俺の異世界生活に意味はあるのだろうか
今際健
第1話
右、左、右、左、左、また左、と上半身と下半身を上手く使いながら目の前にいる敵の攻撃を避けていく。
「グルゥアアアアアア!!」
灰色の肌をした百四十㎝くらいの人型の敵だ。口からは黄ばんだ歯が見えて、よだれを垂らしながらこちらは攻撃してくる。こいつの名前はゴルジュという名前ではっきり言って臭い。臭いがぷんぷんする。腐敗臭みたいな臭いだ。
それでもまだまだ駆け出しの俺らはこういう臭いを我慢して、おぼつかない連携をしながら倒していくしかない。
"俺ら"だからもちろん他に人がいる。
「グギャアアアアア!!」
ゴルジュに隙が見えた。そこを上手く狙って肩を斜めに切る。
肉を切り裂く感覚は未だになれない。
包丁で調理するみたいに簡単には切れなくて、骨が引っかかったり、筋肉が硬かったりとなかなか苦労する。切る感じはサクッじゃなくて、こう……ブニュみたいな感じ。なんていうのかな……水の入ったペットボトルを切った感覚に似てるかも。
凄腕の人になるとズバッと簡単に切り裂けてしまうんだとか。つまり俺は未熟者ってこと。
「ギ…ギャ……グァ……ア」
なんとか一匹倒した。倒したとしても気は抜かない。周りに後三匹いるからだ。うち二匹は前衛の二人に任せているが、もう一匹が後衛と戦闘している。
後衛は当たり前だけど近接戦闘が苦手だ。だからすぐに助太刀しなくちゃいけない。
幸いにもそいつは後衛の二人に夢中になっていてこっちに気づいていない。ジリジリと近寄る俺に二人が気づく。
ハンドサインで『俺が後ろから心臓を突く』と送ったら二人とも理解したようでこちらの動きに合わせて戦ってくれている。
後ろから忍び足で近づく。緊張のしすぎで額と手に汗が付着している。軽く、長剣を握り直す。安物の長剣だけど、突き刺す分には問題ない。そもそもこの長剣は貰い物だし、文句は言えないけど。
息を殺して、ゴルジュの後ろに近寄る。
「プッシュブロウ!!」
と、なんかかっこよさげなーーと言うよりは中二的なことを叫びながら木で出来た杖を突き出す包帯の女の子。
わざわざ言う必要あるのか、しかもそんな大声でとは思うけど、前に聞いたら先輩達がそう言った方が威力が上がる、と言ってたらしい。いや、それ絶対騙されてるよ、と心の中で突っ込んだのは秘密だ。
吹き飛ばされたゴルジュがちょうど俺と重なる位置に落ちてくる。俺はそれに合わせるように右胸に剣を向ける。無駄に力を入れると上手く突き刺さないらしい。だから、ほどほどに力を入れて、落ちてくるのを待つ。
「グィギャアアアアアアア!!」
ズドンッと俺にゴルジュの全体重がのしかかる。だがここで止まっていたら思わぬ攻撃を受けるかもしれないので刺したと思ったら直ぐにゴルジュの体を蹴って長剣から離させる。
モンスターが一番危険な時は死に際の時だ。これは経験からくるものでもあるし、先人達の知識でもある。
案の定、心臓を突かれても数秒だが暴れ始める。ちなみにだけどこいつの心臓は人と逆の位置にある。だから別に誤字とかではない。
「グルゥギャァアアアアアアアアア!!」
狂ったように暴れまわるゴルジュ。しかし、本当に適当に移動しながら武器を振り回しているだけなので、全く違う方向へ行ってしまった。そして、人形が糸を切られたように突然に倒れてしまった。死んだのだ。
「キャプテーン!こっちは終わったすよー!」
俺らがあの一匹を相手にしているうちに前衛の二人はすでに倒していたようだ。
俺の名前は凡宗 渉。
俺は高校三年生の時にこの世界にやってきた。ちょうど進路に悩んでいた頃だった。いつも通り変わらない通路を通って家まで帰って、昼寝したら、この世界に来たんだ。
他のみんなも同じで学生だ。学年は違うけど。同じ学生だから、同時期にやってきたからという理由で俺らはパーティーを組んだ。
