百鬼夜行

第2話 入学式前編

 タビア

 それは自然の理を操る力。その力が発見されてから人類はタビアの研究に没頭する様になった。


 ある者は財産全てを投げ打ってまで、ある者は今までの人間関係を壊してまで、そしてある者は世界を敵に回してまで……


 そうした者の頑張りがあってか、タビアに新たな展開が生まれた。


 タビアを操る者、ソーサラーが誕生したのだ。


 ソーサラーは世界人口の約一割のみで、すぐに絶滅するかと心配された。しかし、そんな心配はすぐに無くなる。


 彼らはその自然を操る力を駆使し、自分達の生命力などを底上げしたのだ。


 世界を救う事になると考えられていた力だったが、だんだんに戦争に使われる事になり、終いには第三次世界大戦を引き起こす引き金となった。


 戦争は次第に終結したが、その傷跡は確実に世界に残る事になった……


「ここで分かった事はこれまでか」


 少年は自分の読んでいた本を閉じ、少し暗めの図書館から一人、寂しげに出て行った……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ピーピピピーピピピーピピピーー

 目覚まし時計のアラームが部屋中に鳴り響く。


 その部屋は壁が白で、物も少ない。よく言えば清潔感のあってシンプルないい部屋だが、実際はただ単に殺風景な部屋だというのが第一印象だ。


 そんな部屋の片隅に敷いてある布団で、氷室 京也ひむろきょうやは起き上がるさまが想像もつかないくらいぐっすりと寝ていた。


「うるせぇな」


 アラームの音に起こされて、京也は欠伸をしながら気怠げに起き上がる。まだ眠たいのか、その瞳は半目で、開いてるのかどうか近くに行かないと分からない。


「もう少し寝かせろよ」


 そう言い京也はアラームを止め、幸せそうに布団に戻り、二度寝を始める……


「だめだ!」


 幸い今は一人暮らし、二度寝を始めるかと思えた京也だったが、勢いよく飛び上がり、眠気を覚ますかのように大声を上げた。アパートのため、大声は本来控えるべきだが、彼にそんな事を気にする余裕は無かった。


「危っねぇ、ついいつもの癖で寝ちまう所だった。流石に今日は遅刻しちゃいけねぇのに」


 今日は彼が通うことになる高校の入学式だ。流石の彼でも遅刻をするのはまずいと分かっているのだろう。


「ていうか今何時だ?」


 ふと時計を見てみると針は短針が七と八の間、長針が六、そう七時半を示していた。


「やばっ! 時間の設定ミスった!」


 入学式は八時からだ、アラームは六時半に時計を設定したつもりだったらしいのだが、こういう日に限ってミスを犯してしまう。


 朝食としてダイニングに置いてあった食パンを食べ、初めて着る制服に着替え、歯を磨いて家を出る頃には七時四十分になっていた。家から学校までは走っても二十五分だ、間に合う気が全くしない。少し絶望しながら、京也はドアから出て急いで階段へと向かった。




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 京也が学校に着いた頃、時間は七時五十五分になっていた、文字通りギリギリだ。息は切れており、正直立っているのもきつい。京也はすぐにでも休みたい気分だった。


 (まぁとにかく間に合ったんだから問題は無ぇよな)


 そう事態を楽観視していた京也だったが、そんな自分をすぐに自分を責めたくなる気持ちになった。


 会場にいたほとんどの人の視線が京也へと向けられたのだ。しかも、新入生と在校生、合わせて七百あまりの人間のが、だ。


 確かに、遅れたためそれなりに注目するという事は予想していたが、まさかれこれ程とは思ってもみなかったのだ。

 ただ、だからと言って、そわそわするのは余計に目立つ。これ以上目立つのはごめんだったため、京也は何事もなかった様な顔で自分の席へと向かい、何事もなかったように一番近くのパイプ椅子に座った。


「よっ! 久しぶりだな相棒! 今日は何とか遅刻しなかった見てぇだな♪」


 そんな京也の右側から聞き慣れた声が聞こえてきた。今の京也の状態を完全に無視するような軽快な口調だ。その口調に京也は多少イラッとしながら声のした右側を向く。そして、その声を発していたのは案の定京也の想像した通りの人物だった。


 佐伯楽斗さえきがくとだ、


 楽斗は小学校からの縁でかなりノリの軽いやつという印象が強い。


 茶髪の髪のせいで少し、チャラい印象を受ける少年で、実際にチャラい部分も口調から分かる通りかなりある。


「久しぶりって、四日前にあったばかりだろ」


「何言ってんだよ! 俺たちが四日も会わないなんてとんでもない事だぞ!」


「いいから大声出すな!」


 楽斗の大声に周りの人が気づき、だんだんと視線が集まり始めていた。開始時刻ギリギリに来ているからただでさえ白い目で見られているのに、これ以上何かやったら学園生活が大変な物になってしまうかもしれない。

 そう思った京也はすぐさま楽斗を止めた。


「悪りぃ、悪りぃ。つい大声上げちまった」


「お前絶対わざとだろ」


「そんな事よりもう式始まるぞ♪」


「話をそらすな! あと、気持ち悪りぃから音符マークを付けないでくれ、頼むから」


 話がひと段落した頃、司会によるアナウンスが聞こえた。


「それでは今から第三十一回鳴細めいさい学園入学式を始めます」



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 入学式は滞りなく行われた。これといった問題は無く、式はでの学園長からの言葉へと進んだ。


