第46話【恐怖の宅急便】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
それからしばらくの間なにごとも起こることない日が過ぎていっている。だけど厳密にいうと今まで起こらなかったことは起こり続けていた。昼休みは深見さんが仁科さんを伴ってたびたび自分のところに来てくれる時間帯になった。
もうすっかり『仁科さん』なんだな。心の中までもすっかり『さん付け』になっていて、それにすっかり馴染んでしまっている自分がいる。仁科さんのおかげで深見さんとも再三再四再五それ以上会話を重ねることができていた。
そうなのだ。あくまで深見さんが仁科さんを伴っているのだが、仁科さんのために深見さんがこの自分のところに来てくれるのだ。つまり仁科さんがいなかったら深見さんとも会話できなかった。
傍目からは実にウラヤマシイ光景になるんだろうけど。深見さんの意図するところはどうも仁科さんと自分との間を取り持っているつもりらしいことはなんとなく分かるけど、それに気づかないフリをし続けている。
そうした他愛のないお喋りの場所は決まって学校の中庭。晴れれば日当たりの良い花壇のところにいるとこの時節は日なたぼっこ状態。自分は『彼女(仁科さん)の気持ちがたまたま心臓を外してくれた』という魔王の警告を無視し続けているのかもしれない……
「平和になったねー」深見さんが言う。
「そうだよね」仁科さんが言う。
平和を否定したらダメなんだろう。だけどやはり魔王のことばが心に引っ掛かり続ける。平和を望んでも仕掛けられれば簡単にそんなものは吹き飛んでしまうのではないか——
「その後魔王はどうなったろう?」、自分は言った。魔王を見かけるどころか会話してしまったことは隠す。
「見かけたのあの一度だけかな」「わたしは一度も……」。深見さん、仁科さんの順に答えが戻ってきた。
その時だった。見知った人物の横顔。極めて早足であっという間に渡り廊下を歩いていった。スーツ姿で一見若手教師風だったけど、違う。
「いまの人お巡りさんの中司さんじゃなかった?」深見さんが言った。
「見てなかった」仁科さんが言う。
「水神くんは見た?」深見さんが僕に尋ねる。
「見た」
なんだろう……魔王でもなく立体映像の女でもなくお巡りさんがこんな所に来るなんて。お巡りさんのなのに、なんだこの胸騒ぎは————
「ひょっとして校内放送で呼び出されるかも」仁科さんが言った。
「確かにそうだ」自分もそう言った。
「じゃ聞こえるトコ、教室に行った方がいいよね」深見さんが言った。教室へ戻るとなると深見さんたちと一緒にいるのは今日はこれでお終いか——
仕方なく自分は教室へ戻った。だけどなんにも放送なんて無かった。
————ヘンだな。
この学校でお巡りさんが行ったとすれば、じゃなく行ったんだろうけど、行き先は村垣先生のところ以外あり得ない。村垣先生に訊くしかないのか。
ホームルームが終わり放課後、自分は一目散に職員室へ。
おっと! 深見さんに仁科さんっ! ぶつかりそうになった。同方向へ歩いていた。考えることは同じってことか。思わずこっちから声を掛けてしまった。
「水神くん」先に反応してくれたのは仁科さんだった。
「やっぱり職員室?」と廊下を早足で歩きながら訊く。
「そう。なんか、警察署の方であったとしか思えない」また仁科さんが答えた。
嫌な、とても嫌な予感がする。
職員室に突入すると村垣先生もほんの少し前に職員室に戻ったところらしく、いま正に椅子に座ろうとしていた。そこへ直行、仁科さんが真っ先に問うていた。
「先生、どういうことです?」
「なんのことだ?」村垣先生はとぼけたような答えをする。
「昼休みにあのお巡りさんを見ました」自分も言った。続けて深見さんも、
「わたしも見たんですけど」と言った。
村垣先生は苦い顔をしながら
「そのことなら面談室へ行こう」とその部屋の方を親指で指差した。
面談室の中に入るとあの日のことをどうしても思い出してしまう。あの日から全てが始まっている。村垣先生は渋々打ち明けるといった調子で語り始める。
「あの『中司』という巡査が今日の昼休みに来た」
「今日は制服着てませんでしたよね?」自分は訊いた。
「ひょっとして刑事になったとかっ?」と深見さん。
「いや別に出世してない。背広着てたがあれは私服であくまで『内々に』、ということだそうだ」
「なにか事件でも?」と再び自分が訊く。
「なんか妙なことを言ってた。『物理的ディー・ドス攻撃』を受けたとかなんとか」
「なんですかそれ?」
「つまりモノを大量に送りつけられたんだそうだ」
「警察署に?」
「そう言っていた」
「なにを送りつけられたんですか?」
「ヤツが言うにはジュラルミンケースが約八百個、だそうだ」村垣先生は言った。
頭が真っ白に。
それはどんな光景? 想像力が追い着かない。署内は大混乱になっていることだろう。
「送り主は当然不明ですよね?」
「なにしろジュラルミンケースには宅配便の伝票など付いていないそうだからな」
「たぶん差出人は立体映像の人だよ」と深見さんが言いだす。
「どうして?」仁科さんが訊く。
「宅配便も使わずにモノを届けられるのはあの人たちだけだから」と、さらに深見さんが答えた。
「水神くん、覚えてる? ジュラルミンケースの中身を」今度は仁科さんが自分に訊いてきた。
「忘れるわけないよ。その中に封印したんだから」自分は言った。当然全てのジュラルミンケースの中にはアレが入っているに違いない……
「そう、仁科君が察したとおり送りつけられてきた全てのケースの中に『例の剣』とまったく同じように見える剣が入っていたってことだ」村垣先生が深刻な顔をして言った。
