聖女召喚

胸の轟

聖女召喚



魔族の国と人族の国の争いは断続的に起こり、両国が疲弊すれば一時の休戦になり又争いへーーそうして長きに渡り戦争を繰り返していたが、長く争えば争うほど、失われ続ける物資や人材、戦争の度破壊される街や建物の瓦礫の撤去も儘ならず、復興は夢の又夢。ーー気が付けば両国共に滅亡の足音が聴こえるまでに追い込まれていた。



両国は滅び回避のため、和平を結んだ。ーー表向きは。



飢饉で死んでいく仲間、国のため戦い無惨に殺されて帰らない仲間。大切な家族を殺され孤児になった子ども、子どもを失った親。ーー全ては憎き敵国のもたらしたもの。愛する者たちを奪っていった存在への憎悪は簡単に消せるものではない。



仇をとるためにどれだけ敵を屠っても癒えぬ憎しみ、死んでいった者達の未来を奪っておいて、そんな罪にまみれた存在が、和平の名のもとにのうのうと、この先の生を謳歌していくことなど到底許せるわけがない。




人族の城のとある一室でそれは行われた。



その部屋に窓はなく入り口は1つ、通気性は悪く淀んだ空気と人の醸す臭いが入り交じり、好んで長居をしたいとは思えないような部屋だ。そんな部屋の中、ローブを纏う数名が円を描くように立っている。



中央には何かの紋様があり、不意にそれが強い光を放った。



「「「「おおーー!!」」」」



光の収まった後に現れたのは、黒髪黒目の少女であった。



「やりましたな!」

「これで我等の願いは叶ったも同然!」



歓声に湧き肩を叩き合う者、抱き合って喜びを表す者、それぞれが思い思いに自分達の成し遂げた結果に歓喜し満面の笑みを浮かべていた。



「一刻も早く陛下にご報告するのだ!」

「私めが行きましょう!」



そう言って一人のローブが駆け出して行った。




興奮冷めやらぬローブ達は、自分達の素晴らしさに少女の存在を忘れ、最も高度で難解とされる召喚すら成功させられる自分達の優秀さを心行くまで称賛しあった後、漸く少女の存在を思い出すのであった。



いきなり召喚誘拐された挙げ句、存在を忘れられていた少女だが、今だショック状態なのか、自分の置かれた状況を理解していないのか、理解したくないのか、ただボンヤリと佇んでいるのみで反応がない。



