第43話【魔剣封印。パーティ、解散の時】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


「オイ」と、村垣先生が数いる警官の中からお巡りさんに声を掛けていた。

「どうしました?」とお巡りさん。

「この剣の今後のことだがな、ちゃあんと警察で保管しておくんだろうな? 警察って証拠品を無くしたりするからな」

「巡査に過ぎない本官が言ってしまうのもなんですが大丈夫です。確実に永久保管します」お巡りさんは言った。

「あんた達、あんた達にも頼むんだ。しっかりやってくれよ」村垣先生は階級の上も下も関係なく全ての警察官に大声を出し言っていた。さすがに誰も否定的なことは言わない。その沈黙をもって「大丈夫だと信じてるからな」と村垣先生はさらにダメを押した。


「よおっし、これで大団円だ!」村垣先生が宣言した。

「先生、先生っ」と深見さん。

「なんだ?」

「これで本当に解決なの? なんか水神くんの中に〝魔王の血〟が入ってるとかいうのは解決したの?」


 深見さんっ、心配してくれたんだっ!


「ちょっと〝みーしゃ〟っ」と仁科さん。

 う〜んと村垣先生も悩み始める。

 確かに自分の身体に入れられてしまった魔王の血とやらは今もなおも消えていないはずだ。当然気にはなる。しかしこれを気にしてもどうにかなるのか?


「特に体調上取り立てて変化はなくて普通の通りだから——」と自分は口にしていた。

 これから自分の身体に何かが起こる可能性は今もなおも消えていないはずだが、もう終わったことにしたい。してもいい。どうせ採血などしてみても科学的に何かの証明などできないのだ、きっと。

「——それにこの血があの剣につくと手から離れることになってるようだからこれはこれでいいのかなって」そう自分は続けていた。

「しかしなんでそんな仕組みなんだろうな?」と素朴な疑問を口にした村垣先生。

「造った人間に剣術や槍術の心得があるんでしょうね」それを言ったのはお巡りさんだった。

「あんたにはあるのか?」と村垣先生。

「槍術はともかく剣術ならば」お巡りさんが答えた。

「どういうことなんだ?」

「要するに〝突く〟ならば両手にギュッと力を入れて柄を握るのはありなんです。しかし斬る、払うとなると両手をあまりに強く握ると却って剣をコントロールできないんです。絶妙な力で握らなければ。第一撃で突く、その後は斬る払うという使い方をするなら一撃を当てたら剣が手から離れるという仕組みは合理的ですよ」

「そりゃあんたのカンだろ」

「むろんです」とお巡りさん。しかし顔には笑顔。今までは極めて真顔で返事をしていたのに今は違っている。

 村垣先生とお巡りさんとのやり取りもこれで見納めかもしれないな、ふとそんなことを思った。



          ◇


 五人の選ばれし勇者たちが警察署の自動ドアを開け外に出る。中弐病的だけどそう思いたい気分だ。朝からの低い雲は消え失せ日が顔を出していたがその日も既に傾いている。二日前にあの剣を深見さんが引っ張っていた時刻と同じ頃合い。自分があの剣によって襲撃された時刻と同じ頃合い。今そんな金曜日の夕方。同じ時間に始まり、同じ時間に終わる、か。こうも気分が違うものだろうか。中間テストも終わったばかりでずいぶんゆっくりと休める連休になりそうだな。


「では本官はここまでで」

 警察署の玄関、お巡りさんが挙手の礼で自分たち四人に見送りのことばを掛ける。

「なんだか、妙な感慨があるな」などとさすがの村垣先生も言う。

「最後の最後で大活躍をしたのはセンセイでしたね。あの魔剣を封印できたのはセンセイの瞬時の判断があったればのことです」とお巡りさんが締めくくった。口々、銘々が苦労のねぎらいと感謝のことばを述べお巡りさんと別れた。


 五人が四人になった。駐車場の中、村垣先生の車の方へと歩き出す。自分がふいに後ろを振り返るとお巡りさんが警察署の建物の中に入っていくところだった。それとほぼ同時に、


「終わっちゃったね」と深見さんの声がする。まるで終わってしまったことが残念みたいな口ぶり。昨日の夜深見さんが言った通り連休の予定が立てられる身になったというのに。

 でも本当に終わったんだろうか? 自分の身体がどうとかを置いてみても、果たしてみんなでやったことが正しかったのかどうか、それも実は分からないのだが。人間が魔王に支配されるってどういうことなんだろう? そんなことを考えていると、

「終わったのはこの冒険のこと?」仁科さんまでが深見さんが伝染したかのようなことを口走り始める。最初この手の物言いをひどくバカにしていたはずだったけど。


 変わったといえばこの自分もだ。一番最初、心の中では『仁科』と呼び捨てだったのにすっかり『仁科さん』になってるし……


「ずいぶんキョーショーな大冒険だったよね。マップが学校から半径二キロメートルで済んじゃうくらい」深見さんが言う。

 そのことばで自分の妙な考えはここで中断となる。


 『キョーショー』ってのは狭小ってことみたいだ。確かにテリトリーはそんなものかも。半径二キロってことはマップはせいぜい直径四キロの円の中か。あの魔王は常識をことごとく否定し去っていた、だからこそだ。

 ぼんやりそんなことを考えているうちに自分も深見さんが伝染してしまったのか。

「本来なら大冒険の果てに魔王の居場所にたどり着くはずなのに魔王の方から来てくれるんだから狭くて済むはずだよな」などと言ってしまっていた。自分のことばでとたんに夕日の差す駐車場でみんなが笑い出す。いや、言った本人である自分だけが笑えないでいた。

「みあっ、良かったねっ、水神くんがいてくれて」

「う、うん」

 最初に言ったのは深見さん。後の返事は仁科さん。

 自分は自分が鈍感でないことをつくづく呪う。終わったな……深見さんとは。元々始まってもいなかったが。この三日間は悪いも良いも含めて夢のような三日間だった。そぅ、まるでファンタジーのような。そしてテストの結果という現実に引き戻される日々再び。


 みんな黙ってしまった。




 あれ、なんだろうこの間は。自分が何かを喋ることを期待されているらしいことにようやく気づいた。


「こんなファンタジーがあるのかな」と言ってしまった——。

「どんな?」深見さんが突っ込むように聞いてくる。

「エンディング」などとまた言ってしまっていた。

 そう……終わったんだよな。

「そうだよね。勇者の剣が封印されて魔王がどこかに逃げて終わるなんて、こんな終わり方は無いよ」深見さんが屈託なく言ってくれた。


 そうしよう。これで——『終わった』んだ。そう思い込みたかった。

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