第七章 今さらの始動(下)

「……は……?」


 意味不明だった。

 なんだって?

 永久機関の成功例、と。そう言ったのか?


「いやあそれにしても驚きました。そろそろ諦め時かと思っていたんですよ。パーセンテージの問題ではなく、不可能じゃないのかという結論が出てましてね」


「先生、何を……」


「だから、今回限りで試すのは終わろうと思っていたんです。鴉日さん、あなたでね」


 どういうことだ。

 先生はいったい、なんのことを?

 今回。

 試す。

 終わる。

 わたし。

 永久機関。

 成功例。

 人間離れ。

 本当に。

 いったい。


「先生、何か知ってるんですか……?」


「何か、ですか。知ってるというのなら、かなりの情報を所有しています。そう、例えば鴉日さんのこと」


 本能的に、逃げ出したい気分になった。

 この人はやばい。

 何もかもを粉々に粉砕して去っていくような、天災のようだ。

 巻き込み、巻き込み、巻き込んで。

 そう、それはまるで――



「あなたが一度死んだことは、徹頭徹尾一から十まで知っています。なぜなら――」



 衝撃的な告白に、しかしわたしには驚いている暇がなかった。

 そのあとに続く言葉が、あまりにも軽々しく、

 それでいて、重々しい意味を含有していたからだ。



「――他の誰でもないこの望月が、のですから」



 思わず。

 わたしはガタと席を倒して立ち上がっていた。


「……そこまで警戒すべきではないと思いますが。私は経過を確認したかっただけです」


「先生が、やったんですか」


「何を、という主語が欠けていますよ。……そうですね、たしかに鴉日さんは私が殺しました」


 サラリと言うその様子が現実離れしすぎていて、話が突飛しすぎていて、わたしは全然頭の中がまとまらない。


「まあ、驚くのも無理はありませんか。犯人の方から名乗り出るなんて、エンタメ性を欠いていますしね」


 いきなり事が加速しすぎている。

 わたしを刃物という刃物によって滅多刺しにした、犯人は。

 先生、なのか。


「でも、このままだと埒が明かないでしょう?」


 望月先生はゆるゆると首を振り、息をついた。

 出来の悪い子供に何度も言い聞かせてやるように。


「正直、私こそが一番驚いているのはたしかですがね。今回も例に漏れず失敗、そう考えての諦観こもる行動でしたから。それはそれでとても興味深く探究したい事柄ですが、今はそういう時ではありませんね」