俺たちは運が良かったと思う。いきなりこんな世界に来たけど、しっかりとパーティーが組めているのだから。俺らよりもっと幼い子が来たり、その逆もあったり。やってきた瞬間奴隷商人に捕まったり。そう考えるとやっぱり俺らは運が良かったなとしみじみ思う。
俺らは男子三人、女子二人の合計五人のパーティーだ。男子が前衛、女子が後衛だ。
鋭い目つきと、銀髪でザ、ヤンキーといった感じの男が不火川 斬。大剣を背負ったこのパーティーの一番の実力者で攻撃者だ。学年は大学二年だったらしい。
俺はこの人が苦手だ。なんでかって?怖いじゃん。見つめられるだけで泣きそうになるくらいは迫力がある。初めてあった時は腰が引けてたからな。
どこかヘラヘラとしていて、「〜す!」という喋り方が特徴の軽沢 新紀。大学一年生で、俺と話の合う人だ。
新紀はいろんなことを知ってた。この草は食べられる、それは毒キノコ、沼地では〜〜。なんでそんな知ってるのかと聞いてみたが、いろいろあるんすよ、とはぐらかされてしまった。
彼は俺らが狩りをする場所の下見、モンスターの生態、弱点、逃走経路を確保してくれている重要な人物だ。彼には頭が上がらない。けど、俺は心配だ。それは新紀はいつも自分はどうなってもいいという発言をしているからだ。
はっきりと言っているわけではないけど、危険のある役をしようとするし、前にゴルジュに囲まれた時、殿になるって言って飛び出していったのは忘れない。
あと、好奇心旺盛だ。知らないものを見つけたら直ぐに飛びついていくぐらいには。
三人目はゴルジュよりも小さく、口にいつもばってんのついたマスクをつけている白髪の女の子の不知火 無垢だ。無口で、話す時はどこから取り出すのかメモ用紙に書いて、会話をしている。
何か理由があるんだとは思うけど、あまり深くは聞けない。彼女も聞かれるのを嫌がっているようだったし。
彼女は弓がうまくて、いつも助けられている。後ろから全体を見渡して冷静沈着に正確に撃ってくれるからね。
そして最後の身体中に包帯を巻いている魔術師兼回復術師の華刺 百合。
彼女は絶対に人に肌を見せようとしない。無垢に聞いてみたけれど、一緒にお風呂とかには入ったことがないと言っていた。
無垢と同じく何か理由があって、話せないことなのかなって思ってる。例えば火事で顔が焼けたりとかしたり。
彼女には負担がかかっているだろう。なにせ、攻撃と回復を一人でこなしている。負担がかかるのは当たり前だ。でも、メンバーが五人しかいなくて、募集しようにもこんな弱小のところに入ってくれる人なんていないからな。
ふと俺は百合の方を見る。彼女は黒いローブに、紫色の三角の帽子をかぶっている。素肌の部分は白い包帯で隠れていて、不思議ちゃん、という言葉が似合うような女性。
「ん?どうしたの?」
見ていたことに気づかれて少し恥ずかしくなる。頬をパリパリとかきながら「なんでもないよ」とかえす。
そうすると新紀が「なんすかー?終わったばかりっていうのにお二人ともあついっすねーー」と茶化してきた。
今の発言でわかったかもしれないけど、俺と百合は付き合ってる。一ヶ月前に俺から告白した。初めはめっちゃ緊張したけど、スラスラと言葉が出てきてOKもらった時は小躍りするほど嬉しかった。
「べ、別にイチャイチャしてないから!」
そう言って、恥ずかしくなる彼女を見るとこっちまで恥ずかしくなってつい、顔が赤くなる。
新紀はそんな俺らを見てまたヒューヒュー、と茶化してくる。
斬も暖かい目で見てきて、そんな空気に耐えられず話を変えるように言った。
「ほ、ほら!早く戦利品を!」
パンパンと手を叩きながらそう言った。
すでに無垢は半分ほど拾っていて、それに気づいたのか、新紀も茶化すのをやめて、真面目に拾い始めた。
