第3話入学式 後編
鳴細学園
そこは世界にも三十二、この国にも三つしかない、ソーサラー専門の養成学校。
その三十二校の中でもこの学園は名門で、有名なソーサラーを多数輩出している。
卒業生は皆、様々な進路へと行っている。
政治家、評論家、研究者、または次世代を育てる為の講師。しかし、そんな中でも一番多い進路先が……軍隊
第三次世界大戦が終わっても、なお続いてる戦争に、卒業生達は望んで行っているのだ。
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京也の意識が朦朧とし始めてからもう一分程が過ぎた。一分と聞くと、それ程長くないと感じるものもいるかもしれないが、それは違う。意識が朦朧としていたり、何らかの危機に陥っている時、自分の感じている時間の流れは急激に遅くなるのだ。
実際に京也は、もうすでに十分程が過ぎたような気がした。
だが、今の京也には時間の事などどうでもよかった。今彼の頭を支配しているのは、これ程の幻術をかけられている使い手についてだ。いや、使い手については見当がついている。おそらく林道だろうと京也は思っていた。彼が驚いているのはその実力に対してだ。
意識が朦朧とした瞬間、一瞬京也は自分の体調が優れないだけかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
周りを見てみると、楽斗を始め、新入生全員が同じ様な状態なのが分かる。これは偶然では片付けられないレベルだ。
しかし、幻術だとしてもこの状況はありえない。そもそも、幻術は様々あるタビアの中でも扱うにはかなり難しいとされている。
タビアとは生まれたその瞬間から持っている才能の様な物で、その能力や威力は人それぞれだ。そして、それがどの様な種類かにもよって扱いやすさが格段と違ってくるのだ。
幻術はそんなタビアの中でもかなり難しい部類に入っている。
たとえ幻術の類をタビアとして持っていても、それをまともに扱えるものなどごく少数なのだ。
ましてや、この人数にかける事が出来る者がいる事など聞いた事がない。
(しかも、こんなに長く。……いや、ていうか長すぎだろ)
先程言った通りこういう時、時間の流れという物は遅く感じるのだ。ただでさえ、名門である『鳴細学園』の入学式で緊張している、という生徒もいるのに。彼らにとって、一分も意識が朦朧とするのはとてつもなく長い。
ほとんどの生徒は疲れ果てて、息を切らしている。
「あっ、ごめんごめん。そろそろ解除しなきゃね」
そろそろ終わってくれ、という生徒の空気を察知したのか林道は急いで幻術を解いた。
「まっ、これで僕が学園長だって信じてくれたよね。じゃあ皆、静かに聞いてね」
幻術を解き、何事も無かった様に林道は話を始めた。そんな林道にムッとした人も少なからずいるだろう。
「あまり、こういうのには慣れてないから、少し短くなるけど、皆にはこの学園の一番を目指して欲しいんだ。どうやってなるか詳しいことは後で担任の先生に聞くと思うけど・・
僕からは一つだけ言わせて欲しい。皆の中にはもしかしたら、この学園に入れただけで満足している人がいるかもしれない。けど、それじゃあダメだ。
上に来たからにはさらに上を目指す。僕はこの心構えが大事だと考えてる。
皆にはこの考えを持って、これからの学園生活を送って欲しいと思う。これで、学園長からの言葉を終えます」
ーパチパチパチパチパチー
林道が話を終えるのと同時に生徒から拍手が起きた。
「そういえば気になってたんだけど、林道さんって二つ名をつけられる程凄いんだろ?」
「まあ、そうだな……」
「じゃあ何でそんな知られてねえんだよ。周りの反応を見る限り知ってる奴なんていなさそうだったぞ」
京也の言う事は一理ある。確かに、楽斗の話が本当なら林道は世界に知れ渡る程の功績を残したという事になる。それなのに、ソーサラー志望であるはずの入学生は誰一人として彼を知らない様子だった。
これくらいなら二つ名という物がある事を知らなかった京也でも、普通ではないという事が分かる。
「そうなんだよ、そこがまだ分かってねえんだ。学園長になった事と何か関係があると思うんだけど……お前は何か知ってるか、相棒?」
「いや、俺が聞いてんだよ」
