第48話【東王東高校】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
あの倉庫の中の剣入りジュラルミンケース八百個ほどが運び出されるまであと二日。
まだいつものように昼休みを過ごしている。学校の中庭の花壇のところに身を置いている。この日は深見さんの姿は見えなかった。仁科さん……のみが中校舎の壁にもたれかかり暇そうにしていた。少し居にくい雰囲気を感じたけどわざわざ避けるような真似をするのにもなんとなくブレーキがかかっていた。
「やぁ」としか自分は言えなかった。『深見さんは?』と訊こうとしたけど、それはやらない方が良いとすぐに思い直す。
「〝みーしゃ〟はトイレに行ってからって言ってた」仁科さんは聞いてもいないことに答えてくれた。それは当たり前のことなんだけど深見さんがトイレに行くって聞いて少しどきりとする。そう言えばお漏らししてたっけ。まぁ例の剣のせいなんだけど。しかし仁科さんはそんな自分の内心になど気づかないのか話しを自身のペースで進めている。
「水神くんさ、全部終わったと思う?」
あまりにも単刀直入な問い。その時「待った〜?」と遠くから深見さんの声。
仁科さんは自分がなにか返事をする前にもう、用意してたと思われる答えを言っていた。
「きっと何かがまだ起こる。変わったことがあったらわたしに必ず知らせて」と。
それはなにか『勇者』のつもりであるように聞こえた。ただ自分はこうした仁科さんの言うことは決してバカにしていない。なにか嫌な予感がまとわりついて離れないのはこっちも同じ。
「〝みあっ〟、わたしにも知らせてよね」深見さんが言った。
こっちは事件に巻き込まれることに懲りてないみたいだ。
学校からの帰路の途中。次の角を曲がれば自分の家が見える。曲がってドギリとする。
「待ちくたびれたよ」
魔王だった。目の前五メートルに立っていた。倉庫の中にはとうとう現れなかった奴がそこにいた。
「なんの用だよ」昨日〝本物の剣を探そう〟という時には姿を見せなかったくせに。
「あの『呪いの剣』、どこにあるか知ってるの?」魔王が訊いてくる。
「倉庫の中だろ」
「ふん、あれは全部フェイクだ」
「全部なのか? フェイクって偽物ってことだよな? 七九九本が偽物じゃなくてか?」
「八百本全て贋作だ」
「八百本調べたわけじゃないだろ! 調べもしないでどうして分かる?」
「調べる? 感じるか感じないかだよ」
……なにか微妙な体調の変化でもあるのか……コイツは。
「それでどこにあるんだよ?」
「いまはまだ『たぶん』としか言えない」
本物の『勇者の剣』がまだこの辺に手に取れる状態で転がってるってのか?
「なにをしろと言うんだ?」
「一緒に来て欲しいんだよ。本物の剣のあるところまで」
「自分が行ってどうするんだよ!」
「キミの身体には魔王の血が流れているがあの剣の傍にいても何も感じないようだ。そこは間違いないよね?」
「そう……だけど」
「うん、だからね——いっそのことキミにはあの剣の所有者になって欲しいんだよ」
「なに⁉」
「これは実験だよ」
「実験って、他人を巻き込むものか⁉」
「血を分けたんだ、もう他人じゃないだろ?」
「血を分けようが他人は他人だ!」
「いや、もう一心同体みたいなものだ。どうせ彷徨って誰かの所有物になるのならキミが持ったらどうなるか、どうしても試してみたくなったんだよ」
深見さんや仁科さんみたく手から離れなくなってしまう! それだけじゃない、魔王を殺すのがあの剣だ。自分で手にしたら最期、剣によって自殺させられてしまう! その可能性を否定できるか!
「そんなの持ちたくない」
「この指がキミを切り裂くとしても?」
魔王は指先をチャリチャリ鳴らし始めた。
殺す気……か……?
「そんな剣を持たせて。自分がお前を殺さない保証は無いぞ!」
「いいよ、いいよ。キミなら。って言ったら変かな?」
「……変に決まってる」、自分の精一杯の抵抗はこの程度。
「キミはあの剣の所有者に傷を負わされている。なら剣の所有者が自分自身の方が安心安全だと思わないか? ひょっとしたらお互い安寧の日々が訪れるかもしれないし」
そんなの分かるもんか! 口では冗談っぽく言っているがたった今も魔王の目がこの自分の目を射抜いている。コイツの言うことを断ることは自分にはできない……
「返事は?」しびれを切らしたのか魔王が訊いてくる。
「分かった」と答えるしかなかった。コイツに目を付けられてしまったのが運の尽きか。
魔王が半歩ほど先行しふたりでとっぷりと暮れた街を歩き続ける。終始無言。
この後自分は魔王の命令であの魔剣を手に取らされてしまう。不安を少しでも紛らしたいのか知らず口が動いてしまう。
「お前は僕を殺そうとしただろ?」
「なにを言うかと思ったら」
「いいや、殺そうとした。なのにどうして平然と自分の前に姿を見せられる?」
「ものを正確に理解しろよ水神くんとやら。キミを殺そうとしていたのは仁科さんとやらだぜ。剣を誰が手にしていたのか忘れたのか?」
「僕を羽交い締めにしていただろ」
「しかしね、『勇者仁科さん』とやらの剣で僕とキミが一緒に心臓を貫かれていたかもしれないんだぜ。人肉なんて盾にするには弱すぎるよね」
なんだ? コイツは? まさか一緒に死ぬつもりだったって言うつもりか?