「…………、」


 先生は、わたしの方に手を差し出して、


「あくまで今は相談コーナーです。何か、聞きたいことはありますか?」


 なんだ。

 なんだよ、それは。

 今さらのように、思い出したかのように。

 犯人は、予兆も見せずに告白した。


「……まず、犯行状況から教えてくれませんか?」


 この場から逃げ出したい衝動を、必死に押さえつけて、わたしはできるだけ平静を装い質問した。

 せっかくの機会だ。聞けることは聞かないと。

 それに――あのことも。


「始業式の日、でしたね。あれも言ってしまえばたまたま、偶然によって実行した、そんなものでした」


 気負いする気配はなく、流暢に語った。


「下校時刻が差し迫り、生徒はほとんど帰った校舎。そこで、一人でいるあなたを見つけたんですよ。あまりに無防備な、ね」


「……それで、刃物でブスブス刺したんですね」


「はい。死んでもらいました」


 悪びれもせず。


「何せ、私の実験には死亡が必須条件なもので」


「……なんなんですか? その、実験とは」


「不死身、と聞いて、何か思い当たることはありませんかね?」


「……っ」


 不死身。

 それはすなわち。

 生きていて死んでいて。

 死んでいて生きていて。

 生きていなくて死んでおらず。

 死んでいなくて生きていない。

 まさに、今の。

 わたしじゃないか。


「そうです。私はそういった不死身ということについて、研究をしていました」


「研究……」


「ええ。そこで私は発明したのですよ。薬を」


「それは」


「細胞全ての時を止めるんです。つまり、死んだ状態ですね。しかし、それではただの死体。そこに工夫の余地がありましたね。劣化をも拒絶させる完全的な停止を」


 そこで望月先生はわたしを見た。


「鴉日さんは考えたことがあるでしょうか。ゾンビというものが本当に存在できるのか」


「いや……ないですけど」


「それは残念です。しかし、鴉日さん。今あなたはそのゾンビとほぼ同列の位置にいるのですよ。細かくいえば、全然違うのですが」


「はあ」


「しっくり来ていないようですね。いいでしょう、説明しますよ」


 といって、望月先生は一人、お湯を使って飲み物を用意し始めた。

 インスタントのコーヒーができたところで、一口含むと、話を繋げる。


「先も言った通り、あなたの肉体は完全に死んでいる状態です。しかし、かといって死んでもいない。一見矛盾しているようにも見えますが、この表現が一番適していると思われます。ところで鴉日さん」


「……はい?」


「そういったふうに声を出すには、何がなされているのだと思いますか?」


「え。……そりゃあ、喉を震わせて空気を振動させているんじゃ?」


 なんだか、生物の授業でもしているような空気だ。こんなことをしている場合でないことはわかるのに、なぜだろう、この流れを崩してはいけない気もする。

 先生は、違います、と首を振った。


「それは生き物の話でしょう? あなたの話をしているのですよ、鴉日さん」


「わたし、ですか」


「あなたは自分の喉を震わせて声を出していると、本気で思っているわけでもないでしょう? まして、心臓やら血液やらすら既に流れていないのに」


「…………、」


「そもそも、一度死んだ肉体がこうして活動できていることが、私の理論の正しさを示しているのですがね。それは永久機関らしい理由があるのです。それは、受動率の引き上げです」


「受動率?」


「外界のエネルギーを回収する能力のことです。この世界はエネルギーで満ちています。それは誰もが知る常識ですが、果たしてこれらを利用することができるとするならどうなるか。そう、いかに本体にエネルギーがなかったところで、活動はできる。私はそう仮説を立て、微かなエネルギーまでを扱えるような受動率を引き上げたのです」


「じゃあ……」


「その成功例があなたなのです。高度な受動率を獲得し、普通の人と遜色ない不自由のない活動さえもできている。まさに無駄のない、永久機関の人間――いや、どちらなのでしょうね。いったい


「…………、」


 人と人外のボーダーライン。

 それがなんなのか、まだわかっていない。


「じゃあ外れた腕がくっついたりしたのも」


「そちらの原因はあなたの細胞にありますね。細胞はもともとの形状を記憶し、そのままであろうと言う指向性を持たせています。だから、修復能力はあって当然なのです」


 まさに――停滞。

 変化を許さない。

 それはいったい、なんという存在と言えばいいんだろう?

 …………。


「最後に一つ。なんで、わたしにこんなことをしたんですか。そもそも、なんでこんなことをするんですか」


「それこそ、たまたまですよ」


 先生はなんの気もなしに言い放つ。


「強いていえば、私のターゲットは青山さんか赤里さんでしたがね」


「……葵ちゃんと、朱里ちゃん……?」


 ここで、なんで二人の名前が出てくる?