「八百人分の剣……」思わずつぶやいていた。
「俺が、欠陥品の剣を造り直せなんて言ったからか……」深見さんが伝染ってしまったのか村垣先生が妙なことを言っていた。
「あの、お巡りさんはそれでなんのためにここに来たんでしょうか?」と自分が訊く。
「アイツめ、我々に捜査協力しろということらしい」
憤懣やるかたないといった調子で村垣先生がお巡りさんをなじった。
「あのお巡りさんのことだからなにか推理みたいなものを言っていたでしょうね?」
「ゲンセツ、勘が良いな。そう。ヤツは二通りの解釈をしてみせた。が、あるいはその両方を目的としているのかもしれない、などと訳の分からないことを言っていた」
「というと?」
「いまさっきゲンセツが言ったとおり、八百人分の剣を送りつけてきたという解釈だ。つまり八百人で魔王と戦え、と」
「警察官がですか?」
「そうでなけりゃ警察署には送らないだろう」
「もう一つの解釈は?」
「ことごとくまったく同じ剣入りのジュラルミンケースが大量に送りつけられた。しかも宅配便が運んで来るわけじゃない。署内の至る所に『剣入りジュラルミンケース』置かれてしまった」
「やっぱり先生も異世界から来たって解釈なんですか?」
「そう。人間が運んでくるわけでもなく突如としてそこに存在し始めた物だと聞けばそうなってしまう。言ってて素っ頓狂だがな。ここに移動でもしなけりゃできん話しだ」
村垣先生が異世界を肯定するなんて……それだけ事がおおごとだってことか。
「——しかし相当タチが悪い送り方だったそうだ。まるでぶん投げて放り込まれたかのように置かれているので室内がメチャクチャになってしまってどれが本物のケースか分からなくなってしまったそうだ」
「ええっ⁉」
「保管庫の中もメチャクチャ。ジュラルミンケースだらけだったそうだ」
「でも分類のためのシールとか貼ってあって区別がつくようにされているんじゃないですか?」
「それもそっくりそのままだそうだ」
完璧な偽造ってことなのか。村垣先生はさらに話を続ける。
「——ヤツの推理ではどれが本物かを解らなくすることが目的じゃないか、ってな」
〝勇者の剣〟の偽物……
「——とは言っても保管庫の中に放り込まれていたケースの数は限られるから八百分の一という確率ではないのかもしれないが、それでも百ケースくらいはあるそうだ」
しかし仮にどれが本物か分からなくしたとして、いったいなんのためにそんなことをする? 皆目見当がつかない。
「それでお巡りさんは僕たちになにをどう協力して欲しいんでしょうか?」
「偽物と本物があるという前提に立ち、本物がどれかを調べたい、という話しだ」
本物と偽物があるというこの考え方の方が合理的だ。今までの経緯から本物は一本だけのはずなんだ。八百人分もの〝勇者の剣〟があるわけがない。
「でもそんな話しは僕らのところに届いていませんが……」
「当たり前だ。この俺が断った」
「どうしてです?」
「ヤツは制服を着てこなかった。つまり正式な要請じゃないってことだ」
「なぜ正式な要請じゃないんでしょうか?」
「さあな、警察の上の方がそんな魔法の剣の調査などバカげていると考えているんじゃないか? 正式な要請じゃないから断ったんだ」
確かにあんなものにはもう関わらない方が身のためだろうというのは間違いない。
「しかしヤツは脅し文句を俺にしていきやがった!」村垣先生が声を荒げた。
「どんな文句です?」
「もうあの剣の保管は警察署の中ではやらないんだそうだ。どこかに保管のための施設を借りて一時保管し、適当な時間が過ぎたら廃棄するんだと」
「それじゃああの魔剣がまた野放しってことじゃないですか‼」仁科さんが叫ぶように言った。
「そうだ。それを防ぐために協力を求めたい、んだとさ。まったくふざけている」
なんだかマズイ方向に話しが行っている。でも自分たちにだってどれが本物か分かるわけがない……と考えるのが普通だけど、魔王の血を輸血されてしまった自分、天才勇者かもしれない仁科さんなら分かる、と踏まれたんだろうか? そういうのを期待しているんだろうか? かなりアレな話しだけど。
だけど仁科さんに剣を持たせてしまったらこの自分の安全はどうなるんだろうか……?
「わたし協力します!」そのいかにも深見さんが言いそうなセリフを言ったのは深見さんじゃなかった。仁科さんだった。
「ええ? 〝みあっ〟、どうして⁉」と深見さんの方が言っていた。自分も同感だ。
「だってその剣が誰かの手に渡ってしまったら水神くんが危なくなるんじゃないの?」
この自分のため? こんな自分のために危険を承知で? 確かに寸分のためらいも感じさせず仁科さんはそう言った。しかし確かにそうなんだ。誰であろうと人の手に握られたらこの自分が危うい。だけど言ってしまっていた。
「止めておいた方がいいよ! 危ないよ!」と。
「そのセリフはわたしが水神くんに言うことだよ。ここで関わるのを止めてあの剣を彷徨うに任せる方が危ないから」
これは罠だ! そう言おうとしたが言えない。なぜそこまでしてくれるのかと思うけどここまで言ってくれたのにこれを否定することは心を踏みにじるような気がしたから。
「俺としてはそんなものに首は突っ込んで欲しくはないわけだが……」と村垣先生が口を開く——が、「そういうことなら俺も行く!」と続けてそう言い切った。
「わたしもねっ」深見さんも言った。
ここに再びこのチームが結成されたのだ。このパーティは再び動き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます