第44話【街で魔王を見たんだけど】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


          ◇

 『終わった』なんて思う方がどうかしていた。その根拠は深見さんの奇妙な行動だった。


 連休が明けた火曜日、昼休み。自分のクラスに深見さんが来てくれた。ろくに口をきいたこともない同じクラスの女子に名前を呼ばれ教室の入り口の方を見てみると深見さんが立っていた。


 い? 驚いた! こんなことが起こるなんて。この自分が深見さんと終わっていない?

 足下がおぼつかなくなるような妙な感覚のままふわふわとそこへ行く。


「水神くん、少し長い話しになるんだけどいいかな?」と深見さんは言う。

 もちろん断る道理なんて無い。

「じゃあ廊下へ」そう自分の口が言っていた。

「えーと、どこがいいかなあ」なんて言いながら深見さんは歩き続ける。渡り廊下を越え靴箱の方へ。

「そうだ! 中庭の花壇の所にしようよ」などと言ってきた。

 外に出るのか……でもさっきから気になっていることがある。

「今日は仁科さんは?」

 いつもべったりくっついているあの女子が今日に限っていない。

「あぁ、〝みあ〟ね。不安がらせないようにしたいんだよね」

 なにか嫌な予感がする。

「不安になるようなことがまたあったの?」と訊いたが深見さんは上履きを自分の靴箱に入れ靴の方を手に取っていた。

「ほら水神くんも」と僕を急かす。

「うん」と応ずるしかない。自分も自分の靴箱のところで靴に履き替える。横で待っていてくれる深見さん。だがこの後そういう良い話しは待っていそうにはない。


 自分と深見さんがふたり花壇の所に歩いていく。

「実はね、『魔王』を見かけちゃったんだよね」

「え?」

 それは人がいるところでは口になどできないような話題。だけど自分には通じた。妙な感動がこみ上げる。それは深見さんに相談された、ってこと。


「アイツはまだこの辺をウロウロしているのか?」自分は訊いた。

「そうだよ」深見さんは短く返事した。

「向こうは深見さんに気づいたの?」

「たぶん『ううん』かな。遠くから見ただけで。でも魔王だから分からないけど」


 魔王がまだこの辺にいる。あり得ることだ。なにしろ『魔王』を名乗るあの男が警察署の玄関から出て行ったところまでしか自分たちは見ていない。異変はまだまだ終わっていないということか?


「ねぇ水神くん、どうしたらいいと思う?」

 どうしたらって? いや、改めてそんなこと訊かれても……

「深見さんはなにを心配してるの?」

「〝みあ〟のことだよ。ほらなんか本物の魔王の血が分かる能力があるらしいとか、映像だけの人たちが言ってたし」

 あの無責任極まりない立体映像のふたりか。

「仁科さんはその魔王を見たの?」自分は訊いた。

「いや見たとも何とも言ってないけど……」

「じゃあ一応見たとおりに知らせた方が良いのかな。なにしろ危険人物だし」と提案した。

「でも余計な不安を与えちゃうかも……」

「なら黙ってた方が良いんじゃないのかな」と提案を修正した。

「でも危険人物がその辺をうろついているのを知っていて知らせないのはどうかなって、思うんだけど……」

 どっちですか?

「あのさ、いま水神くんは『危険人物』って言ったよね?」

「そりゃあの魔王は自分を殺そうとしたくらいだし自分にとっては完全に危険人物だから」

「でもさ、魔王の側から見て〝みあ〟は危険人物だよね」

 背中になにかがぞっと走るようなセリフだった。深見さんいったいなにを……?

「それは……魔王に不都合な能力を持っているからってこと?」

「そうだよ」

「そんな能力があるなんて嘘じゃないのかな」と言ってやった。それを喋った奴って人を騙して勇者に仕立てるのが上手いらしいし。

「どうかな」と深見さんは言う。なんかどうも『選ばれし運命の者』の話しを信じるらしい。深見さんらしいけど。

「しかし仮にそれが本当だとして、それはあくまであの『呪いの剣』を握った仁科さんが危険なんだろ———?」

 その剣は今はもう警察署に封印されているじゃないか、と自分は言おうとした。

「剣を持っていない〝みあ〟は簡単に殺せるよ」

 深見さん……どうしてこんな? 考えを持っている? いや考えられる? しかしこれは言われてみればその通り。これほど合理的な考えもない。武器を持っていない勇者ほど狙い目の存在はない。

「……深見さん。それは言っちゃダメなんじゃあ」

「でもわたし不安で」

「とにかく魔王を見たかどうかくらいを、それとなく訊くとかまでに限るとか」

「感づかれるよ。〝みあ〟ってカンがいいし」

 なにを感づかれるっていうんだ?

