第三章:子供たちの魔法少女
ふと、灰白色の煉瓦造りの建物から風が吹き抜けてくる。
見やると、旗袍姿の小さな女の子たちがやはり旗袍を纏った母親や長袍の父親に手を引かれてゾロゾロ出てくるところだった。
中で映画が終わったのかな?
そう思った瞬間、お団子頭に真っ青な旗袍を着た、理可と同じくらいの女の子がこちらを指差した。
「あ、ギンセツコウシュ!」
次いでタイゲンくんと手を繋いだ理可にも指先を向ける。
「あの子もだ」
「
女の子の手を引いていた辮髪のお父さんが窘める。
しかし、電影院から出てきた女の子たちは珍しげにタイゲンくんと理可を取り囲んだ。
タイゲンくんは自分より大きな女の子たちが一斉に寄って来たのが怖いのか、泣きそうな顔つきで理可の背後に隠れる。
「ちょっと」
「よそのお友達に止めなさい」
中国服の親たちが不安げに声を掛け、私とお婆さんもベンチから立ち上がる。
「何でギンセツコウシュの格好してるの?」
一様なお団子頭に藍や水色など青系の多い旗袍姿の女児たちは理可の青と白のストライプワンピースを指差す。
「ギンセツコウシュってなに?」
「知らないの?」
お団子頭の女の子たちはいよいよ目を丸くする。
「これだよ、氷のビームを出す魔女のお姫様」
一人が手にしたパンフレットを開いて示す。
そこには真っ白な髪に水色の瞳、銀白のレースケープに薄い水色のワンピースドレスを纏った女優の写真と"銀雪公主"という文字列が刷られていた。
「こっちが火のビームを出すお姉さんのキンエンコウシュ」
開いたもう片方のページには"銀雪公主"と目鼻立ちはそっくりだが真っ赤な髪にオレンジの瞳、金のレースケープに朱色のワンピースドレスを纏った女優の写真と"金焰公主"の文字列が刷られている。
恐らく一人二役か、双子の女優が演じてでもいるのだろう。
「二人ともパイランちゃんと戦って倒されて呪いが解けるの」
女の子たちの中では年かさの、小学校低学年くらいの子が説明する。
「でも、これ、悪い時の
最初に指差した真っ青な旗袍の女の子が再び理可のワンピースを指差した。
「止めなさい」
辮髪のお父さんは苛立った風に後ろから娘の腕を戻させると、こちらに苦笑いする。
「すみません」
娘とお揃いのワンピースを着た私に頭を下げる。
「ヨウソウの方はこの辺りではあまりお見掛けしないもので」
一瞬、間を置いて「
「これ、エルサ?」
理可はパンフレットの"銀雪公主"を指差す。
「銀雪公主だよ」
女の子たちは不可解な外国語でも耳にした風に言葉を返す。
「氷のビーム出すお姫様なんでしょ。アナ雪のエルサ!」
我が意を得たように理可は笑った。
「おーい!」
がらんとした電影院の方から声が響く。
「おれ、隠れてたのに、何してんだよ」
丸帽子に円らな瞳のお兄ちゃんの方が長い裾を蹴るようにして駆けてきた。
辮髪が背中で左右にひょいひょい揺れる。
「あ、お兄ちゃん」
理可の背中にしがみついていた弟のタイゲンくんが振り向いた。
それをしおに取り巻いていた旗袍の女児たちは緩やかに親に手を引かれて散り始める。
「タイハクくんだ!」
叫んだのは理可ではなくお団子頭の青旗袍だ。
「テンテンちゃん!」
走ってきたタイハク(これも『太白』とか『泰泊』とか当てるべき字が分からない)くんは円らな目を更に丸くする。
「知ってる子なのかい?」
辮髪のお父さんが問い掛ける。
「同じボタングミのタイハクくん!」
「ヨウジエンでご一緒でしたか」
辮髪のお父さんは翡翠簪のお婆さんに微笑みかける。
恐らく“ヨウジエン”とは“幼児園”とか書く幼稚園的な機関だろう。
「リカは青い鳥幼稚園ひまわり組なの!」
理可は屈託なく同い年くらいのタイハクくんとテンテン(『点点』でも『甜甜』でもなさそうだがしっくり来る字が浮かばない)ちゃんに笑う。
「おれたちはスザクヨウジエンのボタングミ!」
多分、“朱雀幼児園の牡丹組”だ。
「ぼくも来年からヨウジエンにいくんだよ」
一番小さなタイゲンくんは理可を見上げて張り切った声で聞かせた。
理可は大きく頷く。
「じゃ、みんないっしょだね!」
子供たちは全員笑顔だ。
「次の回、三時半より上映の『西遊記』の受付を開始いたします」
電影院の入り口から出てきた、一見すると灰色の、しかし仔細に眺めると白黒のギンガムチェック模様をした旗袍の、髪はかっつり一つに纏めた若い女性が告げた。
あの旗袍は恐らく自前ではなくスタッフ用の制服に思える。
「それでは、また」
翡翠簪のお婆さんは孫たちの手を引くと穏やかだがどこか寂しい笑顔で首を縦に振った。
「失礼します」
辮髪のお父さんもお団子頭の娘と手を繋いで歩き出す。
テンテンちゃんは振り向くと空いた方の手を振った。
「またね、タイハクくん、ギンセツコウシュ」
この子の中では“理可”でなく“銀雪公主”のようだ。
「またあそぼうね、テンテンちゃん、リカちゃん」
灰白色の建物の中に歩み入りながら、辮髪のお兄ちゃんは笑顔で大きく手を振った。
「リカちゃん、またね」
小さな弟は急に心細くなった面持ちでこちらに向けた小さな手を揺らす。
「バイバーイ、また遊ぼうね!」
次の映画を見に続々と現れた人の波に消えていく幼い兄弟二人に理可は腕を大きく振った。
“また”はあるのだろうか。
次はない方がきっと私たちにとってはいいはずだ。
どうにも侘しい気持ちに襲われながら、電影院に新たに来る人の流れに逆らうようにお揃いの麦わら帽子にワンピースを着た娘の手を引いて元の大通りに向かう。
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