第47話【湾岸の貸倉庫】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
自分たちはお巡りさんの私用車のワゴンに揺られある場所へとたどり着いていた。そこは東王東高から二キロほどの港湾道路沿いのとある倉庫。その中にいた。
もちろん無断立ち入りじゃない。警察……というかお巡りさんの立ち会いの下、倉庫の中にいる。薄暗い蛍光灯に照らし出されただだっ広い中はコンテナが積み上がっているだけ。倉庫の中なんて生まれて初めて来た。
お巡りさんが言った。
「たまたま空いている倉庫があってね。このひとつひとつのコンテナの中にジュラルミンケース、もちろん中はあの剣だけど、が積み木のように重ねられて収納されている」
お巡りさんは一旦話しを区切る。どうもスーツ姿は馴染めない。
「どうだろう? 最初の一本、つまり本物ということだけどそれを見つけ出せそうかな?」
「誰に訊いているんだ?」村垣先生がお巡りさんに尋ねた。
「ふたり、つまり水神くんと仁科さん。特殊な力かなんかで本物が分かるんじゃないかってね。例えば本物が光って見えるとか」
竹取物語の発光竹みたいなノリだろうか。
「全然なにも分からないよね」仁科さんが言う。
「ともかく一周ぐるりと廻ってみてくれないかな。ここには送りつけられた全ての剣がある」お巡りさんが言った。
五人でぞろぞろと薄暗い倉庫内を歩いていく。蛍光灯下のコンテナはどれもこれも普通のコンテナにしか見えず、お巡りさんが言ったような本物が入っているコンテナが光って見えるとか、そういう様子で見えたりはしない。それでも何かが分かるか、と歩き続ける。
しかしなにも見えてこない。感じもしない。
「ダメです。分かりません」自分は言った。次にお巡りさんは〝或る一つのコンテナ〟の前に自分たちを誘導した。
「このコンテナ。このコンテナには保管庫の中に散乱していたジュラルミンケースがひとまとめにして入れてある」
「どういうことです?」仁科さんが尋ねる。
「つまり本物の剣のある部屋、その中にあったジュラルミンケース。どう? 何か他のコンテナに比べて違いを感じるとか、そういう感覚はありますか?」お巡りさんは訊いた。
これまたまったくなにも感じない。
「いや、特には」「わたしもです」。自分と仁科さんがそれぞれ答えた。
「すると本物がこの中にあるとは言えないのかなぁ……」とお巡りさんが誰に言うでもなく独り言のように言った。
「そうは言うがここのコンテナのどこかに本物があるのは確実なんだろう?」村垣先生が問う。
「一本ずつ箱を開けて握ってみるしかないのかなぁ」深見さんがとんでもないことをサラリと言ってくれる。
「なに言ってんの〝みーしゃっ〟! この剣はどこの異世界から届けられたか分からない剣だよ。どの剣を握っても手にくっついて離れなくなるかもしれない!」仁科さんが即座にその提案を否定した。
「そうです。確かに『一本ずつ柄の方を握ってみる』それが確実なんですけど、その一番手っ取り早い方法は署員があの現場を目撃してしまったため誰も試そうとしないわけでして」お巡りさんが答えた。
「だらしないな。警察も」村垣先生が言った。
「センセイ、無茶言いますね。警察でなくてもあってもやる人なんていませんよ。試せば確実に不幸になると、もう分かっていますから」お巡りさんが応酬した。
「手にすると確実に持ち主に不幸をもたらす剣……、なんかさ、魔術的な響きがあるよね」深見さんが相変わらず深見さんらしいことを言う。だけど苦笑いもできない。そんな不幸をもたらす剣に好きこのんで近づいている自分たちってなに? と思ったところで変な考えだけは浮かんできた。
「警察署をこのケースでいっぱいにできたのならこの倉庫だって同じようにできるはずですよね」自分はそう言っていた。
「確かに理屈はそうなる」お巡りさんは言った。「——しかし現状はそうなっていない」とも付け加えた。さらにお巡りさんは語る。「——時間が強制的に『そうした心配をする意味』を消すのかもしれない」
「じかん?」仁科さんがおうむ返しに言っていた。
「あと三日です。三日間なにも起こらなければこの倉庫で警察署と同じことが起こるとは言えない」お巡りさんが言い切った。
「事件がそんなに短期間に解決しますか?」思わず自分から糺すような声が出た。
「どうして四日後に問題が解決するんですか?」仁科さんも同じような調子で訊いていた。
だけどお巡りさんの口から出たことばはあまりにも現実的なものだった。
「解決はしないよ。倉庫の賃貸料というものがあるからね。いつまでもここを借りてはいられない」そう言った。
「このケースの山をどうするんです?」自分は訊いた。
「リサイクル業者に引き渡す」お巡りさんが答えた。
「ちょっと待て! これらは金属ゴミか⁉ 警察があの剣を責任を持って預かるんじゃなかったのか⁉」村垣先生が詰問する。
「だから本物だけを見つけ出す方法がないか思案しているんです」お巡りさんが言い返す。
「要するに持ち主にならないで本物を探せばいいってことよね?」深見さんが真面目に答えていた。待てよ、そうか!