「言ってることが分からない」

「問題の解決方法だよ」

「どうすれば解決するっての?」

「あの剣で魔王を殺す」とんでもないことを深見さんは口走った。

「ちょっと待った! あの剣は警察の証拠品として押収されちゃったんだ。一般人の僕らが取り返せるわけがないじゃないか」

「それじゃあ〝みあ〟を守る方法が無いよ!」

 確かに無い。が、あの魔王と取り引きできるだろうか? 剣の無い仁科さんは無力で人畜無害だからどうか殺さないでくれ、と。いや、そんなことは通じそうもない。自分と親しげに話しておきながら自分を仁科さんに殺させようとした奴だ。

「だけど仁科さんを守れるのは本人だけだ」

「そんな! 水神くんは助けてくれないの⁉」

「だってあの剣の使い手は仁科さん本人だって立体映像の人が言ってた。それが本当なら仁科さんに魔王を殺してもらうしかないってことになる」

「男の子が女の子を守らないの⁉」

 うっ、なんてひどい言い草だ。でも……こう言いたくもなるんだろう。

「取り敢えず落ち着こう。今のところ魔王はその辺を歩いているだけなんだろ? 仁科さんに危害を加えるつもりならとっくにもうなにかをやってるよ」

 深見さんは力なく、でも一応うなづいてくれた。

「だけど肝心なことを決めてないよ! その魔王がその辺をうろついてるの〝みあ〟に知らせた方がいいの? 知らせない方がいいの?」

 軽率に答えるべきでない質問だった。でも——

「報せるしかないだろう」そう答えるしかない。間違っても『放っておこう』はない。

 しかし自分はなにをやってる? 深見さんになんの脈も無いのは分かっているのに。

「実はもうそこにいるんだ」

 へ?

 振り向いて深見さんの指差す方向を見ればそこに仁科さんが立っていた。浮かない顔をして。——これって最初からふたりで打ち合わせていたんだ。

「ふたりだけで話してたら誤解されちゃうからね」そう深見さんは言ってくれた。その誤解が本当だったならな……。深見さんは仁科さんのところに駆けていく。

「みあっ、水神くんからアドバイスもらったから」

 『報せるしかない』がアドバイスであるものか。この深見さんとの会話は『魔王を見かけた』という事実をこの自分に伝えるという意味しかないものだ。この様子だとおそらく仁科さんは魔王のことを知っているに違いない。深見さんも少しひどいよな。まぁ黙っておくけど。


「やっぱり」そう仁科さんは言った。

「『やっぱり』って、〝みあ〟はあの魔王がどこにも行かないって思ってたの?」深見さんが訊く。

「なんとなく」

「〝みあ〟に、なにかやろうとしてないの?」

「いまのところは」仁科さんは答えた。

 いまのところは、か……

「なにか変わったことがあったら絶対にわたし達に相談してね」

「たち?」

「そうだよ! 水神くんもだよ。『報せた方がいい』って決めたの水神くんだから」

 エーっ⁉ 深見さんのせいで仁科さんがじっと自分の顔を見ている。なにか言わなければならない雰囲気。

「えーと。事実がなにかを知らないより知った方がいいかなって思ったから……あの、でも知ってもどうにもならないこともあるけどでもそれでもそう思ったから……」ってなにを言ってるんだ⁉ 説得力がまるでないっ!

「ありがとう。水神くん」

 はぃ?

「なにかあったら必ず相談するから」

 仁科さんは確かにそう言った。自分に相談してもどうにもならないと思うのに……昼休みの予鈴のチャイムがいま鳴り始めた。


 午後の授業。授業中にもかかわらず身が入らない。

 魔王の奴、なんだってまだウロウロしているんだ? 普通に考えてなにかこの世界に気がかりなことがあるからうろついているんだろう。しかし目的はなんだ? なにか特別な才能があるらしい仁科さんの命か? いや、それが目的ならとっくにやってる。

 魔王が殺そうとするのは現状『あの剣』を持っている人間だけのはずだ。現状持っていない仁科さんを狙うはずがない。

 ……とは言っても相手は魔王だから、今後も絶対に安全とは言えない……



 それから五分くらい時間が経ち思いついた。思いついてしまった。


 まさか、標的は自分? 魔王の血を入れられた自分は魔王の強敵になり得るから自分を狙うためにまだうろついている? しかしこれだってそのつもりがあるならとっくにやっているはず……

 堂々巡りの考察が約十分ばかり続いた後、結論らしきものに行き着いた。


 結局ほんとうのところはあの魔王に訊かなきゃ分からない。だけど自分を殺そうとしたあんなヤツに近づきたくはない。向こうから来る分には追い返す方法が無いから仕方ないけど、絶対に呼び寄せたくはない。まぁ呼び寄せ方なんて知らないんだけど——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る