「一緒に死ぬ——ね。まぁ一人で死ぬよりは巻き添えがいた方がさみしくないのかもね」
「内心を読んだのか⁉」
「魔力を持っているんだぜ」
内心をなんでも見透かされるなら、と変な勇気が湧いてきたとしか言いようがない。
「あの、さ。あの剣は……その魔王を追ってその、異世界からやって来たんだろ?」
「うん、そうだよね」
「だったら魔王がこの世界から別の世界に行ってくれたら、あの剣も別の世界に行ってくれて、この世界が平和になるんじゃないのかな」
「その言い分はおかしい。あの『呪いの魔剣』こそどこかに行ってくれたらこの世界は平和になる。あの魔剣は剣を手にした所有者にこの僕を攻撃させるが、ある世界から別の世界へと自律的に世界間は移動しない。それをやるのは人間の仕業だ」
「あのふたり?」
頭の中にあったのは立体映像のふたり組の女。
「そうヤツらだ。魔剣の持ち主は剣をどこへなりとも移動させることができるのにどうしてこの世界から剣を引き取らないんだろうな?」
「魔王がこの世界にいるからだろ……そうなると人間が困ったことになるってことだろ?」
「キミは何か困っているか?」
いや……困っているかというと……
「魔王が支配する世界に住んだこと無いから分からないっ」そう言った。
「うん、それは模範解答だ。キミもなかなかだね」魔王に誉められてしまった……再び魔王が口を開く。
「では百歩譲って魔王がここにいて人間が困るとしよう。そして魔王がここからいなくなるその代わり僕の行った先の世界の人間が困るのはどうでもいいわけか?」
「いや、その、それは……」
「とどのつまり僕がここにいると迷惑だから他へ行けということだね?」
どうして魔王なんかに人間性を試されなくてはいけないんだよ⁉
「やれやれ水神君とやら、すっかり返事もできなくなってしまったんだね」
それを言われても尚なにも言えない。
「ま、そもそもその選択肢は選びようが無いから答えようが無いんだけどね」
「どういうことだよ?」ようやく声を出すことができた。
「僕の魔力もかなり減退してきている。ある世界から別の世界に移動するだけの魔力はもう残されていないんだよ。だが異世界転移の賭けはこれまでのところ正解だったと言える」
これが嘘なのか本当のことを言っているのかは分からない。
魔王と歩きながら喋り続けてお馴染みの場所に着いてしまった。
「着いたぞ。ここだ」
またここなのか……
「東王東高……」思わず声に出してしまった。
「振り出しに戻っているってことだ」魔王が言った。
自分たちふたりは暗闇の中の東王東高へと潜り込む。職員室の電気が点いているのが見えた。変な安心感が涌く。そのせいかためらわずまっすぐグラウンドへ向かえた。その真ん中を目指して。夜間照明施設が無いのでもはやこの時間グラウンドには誰もいない。
魔王は無言で周り三百六十度を見渡す。
「あった……」と魔王は短く言った。
地面に一本、棒が突き刺さっているのが夜目にも確認できた。しかしそこはグラウンド上ではあるけれど中心からはかなり外れた端。だけどあの日と同じようにまっすぐ地面に突き刺さっていた。
「なるほど、なぜ八百本ものフェイクが必要だったか分かった」魔王が言った。
「どういう意味だ?」自分は訊く。
「〝この一点〟と決めて狙ってピンポイントで送ることは不可能らしい。だから数を打てばの論理で八百もフェイクを送りつけたんだ」
「そんなことしないでとっとと取り戻せば良いものを」
「とっとと取り戻したら証拠物が警察署の外に持ち出されたと警官達に気づかれるからだろう。でないとすり替えられないからな」
「すり替える? どうやって警察署の中に忍び込んだんだ?」
「キミは思考力が無いのか? どんな世界にでも物を移動させることができる連中だ。いったん取り返して、再度この世界へ送りつけた、ってことだ。本物が八百本の中にあると見せかけたいんだ」
「なんのために?」
「水神君とやら、少しは考えろよ。警察の内部から『証拠物』が持ち出されたら警官隊が大鳴動して動き始める。その頭数がことを為すのに不都合だと考えた——ってところか」
「その『ことを為す』ってのはどういう意味だよ」
「奴らは〝魔王殺し〟を諦めてはいないってことだ」
「そういうことなら封印ってなんだよ! 最初から警察署なんかに封印できる可能性ゼロだったのならこの事件の意味はなんだ⁉」
「いいや、封印はほとんど成功している。封印ってのは使えないようにするっていう意味があるんだぜ」魔王が言う。
「意味がまったく分からない」
「ただでさえ体調がすぐれないのに長々と——しまった!」突然魔王が叫んだ。
「キミが不毛なお喋りに巻き込むからだ!」
グラウンドの中心からかなり外れた位置に刺さっていた剣。黒い影がその剣に手を伸ばし既に掴んでいた。誰かに先を取られた! こうなれば次に起こることは予測できる。あの剣を持った人間がこの自分かあるいは魔王に突進してくる。そう、殺すために————
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます