紋章師

呉葉

第1話 忙しい紋章師

 紋章師の仕事は毎日目が回るほど忙しい。朝から晩まで人々の要望に応えていると一人では到底さばききれないので、受付と、管理と、紋章師見習いを雇っている。それでも紋章師は忙しい。

 まず子供が生まれたときに、裕福な親族がお祝いに子供用の紋章を依頼しにくる。普通は成人するときに自分で申請する紋章が最初のものになり、子供用の紋章があってもこのとき改めて新調する。

 長い人生、途中で職業を変えることもある。あるいは夢を叶えるために紋章を変えたいという若者も近年増えつつある。紋章は新規の申請よりも更新依頼の方が多かった。

 今日最初の依頼は、鍛冶職人の弟子が工房を構えるので一人前の紋章に作り替えてほしいというものだ。見習いでもできそうだったが、やっかいなことに特殊な火炎文字が組み込まれていて紋章師にしか手が出せない。紋章師は元の紋章から装飾を分解して火炎文字をそっと取り出し、そこにわずかな強調を掛けてから元通りの装飾と箔付けをした。

 次の依頼はこの春に新設される騎士団からだ。団で揃いの紋章を24人分あつらえたいらしい。全く同じ紋章は二つと存在しない。揃いというのは基盤が同じですべて同属性にまとまる設計の内で、24種類を考案して作るということだ。時間があれば見習いの課題に使いたいところだが今回はそれを3日でほしいという。大急ぎで拡張性の高い基盤を一つ設計し、ためしに6種類ほど揃いを作ってみて手応えを確かめる。これでどうにかいけそうだと思って一息つこうとした瞬間を見計らったように、また次の依頼がやってくる。

 今日もまったく紋章師は忙しかった。また明日も忙しい一日がやってくる。

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