第50話【魔王、遂に死す】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


「水神くんっ、それに魔王……?」

 耳に届いたその声は間違いなく仁科さんだった。あの剣を手にしていたのは仁科さん。

 あの立体映像のふたり組が横にいるのが見えた。ふたりは暗い中薄ぼんやりとした光を放っている。まるで亡霊のよう。


「『何もしない』って言ってたのになぜ⁉」

「いまからわたしの訊くことに答えて」仁科さんが喋り始める。

「うん」と反射的に返事が出た。

「水神くんはこの剣を見つけた。だからここにいる。ここまではいい?」

「うん」

「それでこの後、この剣をどうするつもりだったの?」仁科さんに訊かれた。


「い、勢いで本物を早く見つけなきゃって考えて——」

 魔王がすぐ隣にいる。そう答えるしかない。


「警察は『本物は倉庫の中、八百本のうちにある』って考えているはずなのに——」と仁科さんが口にする。これは『警察なんて動かない』って言っているんだ。


「——だけど水神くんはこれが本物だって分かったんだね」

「あっ、えぇ」

「なぜ分かったかは大体想像がつく——」仁科さんはそう口にした。

 魔王が隣りにいるから、ってことか?

「——でも見つけるところまではできてもその後はどうにもならなかったはず」


 魔王はその魔剣を自分に取らせようとしていたんだ。

 だがもう剣は仁科さんの手にある。魔王の計画は既におじゃんに。しかしこの状況が良いことなのか悪いことなのか判断がつかない。


「もし誰かがこの剣に手を掛けてしまったらその剣の持ち主はきっと水神くんも襲ってしまう。だからいっそのこと——」仁科さんは喋りだす。

「だからって自分が持つことないだろ!」

「剣を持たないわたしには剣を持ってしまった人間を止める力なんて無いからわたしが剣を持つしかない」

 そう言ってそそのかしたか!

 どうかしてる! しかしどうして責められる? こんな自分のためにやってくれているというのに!

「もう手にくっついているんじゃないのか⁉」

「そう。くっついてるよ。指が離れなくなっている」

「正気じゃない」

「わたしは正気」


 むしろ狂気を感じる。

 あそこのふたり組が仁科さんに『本物と偽物を見分けられる』などと吹き込んだからだ! そもそもアレは真実なのか? 確かに警察署でのことだって医者に行く必要もないくらいのかすり傷で、深見さんが魔剣を手にしてたときよりもぜんぜん軽傷だった。

 けど心臓を突かれることは無かったものの実際斬られたのは自分だけで魔王は斬られていない。ふたり組の言ったことが仁科さんを嵌める罠なら自分はこの場で仁科さんに魔王共々殺されることになる。かなり大声を出せば職員室の誰かには声が届くだろうけど、人間に助けを求めても解決しそうもない。


「水神君とやら、僕はキミに礼節を尽くし問答無用でキミの大事であろう人を殺そうとはしなかったが、ここまで聞けばいいだろ? この女は僕らの敵なんだぜ」

 女ってどの女だ? 仁科さんか、立体映像のふたり組か。

「魔王、ここがあなたの最期の地」立体映像がふたり揃って声を出す。コイツらが元凶じゃないか!

「最期? そんなつもり、あるわけない」魔王は言った。

「みっともない。まだ悪あがきをして生きるつもりですか?」どっちが喋っているか分からない。立体映像が調子に乗りすぎている。

「ところが僕はみっともなくてね。まだ生きたいんだ。まだまだ生きたい」魔王は動揺した様子も見せず言った。

「生きたいのはわたしたちも同じだから!」仁科さんが言った。

 ふいに嫌な記憶が頭をかすめた。また魔王の人質にされたら最悪だ——だが逃げ切れるか?

「邪魔だ女っ! 勇者気取りめ!」魔王が感情を爆発させる。挙動注視。瞬間魔王と目が合う。やはりか! 魔王が動くと同時に逆に斜めに身体をぶつけていた。激しく接触! 両者ともに体勢が乱れる。

「敵かっっ!」魔王の怒気を含んだ声が響き渡る。

「敵ってのは、こっちだああああっ‼」仁科さんの声。視界に仁科さんの背中が入る。自分と魔王の間に割って入ってる。仁科さんに護られてる⁉

「てええええいっ!」その声とほぼ同時、剣が一閃を終えていた。空振り? 女の子には無謀だったか⁉ だがそこに——


 魔王が倒れていた。


 そんなバカな! 当たってもせいぜいカスったくらいなのに。まったく動かない。まさか死んじゃったの?

 死ぬ間際に魔王がなにか言うかと思った。だけど魔王は既に事切れていた。魔王ってこんなに弱いの? これじゃそこらの魔獣とかの方が強いんじゃないの?



 その時だ。

「うわああああああっっっ!」

 熱いっ熱い! 熱い熱い! 自分の中の体中の血が熱湯になったみたいになってる。これは沸騰だ! 仁科さんがなにかを一生懸命に喋ってる。喋ってるけどなにも聞こえない。


 どれくらいそんな調子だったのか——


 或る瞬間から急に血が冷めてきた。それと同じくして興ってきた感情。『誰であろうと殺せるのではないか』という奇妙な万能感。

 でも一方でその感情の任せるままに動くことはできなという理性のようなものも働いていて矛盾が身体の中に同居しているといった感じ————

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