第6話模擬戦
「"
楽斗曰く、薺のタビアは"
だが、これは言葉で説明出来るほど簡単な物では無い。
まず、ソーサラーはタビアを発動する時、必ずその現象を頭の中で想像しなければならない。この時想像するのは、具体的に何に、どのような力を与えるかという事だ。
薺の場合、無数に飛んでいる埃の中からピンポイントで一つを選び、さらにそれを燃やすイメージまでしないといけない。つまり、一瞬で二つの現象を想像しなければ、タビアを発動する時にタイムラグが発生するという事だ。
これは想像出来る以上に難しい。それを容易くこなす所、流石は四大名家の跡取りと言うべきか。
「甘いなぁ。"
しかし、そんな薺のタビアも新海には通用していなかった。薺がどれだけ炎を作り出そうと、新海がそれを次々と避けてしまうからだ。
新海のタビアは"
単純という事はあまり手間を取らず、すぐに発動できるという事。つまり、先手を取れるし、たとえ取ることが出来なくても簡単に立て直せるという事だ。特に、自分を速くするという使い方をしている新海には、この発動までのスピードはもってこいであった。
次々と炎を作り出す薺であったが、その全てが新海に避けられている。だが、決して新海が一方的に押しているというわけではない。新海の方も一歩先へ踏み出せずにいる。炎を空中に作り出せる薺がどこに出すのか見当が付かなかったからだ。
もう模擬戦が始まってから三分、ずっとこの状態が続いている。
「"
硬直状態に痺れを切らしたのか、薺は技を変えた。しかし、
「はっ、さっきと何が変わったって言うんだ。相変わらずの青い炎の弾じゃねぇか。"
新海の言う通り、薺が作り出した炎はさっきまでの攻撃と同じ様な物だった。別に威力が上がった訳でも無さそうだし、速さが上がったという訳でも無い。これが新海に当たる訳がない。
「なっ!?」
しかし、そう思っていた新海とは裏腹に完璧に避けていたはずの炎が当たった。
弾は確実に避けている。それは確認出来ている。では何に当たったのか、それが新海には見当もつかなかったが、着弾点を見ればその正体が明らかとなった。
着弾点に炎の跡が無く、そのかわりに周りに焦げた様な跡があった。
「なるほど、そういう事か。少しまずいな」
さっきまで余裕そうだった新海の顔から笑顔が消えた。この技の恐ろしさに気付いたのだろう。
この"
この技の恐ろしい所はそこでは無い。むしろ問題なのは普通の弾との見分けがつかないという事だ。例え二つの技の特徴が分かっていても。それは全く別の対処法対応をしなければならず、全く同じ外見の技を見分けられなければならない。
薺が叫ぶ技名で判断するという手もあるが、それはおそらく無理だ。
そもそも技名を叫ぶのは自分がより簡単に現象を想像出来るようにする為であり、必ず叫ばなければいけないというわけでは無い。そして、彼女は判別できなくなる様にする為、技名を叫ぶ事はまず無いだろう。
つまり、現段階で新海に使える手立ては無いという事だ。
「しかたがねぇか」
新海は短い思考の末、ある結論に至った。
「"
そう叫ぶと同時に薺の元へと急接近する。
短期決戦だ。
短期決戦であれば薺もどちらを使うかの判断もまともに出来なくなるし、何より、どう対処するべきなのか迷わずに済む。彼のタビアは単純さが売り、悩んでしまってはその良さを活かしきれなくなると踏んだのだろう。
模擬戦ルームは縦二十メートルしか無い部屋。普段の三倍の速さの新海は一瞬で腹元まで潜りこむことに成功した。そして、そのスピードに乗って、筋力を増幅した腕で薺へと溝打ちを食らわせる。
それを食らって薺が持ち堪えられる可能性はかなり低い。
普通ならかなり批判される行為だが、これは模擬戦、薺が戦闘不能にさえなれば彼女は自然に回復する為、彼女の苦痛は一瞬で終わるだろう。
「"
しかし、誰もが薺が負けたと思った瞬間、薺の周りが炎で包まれる。凄まじい威力の青い炎だ。それを喰らうまいと新海は後ろへ下がった。
そのまま攻撃していれば、たとえ食らわせていたとしても自分も致命傷を負い、引き分けになってしまう可能性があったからだ。
新海の目的は薺を負かす事、引き分けに終わってしまったらその目的を果たせなくなると判断したのだ。
だが、その考えが命取りとなった。
「"
態勢を立て直そうとする新海に薺は更に畳み掛ける。
彼女が出したのは青い炎の風、熱風だ。それにただの熱風というわけでは無い。通常、熱風というのは熱く熱された風の事を言う。
たが、これは炎そのものを風にしている為、その熱はとんでもないことになっている。少しでもその風に当たってしまえばすぐに気を失ってしまうほどだ。
新海のタビアは避けるのに長けており、これくらいなら避ける事は容易い事だった。しかし、態勢を立て直している彼にそんな余裕は無い。その技を真っ向から受けるしか無かった。
「くそっ! ふざけんなー!」
その言葉を最後に新海は地面へと倒れ込んだ。薺は新海が完全に気を失った事を確認してから、"
心なしか薺の顔に少し疲れが見える。煉獄風はかなり強力だが、それと同時に体力の消費も半端ないのだろうか。
その瞬間、プログラムされた男性の声が流れ始めた。
『新海 淳也、意識不明を確認。よって勝者、ランク二十一、薺 凛。これにより新海 淳也のランクを三十四へダウン。薺 凛、ランクを十七へアップ』
「おおおおー!!」
薺勝利のアナウンスがされた途端辺りがまるで祭りの様に騒ぎ始めた。一年生が三年生に勝ったという事だけでは無い、薺があの極悪非道とも言うべき新海に勝った事に皆、興奮しているのだ。
「流石は四大名家だぜ!」
「ほんとだよ! 生で見るの初めてだけどかなり興奮したぜ!」
「すげぇ!! 流石は"
それにしても騒ぎ過ぎではないかと京也は思う。まるで、世界が救われたかの様な盛り上がり様だ。
当事者である薺も少し恥ずかしそうになっている。
しかし、そんな彼女を他所に周りは勝手に盛り上がっで行く。四谷も先程までが嘘の様に晴れやかな笑顔をしているし、和葉と美桜は薺へと凄い勢いで迫って行った。
「すごいよ凛!」
「皆さん騒ぎすぎですよ、そんな大した事ありませんって」
「いいえ、流石は凛様です」
しかし、興奮している為、全員が新海の事を気にかけるのを忘れていた。模擬戦ルームの機能も忘れて、
「ふざけるなよ、テメェだけは許さねぇ! "
完全に忘れ去られていた新海はキズが治るのと同時にタビアを発動させた。彼としては負けた事よりも、その後に忘れ去られていた事が許せなかったのだろう。その顔にはさっきまでからは想像できない程の怒りがこもっていた。
「っ、薺! 危ない!」
急接近する新海に和葉の声で気付いた薺だったが、一歩遅かった。四谷や、他の生徒も完全に虚を突かれてすぐには動けない。
唯一気付いた和葉も、間に合いそうに無い。全員さっきまでのお祭り騒ぎから一転、血相を変えて新海の方を見ていた。
無防備で今の新海の攻撃をくらったら薺はタダじゃ済まないだろう。
これから起こる悲惨な事態を覚悟した者も少なくないだろう。
「"
いや、一人だけいた。こんな状況でも間に合っていた者が。
そして、その少年は青い髪を掻きながらこう呟いた、
「あぁ、面倒くせぇ」と……
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