「人間のレベルが高ければ、成功する確率も高くなるように思えたのですよ。結局、普通なあなたが成功したのですけれど。わからないものですよね」


「わたしは成功例、って言いましたよね。そういうことはつまり失敗と呼ばれる件もあったわけで」


「もちろんですよ。試行錯誤なければ研究はできません」


「じゃあ、その、失敗した人たちって……?」


「はい。当然、死にましたけど」


 至極当然のことのように。

 林檎が木から落ちるくらい普通のことのように。

 表情を変えず、言い放った。


「せ、先生、あなた、人をなんだと――!」


「別に。人としか思っていませんよ。そういった尊い犠牲のもとで、あなたという成功例が生まれたのです」


 絶句した。

 恐怖で。

 この人は、人の事なんてなんとも思っていない。目的のためなら平気で人を殺すし、利用する。

 確信した。

 三学期、来なくなったクラスメイトたち。

 その全ての人が、この人によって殺されている――。

 もしかしたらわたしも、その中の一人になるところだったのだ。

 怖い。

 怖い怖い怖い。


「それにしても、あの二人。隙を一瞬も見せないんですよね。鴉日さんは言い方は悪いですが、代替品だったんです」


「……わたしは、身代わりになったってことですか」


「そうです。それこそが、今回僥倖を生み出したのですけれどね。いやはや、運命とはわからないものです」


「……科学者なのに、そういったものを信じるんですね」


「まあ、多少は。ニュートンが林檎の落ちるところを偶然見たこと然り、どうも成功には運というのがとても重要に結びついている気がしましてね」


「そうですか」


「おっと、思わず話が長くなってしまいましたね」


 望月先生は時計を見て、時間の経過を確認した。


「私からはここまでです。永久機関さん。本当、成功したのは僥倖でした。あなたがいったい何なのか、それは疑問ですが、いいでしょう」


 といって、教員用控え室へと足を向ける。

 どうやら、話は終わりのようだった。

 わたしは、一刻でも早くここから去ろうと、出口に速やかに向かう――


「ああ、そうそう。もう一つ、試しておきたいことがありましたね」


 そんなわたしに、望月先生は思い出したように言った。

 言って。

 自動で控え室のドアが開いた。

 そこから――全長がわたしの二倍はありそうな、何かの獣が現れた。

 犬のようにも見えるそれ。でも肉付きから違った。ゴツゴツと隆起した筋肉。それだけでどれだけの馬力が秘められているのか窺い知れる。牙は剥き出しで、鋭い犬歯が危険な香りを撒き散らしていた。


「それは」


「配合種です。獰猛な、ね。どこまでの耐久力があなたに備わっているのか。じっくりと、観察させてくださいね」


 言い終わるか否か。

 先生が手を上げると、その獣は身体をしならせ、こちらへと飛びかかってきた。


「っ!」


 わたしは間一髪、机の下に飛び込むことで回避した。

 でも、そんなことでは安心できなかった。

 バリ、バリバリ! と。

 そんな音がしたと思ってチラと振り返ると、わたしの右手が逃げ遅れていた。

 獣の口に挟まれ、今まさに引っ張られている途中だった。

 バリバリという音は骨が割れようとする音だった。

 まもなく、わたしの二の腕から先が持っていかれた。

 しかし、そんなことを気にすることはできない。わたしはそのまま転がって、獣と大机一枚挟んだところに立ち上がる。

 痛覚はもうなくなっているので、苦痛は全くなかった。感じるとすれば、腕がもげるグロテスクさに、だ。スパーンとそれだけだった禍鱗ちゃんの時とは違い、乱雑なだけにうっ、と来る。

