第51話【次の代の魔王】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 うっ! なぜだか突然の吐き気、平衡感覚が怪しくなり頭痛も感じる。なにかもの凄い冷気、いや霊気を感じる。その感じは確実にひとつの方向から来ている。


 仁科さん?


 いや、正確には仁科さんが持っているあの剣だ。うっ! なんかもう耐えられない。

 そこに見た。仁科さんが自分に向かい剣を構えつつあるのを。これは二度目。でもどうして?


『お前は魔王—』突然仁科さんが言った。言ってる相手はどう考えてもこの自分。

「なにを言ってるんだ? 魔王は仁科さんが倒しただろ?」

「違う! これはわたしの意識じゃなくて」

「なにを言ってるの⁉」

『お前は魔王—』と再び仁科さんが同じことを口にする。

「仁科さん違うっ!」

「違うのっ、わたしじゃなくてこの剣が、この剣が喋らせてるのっ」仁科さんが一人芝居をするように喋り続けている。

 もう予断すらできない。

『あなたという存在は魔王の血を受け継いだただひとりの者。あなたという存在は魔王を継承する新たな魔王。後継者——』仁科さんがこの自分の目を見ながらそう喋っていた。


 なにかがおかしい——

「ちょっと待った仁科さん。魔王を斬ったんだから剣が手から離れないとおかしい」

「放れてくれない——」仁科さんが言った。


「オイ、どうなってんだ、これはっ!」傍らにいる立体映像に怒鳴る。

「わたし達にも分かりません。こんなことは初めてです」いつも喋っている髪の短い方が応じた。その表情にはどこか困惑の色が浮かんでいる。

「初めて? ふざけんなよっ!」情報に疎いのは〝勇者の剣〟側も同じか、とヘンなところでこの横たわっている魔王に感心してしまう。

「目の前に新たな魔王がいる。だから剣が手から離れないのは当たり前です」今度は髪の長い方が他人事のように言った。

 冗談じゃないぞ。

「新たな魔王が自分って、ウソだよな?」と自分は訊く。

「目の前で新たな魔王が誕生する瞬間を見るのは初めてですが〝勇者の剣〟があなたを魔王だと云っています」と再び髪の短い方が喋りだす。その表情といい、もう〝自分達の使命〟を取り戻したかのような口ぶりに戻ってる。正直買いかぶってた!

「その〝剣〟が意外に当てにならないことはお前たちも知っただろうが!」

「いいえ、『勇者の剣』の御託宣に間違いはありません」

 この自分がよりにもよって新たな魔王だと、コイツらも言うのか。そう言や〝魔王の代替わり〟を魔王に示唆されたっけ。よりによってなんでこの自分に代替わりする?


『そう。だから倒し続けるしかない。わたし達は永遠に戦う』立体映像のふたり組に呼応するかのように今度は仁科さんがその異常な台詞を口にした。

「ちょっと待ってくれ! もし自分が魔王ならとっくに仁科さんを殺そうとしてるはずだろう⁉」

 あああああああっっっ‼ 仁科さんの叫び声。直後気力を振り絞るかのように「あなたこそ黙りなさい!」と自分の手にある剣に向かって絶叫した。そして自分の方に顔を向け、

「水神くん、あなたはだけ!」とことばを空に解き放った。


 もはやこの自分は〝魔王〟となっているらしい。その割にそれに相応しい行動をとろうという気が起きないのはそのせいか? さっきから体調がすぐれないこの気分の悪さに慣れていないせいか?


「だけどわたしにはもう剣を押さえきれない!」

 そう言った仁科さんは剣を両手でギュッと握ったまま歯を食いしばり足を踏ん張り、暴走を無理やりに止めているという姿勢のまま動かない。この光景も二度目。でも今度も心臓や咽を外してくれるとは限らない。

「どうすればいいんだよ⁉ 仁科さんっ! この間に逃げればいいのか⁉」

「ダメ! 逃げてもダメ。この剣はあなたを追い続ける。このままじゃふたりのうちどちらかが死んじゃう!」

「もうだめだってことなの⁉」

 仁科さんは歯を食いしばって顔を横に振ったよう。

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