「それでは次に、学園長先生からのお言葉です。林道りんどう学園長、お願いします」


 司会がそう言うと、二十代後半ぐらいの男性がゆっくりとステージに上がり、台の後ろに立った。髪は綺麗に整えてあり、その顔からも清潔感が感じ取れる男性だ。


「皆さんはじめまして、私がこの学園の学園長、林道 吉見りんどうよしみです」


「えっ、あれが校長?」


「おいおい、若すぎだろ」


「お前らばっかだな〜。何かのドッキリに決まってんだろ。全くこんな事にも気づけないなんて」


 男性がそう言うと、辺りがざわめき始めた。混乱しているのだろう、訳の分からない事を言い始めている新入生までいる。


 だが、混乱するのも無理はない。


 普通、学園長というのは若くても四十代後半が一般的、二十代後半はいくらなんでも若すぎる。

 それに、ここは普通の学校とは違う。それなりの重鎮でなければ学園長など務まらないはずなのだ。


 確かに林道の実力は並大抵の物では無い、それは前々から知っている。しかし、そう思うと余計分からなくなることがある。これは、四日前会いに行った時も思ったことなのだが。

 なぜ、彼ほどの実力者が学園長などをしているのだろうか。国としても彼程の実力者を学園長などという立場に置いておけるはずがないのに。


 少し癪に触るが、京也は楽斗に聞いてみるとこにした。

 四日前も京也は聞こうとは思ったが、その時は楽斗に頼るのはのは気が引けたため、どうしても言い出せなかったのだ。


「なあ楽斗、お前、なんで林道さんが学園長やってんのか知ってるか?」


「おっと、まさか相棒が俺を頼ってくるなんてねぇ。あ、でもどうしようかなぁこのまま教えるのもちょっとなぁ」


「いいから勿体ぶんないで教えろよ」


「ええ、でもなぁ」


「いいから教えろ!」


「そんな怒鳴んなって」


「別に怒鳴ってる訳じゃねえよ」


「まあ、いいぜ。教えてやるよ。林道さん、去年まではバリバリの現役だったらしいぜ」


 何故か勿体ぶってた楽斗がようやく説明を始めた。京也は今のやりとりで疲れて聞く気が失せたが、ここまで来たら聞くしか無いと思った。


「去年まではってことは今年からなのか?」


「まっ、そうだな♪ お前"奇術師きじゅつし"って聞いたことあるか?」


「いや、ねえけど。ていうかなんだよその厨二くさいの」


「厨二くさいって言うな厨二くさいって。"奇術師"ってのは林道さんの二つ名だよ。いいか、二つ名ってのは世界中からそう呼ばれるって事で、何か物凄い功績を残さない限り早々付くもんじゃねえんだ。

 つまり、だ。林道さんは今、世界でもかなり名の通った実力者って事だよ」


 (なるほど、林道さん世界から奇術師って呼ばれてたのか。すげえな……)


「いや、そこじゃねぇよ! 俺が知りてぇのは何で学園長になったかだ、林道さんの世界からの評価じゃねえ!」


 周りに聞こえるかどうか、ギリギリの音量で京也は楽斗に怒鳴った。


「いいから落ち着けって、今かなり目立ってるから」


 楽斗にそう言われ、会場を見渡してみると、周りにいた他の入学生が京也達を見ていた。どうやら、アウトだったらしい。


「何で学園長になったのかを教えろ!」


 周りの反応に気づき、京也は少し大きさを抑えながら話を再開した。


「それが俺も分かんねえんだよ。あん時からずっと俺のタビアを林道さんに意識させてるのに全くボロを出さないんだ。多分俺のタビアを知ってるから、意識してるんだろうけど。

 くそっ! まさかこの俺がそんな情報も掴めないなんて!」


 楽斗のタビアは"音響おんきょう"簡単に言えば音にまつわる能力だ。このタビアにより楽斗は様々な音を発したり、集める事が出来る。

 林道がボロを出さないかと言ったのも、このタビアでそれを聞き取るためだった。


「いや、もういいわ。何かもう諦めがついた、そこら辺は少しずつ分かってくるだろ」


「え、お前にしては諦めがいいな、お前にしては」


「二回も言うな、二回も。お前が知らねえんだったら理由を探すのに相当頑張んなきゃいけないって事だろ? 別にそこまで気になってねえから。

 ていうか俺ってそんなに諦め悪いか?」


 早い話、面倒くさいからもういい、と言った京也に楽斗は溜息を吐いた。


「はあ、そこら辺は相変わらずだな。まあいいや、お前が満足したんだったら。

 あとお前昔から割とどうでもいい事で諦め悪いぞ」


 昔から楽斗はなぜか普通では知り得ない情報を持ってることがある。別に特別な知り合いがいる訳でもないのに、どうやってここまでの情報を集めているのか、未だに謎だ。


「皆さんお静かに! 学園長先生のお言葉です!」


 林道をよそにざわめいていた新入生に痺れをきたしたのか、司会が大声で注意した。


 (あっ……)


 そういえばまだ学園長からの言葉がまだだったな。


「はあ、やっぱり信じてもらえないよね。じゃあしょうがない、少し荒技になるけどとりあえず実力だけでも誇示しておこうかな」


 司会からの注意があっても、まだ少しざわめいていた新入生に向けて、林道がそう言葉を放ったその瞬間、




 京也の意識が朦朧とし始めた。

 

 

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