第2話 変遷する時代の紋章師

 いつの頃からか若者の紋章離れが指摘されるようになり、紋章を依頼しに訪れる人たちの平均年齢も明らかに上がっていた。紋章がなくても普段の生活を送る上では特に困らない、紋章に高いお金を掛ける意味が分からない、正規の紋章師が作らなくても自分で好きな文様を組み合わせて自分だけの独自の紋章を作り出せばよい、そういった風潮が少しずつ、しかし確かに広がりつつあった。

 仕事熱心で優秀な事務の二人はこの状況に危惧を抱き、若者に向けた新しい発想の紋章を提案していくべきではないかと訴えたが、紋章師は依頼者が減るならば忙しさが少しは減ってありがたいくらいだと素っ気なく断った。しかし見習いは自分の独立後に不安を感じていたので事務の二人に協力を申し出て、動く紋章、色の変わる紋章、歳月とともに風合いが変わってゆく紋章など次々に試作していった。この目新しさと価格の安さが若年層に響き、指名で仕事を受けるようになった見習いは早々に独立することにした。紋章師は黙って見送った。

 紋章師の仕事は減らなかった。それどころか壊れた紋章の修理依頼が持ち込まれ始め、それまで修理などめったに受けたことのない紋章師は困惑した。

 自分の仕事ではない紋章ばかり続いたある日、依頼者に問いかけると、製作者では直せなかったのだという。元弟子の仕事の不出来を知った紋章師は黙って対応し、高齢の依頼者は「これでまた孫の笑顔が見られる」と嬉しそうに帰っていった。同じ紋章が二度持ち込まれることはなかった。

 今日の最後の依頼者は、独立していったかつての弟子。技術を教えてほしいと乞う複雑な表情の若者に、紋章師は代わりに新しい紋章案を教えてくれと申し出た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

紋章師 呉葉 @KurehaH

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る