戦利品というのはゴルジュたちが身につけている装飾品だ。物によっては一ゴールドーー日本円で一万円程度ーー以上するものあって、ここら辺は運もあるが俺らは大体一日に一人三千円ぐらい。そこからパーティーの分として千円引かれて二千円程度が懐に入る。
また、武器でも鉄製品のものであれば鍛冶屋で売れるため、それも忘れずに持っていく。
耳についているイヤリング、ネックレス、腕輪等を取っていく。
ゴルジュにも偉い偉くないが分かれていて、偉い奴ほど高価なものを持っている。高価なものといっても所詮はゴルジュ。駆け出しのペーペーが倒すような奴らだ。
RPGで例えるなら始まりの街で出てくるスライムやゴブリンだ。
そんな奴らが高価なものを持っているはずもなく、せいぜい二万程度といったところだ。偉い奴なんて滅多に出会わないし、殆どが下っ端だから一匹大体千円しかもらえない。しかも倒すのにも苦労するし、コンビニのバイトよりはキツイと自信を持って言える。低賃金のブラックなところに勤めてる感じ。
横からくいくい、と服が引っ張られる。
横を見るとそこには無垢がいた。
『こっちは終わった』
無垢の目の前に出されているメモ用紙にそう書かれていた。
周り見渡していると本当に終わっていた。
「じゃあ、帰ろうか」
「おう」
「うん」
『わかった』
「帰り道は俺に任せるっすよー」
新紀を先頭とし、次に斬、百合、無垢、そして俺の順番で街まで帰る。
新紀が安全なルートを通ってはいるけれど、万が一ということもあり得るため、気を抜かないようにしている。行きはよいよい帰りは怖い、と一緒だ。いや、ちょっと違うかな。
「ふぅーここまでくれば安全っすよ」
気の抜けた声を出す新気。
ここはもう街の壁が見えていて、敵わないモンスターが来たとしても街の中まで走り抜けられるほどの距離だ。本当はそんなことしてはいけないんだけど。
俺らが住む街は『ビギャン』という。こちらの世界にやってくるものは基本的にこの『ビギャン』にやってくる。というより、『ビギャン』の街に知らぬ間にやってきていたといったほうがいいかな。あと駆け出しが多いことでも有名だ。当たり前だけど。
初心者が集まる"始まり"の街、だから『ビギャン』。なんとも安直なネーミングだ。
『ビギャン』は高さ十mほどの石で出来た壁で覆われている。ゴツゴツしていて遠くから見ても不恰好だ。
石だけではモンスターに壊されてしまうんだけど、ここは何と言っても始まりの街、周りには弱いーー一般的な冒険者から見たらーーモンスターしかいない。だからこんな石の壁でも破壊できるものはいない。もっと先では整備されている壁があって、魔法で強化、保護されている街もあるらしい。聞いただけだからよくわからないけど。
「よし、通っていいぞ」
街には一人一人統治者がいる。その統治者が税をどうしたり、警備をどうしたり、と変えていく。
地球みたいに戦争は起きない。モンスターが溢れかえっているからだ。もしも攻めようならば、自分の街がモンスターの大群に攻められて、落とされてしまう。だから基本的にはどこの領地も協力しあって生きている。
この世界にいる人はもともと地球に住んでいた人達だけだ。そっちの法律とか、裁判の仕組みとかを真似て、運営している。
俺らは検問所を通り、レンガで出来た大通りを歩く。
着いた場所は"冒険者ギルド"。ここで戦利品を売る。
「いらっしゃいませー」
受付の女性が元気の良い声で言ってくれる。
少し、顔が引きつっているが。
「ねぇねぇ花梨ちゃーん。俺と一緒に飲みにーー」
「死ね」
女性とは思えないほど低い声を出す受付の子。
まただ。新紀は綺麗な女性を見るとすぐにナンパする。成功率は驚異の0%。
