その瞬間、美桜から放たれた炎が京也と楽斗に襲いかかる。

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