第45話【いま再びの魔王との遭遇】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 だが、放課後の校内、突然奴は目の前に現れた。靴箱に寄っかかっている。あのグラウンドでの襲撃の日と同じようにコイツは公然と学校に忍び込んで来る。どうして仁科さんではなく自分の目の前に現れたのかはまるで分からない。


「まだいたのか?」僕は言った。

「警察署というのは封印するにしてはヌルいところでね。いまひとつ信用できない。だから近くで監視している」魔王は言った。

 お前が封印場所にしたのがそこだというのにな。

「いったい普段どこにいるんだ?」

「僕の住所を知りたいのか?」

「別に知らなくてもいいけどなんとなく気になったから」

「それはどーも」

「ところでキミ、近頃あの『仁科さん』とやらと仲良くしているようだけど、どうして危険人物に積極的に近づくんだい?」

「どうでもいいだろ」双方の立場で互いに互いを危険人物と認識かよ。

「仁科さんに近づかない方がいいんじゃないの? いろいろ危なさそうだし」魔王が抑揚の無い声で言った。

「どうして?」

「キミは魔王の血を汲む者で、仁科さんは元勇者だから」

 勝手に血を入れられて『魔王の一族』にされてしまったらかなわない。


「しかしあの剣を持っていないなら元勇者なんかじゃなくてただの人だろ?」

「さあ? 警察署では僕はキミの真後ろにいた。つまりキミの心臓を刺し貫けば自動的にボクの心臓も貫かれていたんだ。しかし仁科さんは心臓を外した。あの剣を握りあの至近距離で外せるってのはかなり強引な力で剣の持つ力をねじ伏せたと言える。百万以上の勇者と戦ってきたけど剣に操られない勇者は見たことがなくてね」

「だから危険人物なのか?」

「そうだよ」

「バカバカしい。自分の心臓を外してくれたんだ。仁科さんが再び剣を持つようなことがあったとしても自分にとって危険は無い」

「それは、キミが仁科さんの希望に応えられている間は……だろ?」魔王は言った。

 希望……だと?

「心配するフリをしているようだけど、この自分を仁科さんに殺させようとした奴に言う資格があるのか?」自分はそう言ってやった。

「つまり災いの方から近づいてきていても平気だと」魔王は薄笑いをして言う。


 『災い』とはどうやら仁科さんを指しているらしい。災いはお前そのもののくせに。


「災いと言うな」そう言い返した。

「へぇ、彼女をかばうんだ?」

「いや、別にかばうとかは……」

「とにかくその仁科さんになにかしたりしないだろうな?」

「ずいぶん彼女に優しいんだ?」

 いや、これは深見さんに頼まれたからというだけで——ともかく、

「なにもしないよな?」自分は念を押すように訊く。

「あの勇者の剣と称される魔剣を手にすれば誰でも僕を襲撃してくる。逆に言えば手にしなければ僕を襲撃しようなどと誰も考えない」

 これは約束したと解釈していいのか……? しかし『魔王が約束したから大丈夫!』などと、どの顔して仁科さん本人に言える? 魔王の口約束などそんなものだ。

「しかしどういうわけかキミは仁科さんとやらに執着するようになったみたいだな。少しでも長い間彼女の近くにいたいと思ってる。となると僕とキミは利害関係が一致していると言える」

 近づくな! と言ってみたり、近づくのは好都合と言ってみたり、どっちだ⁉

「それはどんな利害だよ!」そう口にも出る。

「彼女に剣を持たせるな。持たせればその剣を持った彼女はキミを殺す可能性がある。彼女の気持ちがたまたまキミの心臓を外してくれたが、人間の気持ちなんて揺れるものだからな、次はどうなるか——安全という確証は無い。なにしろキミの身体の中には未だに魔王の血が流れている」

「ならその血を返す」

「残念、一度入れたら戻せない」

 ふざけやがって!

「仁科さんの剣は本物の魔王を襲うんだろ? いくら血が入っていると言っても偽物の自分には反応しない」

「へぇ、まさかあの魔性の女の言うことをそのまま口にするとは」

 魔性の女、あの立体映像の女のことか——黙ったままでいると魔王の方が口を開いた。

「言っておくが反応はしてるよ。ちょっとだけみたいだけどキミあの剣に斬られただろ? キミ以外の者が斬られたか?」

「魔王であるお前は斬られていないってのか?」

「そうだよ。こちらの世界ではね」

 魔王は真実を喋るのだろうか? 〝斬られたのは自分だけ〟。これに不吉な予感を感じてはいた。だけど魔王には、

「人を盾にしたからだろっ!」という返事をしてやった。

「この際僕の身よりキミ自身の身を考えるべきじゃないかな?」と魔王が言う。この自分の言う嫌みなど何処吹く風、こたえている様子が無い。

「要するに現状を維持すればいいんだろ」半ば投げやりなことばが口から出た。

「でもこれだけじゃ済まないような気がする」魔王が言った。

「どういうことなんだよ?」

「平和主義者が切望する平和など得てして訪れないものさ」魔王はそう言い残すと微笑みながら去っていく。後などつける気にもならない。どうせ不可能だろうし。


 いったいアイツはなんの用事でここに来たんだ? 自分と仁科さんの間をどうしたいんだ? だいいち魔王が平和主義者であるわけないし。

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