百合や無垢も誘っていた。百合はドン引きしていたし、無垢に関しては金の玉を思いっきり蹴っていた。どんだけ嫌われているんだ。
今はパーティーの子達にはそんなことはしないけど、ぶらぶらと散歩しているときは所構わずナンパする。彼氏が一緒にいても。これのせいでどれだけ苦労したことか…。
「はい、鑑定が終わりました。合計で二ゴールド三シルバーです」
日本円にして二万三千円。今回は狩りがうまく行った方だ。
「それじゃあいつものところに行こうか」
外はもう暗い。夕食の時間だ。
いつも夕食はみんなと一緒に同じ場所でとっている。名前は"牛の定食屋"。定食屋といっても酒はあるし、焼き鳥もあるしで、酒場や居酒屋といったほうがあっている気がする。
安くて、ボリュームがあって、美味しい、この三つがあるからここらの冒険者には人気がある。
カランカランと入店を知らせる鐘が鳴ると、店員が小走りで向かってきた。
六人席に案内される。席は男三人、女子二人で別れていて、事あるごとに茶化そうとする新紀が俺と百合を一緒にしようとしてたけど百合にビンタされて大人しくなった。店員が注文を聞いてきて、俺らはご飯を注文した。
新紀が"牛の丸焼き(偽)"とノーズジュース。ピンク色の桃みたいな味の飲み物だ。
斬が"シーザーサラダ"と"アスラ鳥のにんにく焼き"。それと水。
俺はこの店のおすすめ"カップリコの野菜炒め"と"ハニージュース"を頼んだ。カップリコというモンスターを野菜と一緒に炒めたもので、モツみたいな感触をしている。"牛の定食屋"なのに牛がおすすめじゃないってどういうこと。ハニージュースは炭酸の甘い蜂蜜だ。
無垢は新紀と同じ"牛の丸焼き(偽)"と"ポラントジュース"。前に飲んでみたけどクソまずかった。本来は罰ゲーム用らしいけど、それを普段変えない表情を美味しそうに変えて飲む無垢は舌がどうかしてる。新紀も珍しく苦々しい顔をしていた。
この時でもマスクをつけたまま、食べている。マスクを小さく伸ばして、隙間から食べ物を入れて食べるやり方だ。
百合は"リールの蒸し焼き"と"ハニージュース"を頼んでいた。
「よし、じゃあ作戦会議をやろうか」
ある程度食べ終わると俺がそう言った。
この夕食の時間は作戦会議の時間でもある。このパーティーの方針を決めたりする時間だ。
「そろそろゴルジュ以外のモンスターを倒しに行きましょうよキャプテーン」
「それはダメだ。俺らはまだ実力が全然ない。もっと慎重に行動しなくちゃ」
『でも、それだと金銭的に問題が起きると思う』
「うーん、いや、そうだけど、死んだら元も子もないだろ?」
「リーダーの意見に賛成だな俺は。もっと慎重に行くべきだ」
「私もそう思います」
言い忘れていたけど俺がこのパーティーのリーダーです。成り行きでそうなったんだけどね。他の人がいないからっていう理由で。
「じゃあ、効率よく狩る場所を探すっすよ」
「どこかいいところはある?」
「一つだけあるっすけど……ゴルジュが多いんすよねー」
「どうする?」
みんなに聞いてみる。
困ったときはこれを使えばなんとかなるってじっちゃんが言ってた。
「問題ない」
『OK』
「いいですよ」
「それじゃあ明日はそこに行くか」
こんな風に毎日毎日決めている。必ずと言っていいほど新紀は他のモンスターと戦いたい、と言うが。
この時この選択をしなければ、と後悔するのはもう少し後のことだった。
◆
「どうして俺はモテないんすかぁ〜」
あ、こいつ酔ってるな、と一目でわかるくらいには顔が赤かった。
「キャプテンは百合ちゃんがいるのにぃ〜」
「飲みすぎだバカ」
斬がお酒を取り上げる。
「ああ〜俺っちのお酒がぁ〜〜」
斬が取った酒を豪快に一気飲みした。
ふぅ、と言いながら次のお酒を頼む斬。
斬も結構顔が赤いんだけど、大丈夫なのか?