「ひとりだけそれが可能な人物がいるんじゃないかな?」自分が言った。「——あっ、まあ人じゃないかもしれないけど」と、すぐに補足説明した。それで合点がいったのか仁科さんが、
「魔王?」と、その名を口にする。
「そう。何万回と本物を見てしかも何万回と戦ってきたのはあいつだから」自分が答えた。
「いや、ゲンセツ、ちょっと待て。それは理屈はそうでも、そんなヤツを呼び出すのはどうかと思うが」村垣先生が言う。確かにそう。だけど自分らじゃ本物の判別がつかないと分かった以上はこの方法しかない。どうしても本物を見つけたいのなら——ばの話しだが。
「しかし、アポの取り方も分からないのでは……」お巡りさんが言う。確かに魔王は気まぐれで現れるだけで、こちらから呼び出す方法は無い、というか知らない。
「呼び出すためには取り引きが必要……」言ったのは仁科さん。深見さんじゃなくて?
「仁科さん、魔王と取り引きするつもりなのっ⁉」自分の声は上ずっていたかもしれない。
そんなのはやめておいた方がいいに決まってる。
「わたし達は肝心なことを考えていない」自分の上ずった声についてなにか言うでもなく仁科さんは話し始める。
「と言うと?」とお巡りさん。
「本物の剣を見つけても堂々巡り。同じことが繰り返される。本物の剣をわたし達はどうしたらいいんだろう?」仁科さんが言った。
「そうだ、そうだよ。八百個も同じ物を送りつけて送り主は僕たちをどう動かしたいんだろう?」そう自分も言っていた。
「そうっ水神くん。このダミーの山は警察署から外へと本物を搬出させるため。その目的は達した。後は本物を手に取らせて魔王を倒させるだけ」さらに仁科さんが言った。
だとしたら『本物がどれか?』と訊くのは魔王じゃない。送り主だ。それはたぶん確実にあのふたり組だ。
「まさか仁科さん、その身勝手な期待に応えようなんて思ってないよね?」自分が訊いた。
「わたしは『いっそのこと』って思ってる」仁科さんが言い切った。
「『いっそのこと』の後はもちろん『何もしない』って続くんだよね?」自分が念を押す。
仁科さんは少しだけ微笑む。
「凄い。通じちゃった」深見さんが唐突に妙な感心の仕方をする。
「もし金属リサイクルが可能なら万事メデタシだが」と村垣先生が言った。
「それであの剣が消えてくれるのでしょうか?」お巡りさんが疑義を呈した。
その答えはおそらく決まり切っているだろう。
「消すことなんてできないと思います。だけど本物はあぶり出されるんじゃないかな。なぜか熔けなかったりとか」自分は言った。
お巡りさんが苦笑いをしながら言う。
「まあ見つけ出す方法も分からないし、そう言われてしまったら仕方ありませんね」
「リサイクル業者の人が犠牲にならないように言っておかないといけませんよね」仁科さんが言った。
しかし業者の人がこんなことを言われて信じるんだろうか?
「剣を持つときは直接持つのを避け道具を使って持つか、やむを得ず手で持つときは柄ではなく刃の方を持つようあらかじめ周知徹底させるように図ります」お巡りさんは言った。
「オイ、警察が不祥事を隠すのを手伝わせるつもりだったんじゃないだろうな」またも村垣先生が詰問する。
「言っておきますが警察のミスでこの事態が起こったんじゃありません。不可思議な未知の力によってこうなったんですよ」
この中に確実に本物の剣がある。だけどどれが本物かは分からない。それなのにこれをリサイクル業者の人に渡してしまうのは正しい判断のように思えない。確かになにかを隠ぺいしているような気がしなくもない。とは言っても今さら自分が倫理や道徳を口にしても仕方がないとも思ってしまう。お巡りさんが腕時計に目を落とす。
「いつまでもここにいるわけにもいかないですね。解散としましょうか」
そう言うや出入り口の扉へくるりと身体を向けた。自分たちもそれに倣うように出入り口の方へと身体を向け歩き出す。いったん東王警察署へと戻りそこで解散だろう。
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