0.5mmの栄光とプライド

試験開始から20分が経過していた。

俊春の答案は、序文のまま止まってしまっている。

彼は頭を抱えた。目の前に転がっている、短すぎる芯。

その長さ約1cm弱。

これでどう書けと言うのだ。

答案の空白はまだ4分の3も残っているというのに。

当初は答案の裏まで、論述文で埋めようと考えていたのに。


…芯さえあれば、俊春は思った。たった6cmの、あの細い、

頼りない芯が二本、いや一本あれば、こんな問題などお茶の子なのだ。

90分も試験時間はいらない。僕だったら40分、いや、

30分で書き上げる事ができる。すでに今頃は、答案の半分以上を

文で埋めていただろう…こうして頭を抱える事もなく。

どうして鉛筆を用意しておかなかったんだろう。

中学の時まではシャープペンの横に、

2・3本予備の鉛筆を置いてからテストに取りかかっていたというのに。

押せば削る事なしに芯が出てくるシャープペンシルの便利さに、

すっかり依存されていた。


馬鹿め、俊春は自分を責めた。

こういった事態が起こるから、念には念をと用意していたんじゃないか。

いつの間にか、初心をすっかり忘れこの習慣を止めていたのだ。


俊春の頭のなかに、走馬灯のように過去の自分が写し出される。

小学校の算数のテストでただひとり、100点を取って先生に誉められた。

ここから彼の栄光の道は始まった。それからと言うもの、

友達は参考書と問題集・第二の家は進学塾となった。


こうして、小学校はもとより、中学・高校と、俊春は常に学年トップを

走り続けた。親友や恋人は彼にとっては必要ないものだった。

むしろ彼はトップの地位を守り続けるため、情熱をすべて

勉強に注ぎ込んでいったのだ。オール5、オール90点以上を

次々と打ち出すなか、自分よりデキる奴が現われて追い抜きやしないか、

この栄光の道をバッサリ絶たれやしないか、後ろからひたひたとついてくる

ランナー達に怯えながら、それでも確実に先頭を駆け抜けてきたのだ。


その輝かしい、栄光の道が、シャープペンシルの芯一本…たった一本で、

脆くも崩れ去ろうとしている。

今まで頑丈に築き上げてきた筈のものが、

見事瓦解していく現実のむごさ。

絶対に信じたくなかった。

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