この世界に未成年飲酒禁止法というものはない。いつからでもお酒は飲める。
だから俺もちょびちょび飲んではいるけど、まだあまり好きにはなれなかった。それは百合や無垢も同じだったようで、百合はハニージュースを無垢はポラントジュースを飲んでいる。無垢が三杯目に入った時、新紀が「うげぇ」と小さく言ったら、横っ腹をぶん殴られていた。
何が美味しいのかさっぱりわからない。それでも嬉々として飲んでいる。それをみると俺たちがおかしいのかなと思ってしまうほどだ。
百合と目があう。何回も素顔が見たい、と思ったことはある。けれど、彼女は見せてくれない。いつか見せてくれたらなとは思っているけど。
「なに?」
可愛らしく首をかしげる。
「いや、可愛いなって」
今の台詞はめちゃくちゃ恥ずかしかった。顔が赤くなっていることがわかった。お酒は飲んでない。
向こうも恥ずかしかったらしくて、なんかこう…もじもじしてた。
『私の隣で甘い雰囲気を出さないで』
「あ、ご、ごめん」
「かー、いいっすねーキャプテンは!俺も彼女欲しー!!」
「お前じゃあ無理だろ」
珍しく斬が突っ込んだ。意外なこともあるんだな、と思ったらあれは完全に酔っ払ってる顔だった。
なにが飲みすぎだバカ、だよ。お前が飲みすぎだバカ。
「フフ、楽しいね」
百合がそんなことを言ってきた。
「確かに…楽しいね」
地球にいた頃は俺に生きる意味なんてなかった。ただ死にたくないから生きて、学校行ってた。俺に両親はいなくて、彼女もいなくて、心から友達だ、なんて言える人はいなかった。
でも今は違う。今は百合がいる。彼女がいるから俺はここまで頑張れてこれたし、これからも頑張れる。俺は百合のために生きてると行っても過言ではない。百合が全てで、百合にずっと生きて欲しい。そのためだったら俺が死んでもーーって痛い!
百合に頬を引っ張られた。
「今、自分はどうなってもいい、とか思ったでしょ」
なんでわかったの?
「私はリーダーの、渉君の彼女だよ?それぐらいわかるよ」
そういうものなのかな?
「そんな自分はどうなってもいいとか考えないで。あなたを大切に思ってる人がここには沢山いるの。その人達のためにも生きて」
「………わかった」
そう俺がいうと百合は安心した様子で指を離した。まだちょっとヒリヒリする。そう思ってたらなんかすごい形相の新紀が俺の目の前に顔を近づけてきた。
「なんすか?俺への当てつけっすか?悔しがる姿見たいんすか?そういう作戦だったんすか?ええ!あなた達の作戦は成功しましたとも!!俺の前でイチャイチャするなー!!」
新紀が酔っ払いながら、彼女ができないことを嘆いていた。
「なんでー、なんで俺にはー」
「……ぷぷっ」
そんな姿が可笑しくてつい笑ってしまった。
「あ!今笑ったすよね!!聞こえたっすよ!!くそー!!これが彼女持ちの余裕ってやつっすか!!」
こうやってふざけて笑ったのは高校ではなかったと思う。
そう考えるとこっちに来てよかったなって思える。あっちでは生きる理由もなくダラダラと生きていただけだったから。
今は百合っていう生きる意味があって、親友もいて、毎日が楽しい。
こういう日がいつまでも続けばいいのにって、俺は思った。
でも俺は願っただけだったんだ。
◆
翌日、冒険者の中で死人が出た。
その人は俺もよく知ってる人物で、優しくて、明るくて、女性で、魔術師で、回復術師で、黒いローブを羽織っていて、俺の彼女で。
なんで?なにがダメだった?順調だったはずだ。順調に成長してきて……油断。油断か。誰が?誰が油断した?斬か?新紀か?無垢が?それとも百合本人か?いや、違う。俺だ。俺が油断してた。いつもと一緒だって。安心して、周りを警戒せずに行動してた。俺のせいで百合を死なせた。でも百合は俺のせいじゃないって、昨日と立場が逆だねって無理矢理笑顔を作って俺に話しかけてきた。
そんな笑い顔が辛くて叫んだんだ。周りを囲んでたゴルジュ達に。突っ込もうとした。でも止められた。斬に。お前死ぬぞって、撤退だって。それでも俺は抵抗して、抵抗して、抵抗して、斬に頭をぶん殴られて、気絶した。
目覚めてから二日。なにもやる気が起きない。無垢が作った朝飯、昼飯、夕飯を食べて、寝る。その繰り返し。
一度新紀と無垢が俺を外に連れ出そうと中に入ってきた。
でも俺は拒絶した。帰れって、お前達になにがわかるって、二度と来るなって。
俺って生きてる意味あるか?百合が死んで、周りにも迷惑かけて、死んだ方がいいんじゃないかって。
そんなことを考えてたけどいつの間にか夜になっていて、睡魔には勝てなかった。