 だがひとまずは、安全地帯に避難ができた。獣の大きさからして、机をくぐり抜けるのも飛び越してくるのも、即座にはできなさそうだった。

 最大限の緊張をしたまま、わたしはあたりに視線を巡らせた。

 ここは生物教室だ。

 何か、武器になるものがあるはず。

 とりあえず、様子見として――


「えいっ!」


 手近に見つけた、どこにでもあるようなビーカーを手に取り、思いっきり投げつけた。

 けれど、予想通りとも言うべき調子で、通用はしなかった。獣はくわえたわたしの腕をどこかへ飛ばしたあと、ビーカーごと噛み砕いてしまったのだ。


「そんなものじゃあ無理ですよ。少なくとも鉄よりかは遥かに強靭ですから」


 眺めていた望月先生が、そんなことを言ってくる。

 やっぱり、物理的なものじゃダメだ。

 と、獣の方が俊敏な動きで飛びかかってくる。


「うっ!」


 入れ替わるように、わたしは机の下を再びくぐる。

 今回は直線距離ではなく、わたしが攻撃射線上にいなかったから難なく避けられたけれど、このままではジリ貧だ。

 話を聞いた今なら捨て身で攻撃する、という選択肢もあるけれど、できればそれはごめん被りたかった。服もビリビリになるし。

 何か、ないだろうか。

 あたりを見回したところで、武器になりそうなものが見えた。

 だがそれは、一番前のでかい教卓の上にある。わたしのいる場所から取りに行こうとすれば、十中八九襲撃を受ける。

 逆に、それを許容してしまえばなんとかなるかもしれない。

 行くか。

 わたしは行動を開始した。

 まずは――椅子を持ち上げ、行きたい方向とは逆側に投げた。

 それと同時、わたしは走り始めた。

 わたしの思った通り、獣はわたしが最初に投げた椅子の方に反応していた。……この獣、犬のような外見に則して犬の習性があるらしい。

 獣は椅子を喰らうようにバキバキの破片に砕いた。

 といっても、それは刹那のことだったけど――けれど刹那は刹那だ。隙ができたというのに変わりはない。

 わたしは教卓へとたどり着き、置いてある瓶のうちから一つ手に取る。

 その時には獣がわたしにロックオンし直していた。

 三度目の飛びつきが来る前に、わたしは行動を開始した。

 手に持った瓶を、命中率重視で慎重に放り投げる。

 やはり、動くものには反応してしまうのか、獣は椅子にしたのと同じように、瓶を粉々に砕いた。

 ……でも、今回のは壊されて終わりじゃない。

 中身が問題だ。


「グォギャッズビヴガ――!?」


 初めて、獣が唸り声じゃない声を出した。

 それとともに、ジュウジュウと、溶けるような音がする。

 そう、肝心なのは瓶に入っていた液体にある。


「まあ、塩酸をかけられて無事で済むはずはないよね」


 よがるように、獣はあたりを転がり回った。ぶつかった椅子が滅茶苦茶にあちらこちらへ飛んでいく。

 ジウジウと、塩酸は今もなお獣を蝕んでいる。


「やった……?」


 ひとまずあの獣は戦闘不能にできたのだろう。

 それを確認して少しは安心したわたしは、感覚はあるもののわたしからは離れている右手を探す。

 まもなく、ペタンペタンと手のひらで地を這う腕を発見した。もちろん、自分の意思で動かしている。

 わたしはそれに近づき、自分の腕を今回幸運にも破けなかった制服の袖の中に入れる。が、これが結構難しい。

 結局、限界までまくり上げてなんとかくっつけた。


「ふう……」


 一息つくと。

 パチパチパチ、と。

 望月先生が拍手をしていた。


「素晴らしいです。今回は薬品のおかげでしょうがね。私も詰めが甘い。とはいえ、その腕。いよいよ本当に私の実験が成功したと実感できましたよ」


「本当に――なぜ、こんなことをするんですか」


「それは、私の野望のためですが」


「そういうことじゃない。なんで、人を巻き込むんです。関係のない人を。いつも通りの日常を過ごしていた、何の罪もない人を!」


 わたしは望月先生をキッと睨んだ。



「わたしは――あなたを許さない」



「はは。ははははは。そんなのは承知の上ですよ」


 何を今さら、と言わんばかりに、先生は笑った。


「でも、いったいどうするつもりなんでしょうね?」


「……何がです」


「私の処遇ですよ。殺しますか?」


「…………、」


「きっと、あなたは自分をこうした誰かを探していたんでしょう? でもそれは探しているだけだった。あとのことは考えていなかった。違いますか?」


 正解だった。わたしは、犯人探しをしようとしていただけだった。こんな急展開、予想だにもしていなかった。