何故か聞き返してくる楽斗に京也は相変わらず面倒くさい奴だと思った。
「ていうかお前その呼び方やめろよ。何だ? お前の中で流行ってんのか?」
「まあまあ、いいじゃんかよ相棒♪」
「……ったく」
(相変わらず面倒くせえ)
そんな事を思っている京也を他所に入学式は次の演目に進んだ。
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「続いては新入生代表による挨拶です」
その後も入学式は続き、ついに最後である新入生代表挨拶へと進んだ。最初から入学式をただの面倒くさい行事と思っていた京也には嬉しい事だった。
通常、新入生代表挨拶は割と序盤にやるものだが、ここ鳴細学園では新入生の意気込みを聞ける場として、かなり重要視されているため最後に行われる。
「新入生代表、
「はい!」
『おぉーーーーー』
「な、なんだ?」
急に鳴り始めた歓声に京也は驚きを隠せなかった。
あの薺 凛という人は、名前が呼ばれるだけで歓声が起こる程有名なのだろうか。京也はそこら辺が疎いため、全く見当もつかなかった。
「来たぜ、この式の注目の的が」
そう言う楽斗の視線の先を見ていると、そこには少女が立っていた。
長髪は綺麗に揃えられており、顔も整っていて、絶世とまではいかないがかなり綺麗な少女だ。
その少女は階段からステージに向かって歩いて行き、ゆっくりと中央に立った。
「暖かな春の訪れと共に私たちは『鳴細学園』の入学式を迎えることとなりました。本日はこのような立派な入学式を行なっていただき大変感謝しています」
そして、時候の挨拶と共に薺 凛と呼ばれたその少女は新入生代表挨拶を始めた。
「なぁ、楽斗」
「どうした?」
「あれ誰だ?」
そう聞くと、楽斗からの返事は無く、逆に沈黙が二人の間を満たした。
「はぁ……お前相変わらずだな」
「何がだよ」
「いいよ説明してやる」
「何かしゃくだが、頼むよ」
本気で呆れている楽斗に少し怒りを覚えた京也だったが、このままでは話が進まないと思い、流す事にした。
「お前、流石に四大名家は知ってるよな」
「は? そんぐらい知ってるよ。春の
「そうだ、何でそれ知ってんのに最初から気づかねえんだよ。その内の春の名門である薺家の跡取り娘があの薺 凛ってわけだ」
「なるほどな、だから出てくるだけで歓声が出て来るわけか」
「まぁ、それもあるけど何よりもその実力が有名だよな。お前"
「いや、ねぇ」
「はあ、薺 凛の二つ名だよ。あの歳で二つ名を持ってる奴なんていねぇぞ」
「え、二つ名? いや、それっておかしくねえか? 二つ名って何か功績残さなきゃ付けられねえんだろ? まさか、あの歳でそんぐらいの事をやったって事か?」
楽斗の話通りなら、世界に認められるような事をしないと、二つ名は付けられないはず。それなのに持っているという事はそれだけの事をあの歳で成し遂げたという事のだろうか。
「あ、悪りぃ悪りぃ、俺の言い方が悪かったわ。薺 凛が持ってるのは"仮"の二つ名だ。色んな人にそう呼ばれてるっていうだけで、別に世界に知られてるわけじゃない、あくまでもここ、日本だけでの話だ。まあ、それでも凄い事には変わりないわけだが」
「へぇ、まぁあまり興味は無いけどな」
「はぁ……お前ほんとそういう所変わらねぇよな」
「変わらなくって悪かったな!」
ーパチパチパチパチパチパチパチー
「え?」
どうやら、いつのまにか代表挨拶が終わっていたらしい。
薺 凛が終えると同時に盛大な拍手が送られていた。心なしか、その長さも大きさも林道の時よりも大きく感じられる。
「はあ、お前のせいで唯一の楽しみを聞き逃したじゃねえか」
本気かどうかよく分からない口調で楽斗が京也を責めた。口調はいかにも残念そうだが、口が少しニヤついているのが分かる。どうやら京也をからかっているらしい。
「なんだお前、そんな楽しみだったのか? 悪りぃな」
「それをお前なんかに潰されるなんて……」
「いや、だから悪いって」
「はあ、お前なんかのせいで……」
(何だこいつ、しつけぇ)
そう思いながら、京也は閉会の言葉に移ろうとしている入学式へと意識を向けた。
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