「名を述べよ。」



リーダー格らしきローブが見下すような顔で偉そうに問う。



本人の了承も得ず、自分達の身勝手で異世界より召喚拉致したことに、本の少しも罪悪感がないことがよく分かる態度であった。



それもその筈、少女の召喚された人族の国の一部(主に国の上層部)では、異世界人は人族とは認められていなかった。



異世界人ーーそれは人族のための便利な道具であり、人族のため尽くして当たり前、高貴な我等が使ってやるのを有りがたく思えと、どこまでも傲慢な考えのもと見下していた。



異世界人は強大な力と未知の知識を持ち、敵にまわすと厄介だが恐れる必要はない。奴等が混乱のうちに隷属してしまえばいいのだ。



「名を述べよと言っておる!さっさと述べよ愚図が!」



答えない少女に苛立ったローブの拳が少女の頬を殴り、華奢な身体は横へ飛んで倒れた。



「我等の言葉が通じてないのか?」

「それはない。きちんと言葉が通じるようにしてある。」


「通じているのに内容が理解出来ないのか?」


「おいおい名を聞いてるだけだぞ。それすら理解出来ないとなると、頭の作りがどうにもならないレベルということになってしまうではないか。」


「名が無い、ということはないだろうか?」


「ああ、よく考えてみればあり得るな。我等にとっては個々の名があるのは当然のことだが、コヤツの世界では個々の名など無いのかもしれん。」


「名をつける風習が無い世界だと?底が知れるわ。ーー召喚出来たことで喜んでしまったが、能無しの可能性が出てきたな。」


「世界を渡る際、能力値は底上げされると文献にもある。元々は能無しだったとしても、恐らく今は我等の役に立つ能力が備わっているはず。」


「先ずはコヤツの能力を調べ〈聖女〉としてーー」



いつの間にか自分をじっと見つめていた少女に気づき言葉が途切れた。



セ ・・イ・ジョ・・・聖・・女・・・ー聖女ーー



『ーーアリスーーーー神ーー聖女ーーー異端ーー』



いつかの誰かの声。




ボンヤリとし殴られても悲鳴すら上げず、今だに一言も発することもなく在った少女。ーーその黒い瞳に何かが宿ったように見えた。



「〈コード〉確認。ーーこノ地の神ヲ確認。ーー登録さレタ神でハなイーー異端。異端ヲ発見。ーー排除」


「なっ!!」



少女アリスの一番近くに居たローブが、顔面を握り潰され手足をもがれた。ーーその行為はあまりにも素早く行われ、止めに入る間もなく終わった。



「貴様ーッ!!」


最初に我に返ったリーダー格のローブが、攻撃魔法を放とうとしたが、呪文を唱える前に口から上下に裂かれ息絶えた。



「ヒィーッ!お助けー」



逃げようとした残りのローブたちも瞬殺され、部屋にはアリスだけが残された。



「マッピング開始ーー完了。異端排除開始。」





体内で生成され身体から発生する神経毒を撒き散らしながら移動し、両手のブラックホールに周囲の物を吸収させながら行くアリスの通った後には、生者は存在しない。



生命反応が最も集まっている扉を守る兵士を、気づかれる前に殺し、アリスは扉を開け真っ直ぐ歩こうとした。



「何奴!!誰の許可を得て陛下の御前に現れた!」



兵士達がアリスを捕らえようと殺到するのを王が手で制すーー前に、兵士達はもがき苦しみながら倒れていった。不用意に近づいた結果神経毒にやられたのだ。



「なっ!!」



誰の目にも少女が何かをしたようには見えなかった。けれど、少女が何かをしたのだと皆は思った。



漠然とした不安と緊張に包まれ、出来ることなら今すぐにでもこの場を辞したい。けれど王の許しなくそのようなことが出来るはずもなくーー少しでも少女から遠ざかろうと皆が無意識に数歩下がる。



王は少女から遠い位置に居り、また、自身を守る優秀な兵達を信頼していることもあり、余裕の姿勢を崩さない。



「ずいぶんと舐めたマネをしてくれたな小娘。」



アリスは無言で手のひらを王に向け、来る途中吸収した素材で生成した無数の礫を浴びせた。


「「「「あ゛、ぐ、が、がっ」」」」



側に侍っていた重臣たちが王の巻き添えで蜂の巣に変わる。



「「「「陛下ーー!!」」」」


「「うわー!!」」


「「いやーーっ!!」」


「楽に死なせるな!」


「「「「うぉぉおおおーー」」」」



怒りに支配され、少女に近づいた者達の末路を忘れ少女に殺到する兵士達。魔法防壁や攻撃呪文、拘束呪文を唱える魔法師達。我先に逃げ出そうと駆け出す貴族達、腰が抜け逃げたくても逃げ出すことが出来ない王族達。



「手足を狙え!」



歩みを止めたアリスの片手片足に魔法が炸裂し、吹き飛ぶ。



「ハハッ!いいザマだな!次はーー」



言葉は途中で途切れた。ーーたった今無惨に吹き飛ばされたアリスの手足が、見る見るうちに修復され元通りになったのだ。



「ば、ばかな…」


「ぅ、うわぁあああ!!」



恐怖に陥った魔法師が、楽に死なせるなと言われたことも忘れ、魔法で身体に風穴を開けた。ーーアリスの身体がふらつき、膝から崩れ落ちた。



「や、やったぞ!」

「バカヤロー!!楽に死なせるなと言わーー」



そのまま動かなくなると思われたアリスが、ノロノロと立ち上がる。



「なん、なんだよ…、何なんだよお前!!」


「ば、化け物」



風穴はあっという間に元通りに修復されていた。



化け物と呼ばれたことに何の感情も見せないまま、アリスは全ての人間に等しく礫の雨を降らせた。



「「ギャァアア!!」」


「「「死゛に゛だぐな゛ー」」」



おびただしい礫で手足は千切れ飛び、飛んだ手足もまた礫により細かい肉片に変わりながら散乱し、脳は飛び散り胴体も細かい肉片へと変わっていった。





「建物内異端排除完了ーー次へ」



むせかえるような血の臭いと肉片だけの城から、対異端殺戮兵器が解き放たれた。



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