三日目
三日目になると段々頭が冷静になってきて、自分がなにしたかをわかってきた。
新紀や無垢には申し訳ないことをしたと思ってる。斬にも苦労をかけた。あのゴルジュの大群の中俺を背負ってここまできたんだから。
無垢が作った朝飯を食べた後に新紀がやってきた。
「渉?入るっすよ…」
「なんだよ」
違う、そんな威圧するように言いたかったわけじゃない。頭は冷静でも体は冷静じゃなかった。
「百合ちゃんのことは本当に残念っす。俺もいまだに信じられないっす。そうやって中に閉じこもる気持ちもわかるっす」
「わかるんだったらくんなよ」
ごめん、俺めっちゃひどいこと言ってる。
「でもそういうわけにはいかないっす。渉がそうやって閉じこもっているのは百合ちゃんは望んでいないとーー」
「お前になにがわかるんだよ!!」
近くにあった水の入ったコップを投げた。
ごめん。俺を心配してくれているのはわかってる。けど、体が言うこと聞かないんだ。本当にごめん。
「帰れよ……」
新紀は無言で、心配そうな目で俺を見つめながら扉を開けた。
開けた先にはちょうど無垢が朝飯の食器を取りに来たのか、そこに突っ立っていた。
俺と新紀を驚いた目で交互に見ていた。
新紀が俺には無理だったっす、と言ってるのがわかる。
ごめん、ごめん。謝ることしかできないけど。本当にごめん。
無垢が食器のある場所ではなくて、俺の方は近づいてくる。そこでまたメモ用紙を取り出して、何か書き込んでいる。何か言おうとしていることはわかる。でも俺はそのメモ用紙を取り上げて、扉の方へ放り投げた。
また驚いた目でこっちを見ていた。俺は無垢を突き放すように冷たい声で言った。
「お前ももう帰れよ……」
俺って最低だな。こんなに心配してくれる人がいるのにその気持ちに応えないで、閉じこもって、拒絶して、生きてる意味って俺なんかにあるのか?ないだろ。俺なんかに。
みんなに迷惑かけて生きてんだったら死んだ方がマシなんじゃ?
そう考えると何故か心が軽くなった。そうか死ねばいいんだ。
名案が思いついたかのように俺は立ち上がった。
すでにお昼は過ぎて、だいたい二時ごろ。この時なら、誰もこない。ここに持っていた長剣はないから今きている服をねじって、一本の棒にして天井に引っ掛けた。これで首をつれば死ねる。
地球では怖くて死ねなかったけど、今ならいける。天国っていうものがあるならそこに行ってみたい。また百合に会いたい。
死ぬのなんか怖くなかった。俺は椅子に足を乗せて輪っかを首に引っ掛けて、後は椅子を離すだけーーーという状態で無垢に見つかった。
俺の体が押されて、地面に転がった。
「なに…すんだよ」
俺は死んだ方がいいんだって。このパーティーに俺みたいな奴なんていらないだろ?お前達のためだから。
音を聞かれたのか、斬と新紀も走ってやってきた。そして、この状況を見てーー天井についてる縄と、椅子ーー俺がなにをしようとしていたか理解したようだった。
新紀は焦りながら、斬は腕を組んで何かかんがえてる。
「やめろよ…俺は死ぬから」
「なに言ってんすか!!死んじゃダメっすよ!!」
「離せ……離せよ!!……離せっつってんだろ!!」
「やめろ!!」
びっくりした。今まで斬がそんな大きい声で言ったことはなかったから。
「……渉……ちょっと外で話そう」
なにを話すのか?いや、俺はいない方がいいんだって。
俺が行動する前に腕を掴まれて無理矢理外に連れ出された。
外は少し肌寒くて、羽織るものがないとちょっとキツそうだった。
「ほら」
そう言いながら出したのは銀色のコップに入った熱々のコーヒーだった。正確にはコーヒーに似た何か、だけど。
「飲め」
コーヒーはあまり好きじゃない。色からして無理だし、匂い無理、苦いしで飲めたもんじゃない。
今だったら吐き出してしまうんじゃないかってぐらいだ。
でも斬は俺をじっと見つめてきた。そんな目で見られたら飲むしかない。
仕方がなく、俺はコーヒーをちょびっと飲んだ。苦い。やっぱりコーヒーはコーヒーだった。苦くて不味い。
ペッペッと口にはないコーヒーを吐き出し、コップを耐えきれず、足元にやった。
そんな俺の様子を見て斬は少し笑った。
「どうだ?落ち着いたか?」
あ……。
確かに落ち着いた。さっきまでは俺な死ななければいけないっていう感情が心を占めてたのに、今は少し余裕がある。
「なぁ、辛いか?」
当たり前だ。何を言ってるんだ斬は。
斬は俺の顔を見て答えがわかったようだった。
「そうか、辛いか」
じゃあ、と続けて斬は話した。
「もしお前が死んだら百合も辛いだろうな」
百合が辛い?