 だから実際に犯人が目の前にいて、そしてわたしは何をするべきなのか、わたしにはわからなかった。

 あるとすれば、一つだけ。


「……教えてください」


「なんでしょう?」


「わたしは――戻れるんですか?」


 普通の人間に。

 いつもの日常に。

 かけがえのない、素晴らしい日々に。


「戻れるわけはないですよ」


 しかし。

 そんな願いを踏みにじるように、先生は断言した。


「言いましたが、もとのあなたの身体は既に死んでいます。死んだ人間を生き返らせるなど、それこそ無理があるというものでしょう」


 ギリッ、と。

 無意識のうちに、わたしは歯ぎしりをしていた。

 最後の望み。

 最後の願い。

 それはもう――閉ざされていた。

 ……もういいや。

 それさえわかってしまえば、決断は早い。

 化け物から元に戻れないのだったら、

 最後まで、化け物でいようじゃないか。


「もういいです」


 憑き物が落ちたような気がした。

 どこか振り切ってしまったような、そんな感じ。

 頭の中は空白。スッキリとした思考。

 わたしは己の敵を見据えた。

 こんなことをした犯人。

 無関係の人を巻き込んだ犯人。



「わたしはあなたを――殺す。それで、何もかもを終わりにする」



「まあ、それが妥当なところでしょうね。被検体に恨まれない科学者なんて、それこそ存在しません」


「いいんですね」


「いいですとも。殺してください。思う存分。けれど――黙って大人しくやられるわけはないでしょう?」


 そう言って先生は、傍らの大きめのロッカーに手をかけ、開いた。

 またあの獣のようなものが来るのでは、とわたしは身構えたけど、出てきたのは想像とは違った。


「――え」


 まず――二足歩行だった。

 腕は力なくぶらりんとだら下がり、背骨も重力に負けるように猫背に。

 そして肌は乾燥しきったというように、カサカサだった。……まるで、ミイラのように。

 目もとが窪んでいて、今にも朽ち果てそうなほど、痩せ細っている。

 人間……と、言っていいのかわからなかった。

 これはまさしく、ゾンビ、と言うべき存在が、目の前に何体も林立していた。


「なんなの、これ……」


「ああ、こちらは失敗作の方です。理論的にはあなたのようになるはずなのになぜだか、朽ちてしまった。彼らはもう意思すら持てない」


「なんて、ことを……」


「どうですか、これ、元クラスメイトですよ。信じられるでしょうか。加えて、あなたに破壊することはできるんですか?」


 元、クラスメイト。

 その言葉に、わたしの背筋は凍る。

 そんな、本当に、死んでいて、こんなところに。


「あぁあ」


 何も、考えられなかった。

 ただひたすら、こんなことをした最悪へと駆け出していた。

 終わらせなきゃ。

 こんな――こんなこと、あってはならない。


「荒ぶっていますね。けれど、途中の壁を無視してはいけませんよ」


 ガシ、と胴体を掴まれる。

 ゾンビのうちの一体が、わたしの胴を締め付けていた。

 それだけに留まらず、一体、また一体とわたしの身体を掴まれていく。

 不快感。


「離して!」


 わたしは身体を揺さぶり、それから逃れた。

 抵抗力はなく、難なくその束縛は断ち切られた。

 だが――突き飛ばしたゾンビの首やら四肢やらがあまりにも脆くもげた。


「……っ!」


 誰だったのだろう。

 誰が、誰だったのだろう。

 そして今、彼らは何なのだろう。

 死ぬことはできるのか。

 ただ、意思なく生き続けるだけなのか。

 わたしと同じ、いや、最悪の状態で。

 考えてしまった。

 そのせいで、わたしの中に躊躇いができてしまった。足場がなくなった錯覚を覚え、呆気なくその場に倒れた。

 あの人は殺さなければならない。張本人さえいなければ、こうなることは、一生起こることもなかったのだから。

 でも、この人たちはそんな理由があるのか。

 巻き込まれた、ただの被害者なのに。

 わたしはこの人たちを――


「無理、だ」


 へたりこんだまま、あとずさりをした。

 彼らは、ジリジリと、蠢き、迫ってくる。

 ここを突破して、あの人を終わらせないといけないのに。

 突破――できない。

 わたしには、できない。

 わたしが当事者だからこそ、できるはずがなかった。

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