そんなこと、考えたこともなかった。
「死後の世界っていうものがあるなら、必ず百合は悲しむ。お前は百合に悲しませたいのか?」
「いや……」
そんなことは…、とかえす。
「それに百合だけじゃない。俺も新紀も無垢も、ギルドの受付の人も、お前が死んだら悲しむんだ。そんな自分を下に見るな」
自分を下に見る。下に見ていた自覚はないけど、無自覚で見ていたんだろうか。
ふと、俺は気になった。なんでこんなことが言えるんだろうか、と。俺は聞いた。
「なんで…か」
どこかを見るように、懐かしむように斬は言った。
「俺も大切な人を無くしたからだ」
「ーーーえ?」
大切な人を無くした?斬が?
まさかそんな答えが来るとは思ってなかった。
「以外か?」
「………うん」
ま、そうだろうなと言ってコーヒーに口をつけた。
息を吐き、またどこか遠い目をしながら続けた。
「地球にいた頃にな俺には幼馴染がいたんだ。あいつは元気で、俺のことを気にかけてくれた。いつも喧嘩ばっかしてる俺をだぞ?いつの間にか俺はそいつが好きになってたんだ。あいつも多分俺のことが好きだったと思う。いちいちうるさいやつだったけど、俺はそんなところが好きだったんだ」
そんな過去があるなんて思いもよらなかった。開いた口が塞がらない。
でも、と続ける。
「そいつは死んじまった。俺の目の前でな。居眠り運転してたやつが、丁度俺を引く位置に走ってきてたんだ。でも俺はそれに気づかなかった。あいつはそんな俺を助けるために俺を押した。俺を庇ったんだ」
俺と一緒の状況だ。百合も俺を庇ってーー。
「どうして助けられなかったのか。なんで俺みたいな奴を助けたのか。何故気づかなかったのか。後悔なんてたくさんした。苛立ったりもした。それを誰かに八つ当たりしたこともある。でも、ある時ふと思ったんだ。今の俺をみて、あいつは喜ぶのか、って。そう考えたら苛立ちがしなくなって、八つ当たりもなくなった」
また、コーヒーに口をつけた。
「俺は死なせちまった。それは後悔してる。でもそれをひきづったままだったらさらに後悔することになる。そんなことはあいつも望んでない。だから俺は生きるんだ。あいつの分まで幸せにな。そうやって生きてくんだ」
大きく息を吐いて、また続ける。
「俺は恋人が死んだからって自殺していいとは思わない。生きられる命は生きるべきだって思ってる。……少なくとも…俺は……な……」
何も言えなかった。こんな過去があるなんて知りもしなかったし、知ろうともしなかった。
「これをどう捉えるかはお前の自由だ。でも一つ言っておく。…後悔…するんじゃねぇぞ」
そう言った後、斬はホームの中に戻っていった。
後悔はするな、百合は望んでいない…か。
腕を組み下に目をやると、全く飲んでいないコーヒーがあった。
未だに湯気を上げ、その様子は飲まれるのを待っているかのようだった。
そのコーヒーを持ち上げ、口に近づける。
さっきとは違い、この黒い色も、匂いもなんだかよく感じられる。
コーヒーをまた、ちょびっとだけ飲んでみる。そこにはいつも感じていた苦味が一切感じられなかった。
俺の異世界生活に意味はあるのだろうか 今際健 @imawatakeru
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