第41話【魔王は倒さねばなりません】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 気がつけば警察署の奥の方からあの謎の美人のふたり組が姿を現していた。着ているモンもあの時と同じくウチの学校の制服。

 オイ、立ってるところが入り口とは反対側だぞ。どっからいつからそこに——まで考えたとき、猛烈に腹が立ってきた。


「お前たちっなんで約束の場所に来なかった⁉」あり得ない声量で自分が怒鳴っていた。〝約束の場所〟とは自分達五人が呼び出されたグラウンドだ。

 以前喋った方とたぶん同じ、髪の短い方の女子が喋り始める。

「魔王を倒してくれた後に感謝のことばを捧げようとしていました」

「お前たちに呼び出されたのは自分だ。この自分が魔王を倒せると思ってたのか⁉」

「倒せません。剣を持っていませんから」

「ふざけるな!」

「だけど剣を持っている人は監視され軟禁状態にされてましたから」

「お前たちの口が言うな!」

「ただし、あなたなら他の四人にわたしたちに会った事実を伝えてくれるだろうと信じていました」

 信じられても嬉しくもなんともない。要するにメッセンジャーボーイってことじゃねーか。公務員である警官たちにはこのおかしなやり取りの意味がさっぱり解らなかっただろうが、それでも唯一解るであろうことはこのふたり組の女子があの凶器の持ち主だと自ら名乗り出たこと。この一点でかろうじて彼らはこのやりとりについて来ることができるだろう。


「じゃァなにか! 魔王を倒さなかったから約束を破ったというのか⁉」


 たぶんこういうことだ。魔王は瞬間的に距離を詰めたり離れたりすることができる。つまりグラウンドのような遮蔽物のなにひとつ無い場所ではそれを知らない自分たちはどうしても気が緩んでしまう。見通しが良いんだから近づいてくる者は簡単に見つけられるという思い込み。つまりは油断。この状況は自分たちに不利で魔王に有利なんだ。自分たちを故意に危険な状況に誘引し魔王をおびき寄せようとしたんだ。そして魔王も敢えてそのお膳立てに乗った。


「あなたが邪魔をしたからです」今までひと言もことばを発しなかったと思われる片割れの髪の長い方が喋りだす。

「こっちだって好きで邪魔になってんじゃない。この自分は魔王に輸血されたんだとさ、魔王ってヤツに言われたよ。そのせいじゃないのか⁉」

「魔王が、あなたの身体に……血を入れ……た……?」

「そうだよ! だから輸血って言ってんだ! それにまだ言いたいことがあるぞ! 邪道の魔剣を『勇者の剣』などと名付けやがって! 一度握ったら最期、魔王を斬るか自分が斬られるかしないと手から離すこともできないってどういうことだよっ⁉」

「そのことをどうして知っているのです?」

「魔王の口からだよ」

「なんてこと、魔王、こんなことをするなんて。とんでもないこと、魔王」そう言うと片割れの髪の長い方はその場にぺたんと座り込み放心状態に陥ってしまったようだった。

「しっかりなさい‼」もう一方が叱咤激励し腕を引っ張り上げ無理やり立たせる。そして意味の解らないことを喋り出す。

「確かに失敗です。大失敗です。あの魔王の方が上手でした。こんなことは初めてです。でも同時に希望も見えたはずです」

 なんだと? 希望? そんなものがどこにある。

 ふたりは目と目で何事か交信したように見えた。直後ふたりは突然歩き出す。

「ケースを渡すな!」鋭く声が飛ぶ。

 しかしふたりはジュラルミン製のケースを持った警官に目をくれる様子は無い。自分の横を素通りし、村垣先生の前も素通りし、その他警官隊の林の中も素通りし、仁科さんの前に進み出る。そしてふたり揃って床に片膝をつき、いつも喋っているように見える髪の短い方が口を開いた。

「あなた様こそが本物。どうか勇者という運命を引き受け魔王にとどめを刺してください」

 妙な事を言われた瞬間仁科さんはぽかんと魂の抜けたような顔をした。だが直後叫んだ。

「なにが運命なの? ひとにおかしな運命を押しつけないでください!」

「あなたはあの剣をご自分の力で制して御することができるんです。今までの凡百の勇者とは違うのです。偽物の魔王と本物の魔王と同時に二人に正対し、偽物の魔王の肩越しに本物の魔王を突こうとした。それがあなた様の力の証拠です」

「違う! そうじゃない! わたしは水神くんをなんとかして突かないようにってそれだけを思っていただけ!」

 本当に仁科さんにそんな力があるのか⁉

「だけどその水神君の肩越しに本物の魔王がいたのは事実」髪の短い美人がすぐさまことばを投げ返す。

「待て仁科さん! だめだ絶対に! そんな運命は無い!」

「水神くん?」

 この時頭に浮かんでいたこと。『あれ? 本物の魔王って斬られたっけか?』。

「あなた、咽も心臓も突かれていないのにどうしてわたしの言うことが嘘だなんて言い切れるの?」髪の短い美人がこちらを詰問してくる。間違いなくこっちが喋ってる。

 これは嘘じゃないかもしれない——自分は仁科さんという女子に命を助けられているのかもしれない————普通あの至近距離から急所は外さない。


その時だ。

「ちょっと待ちなさーい」深見さんの声が響く。「あんたたちっ、人に迷惑ばかりかけて、あんたたち二人が勇者になって魔王と戦えばいいでしょっ」


 そうだ。本質だ。その通りだ。しかし、髪の短い美人の方は怯まない。

「魔王はどの世界であろうと自由に行き来できますが、わたしたち人間は人間でないものを行き来させることができるだけ。わたしたち人間には報せることしかできません。魔王がこの世界に来た以上はこちらの人間に倒してもらうほかありません————わたしたちがなぜ戦わないのか? という質問でしたね? たとえば、こうすれば分かります。ここにいる警察、の方々でしたか、わたしたちの身柄を押さえることができますか?」

 警察に対するその挑戦的な態度に怒ったガタイの良い血気盛んな一人の警官が喋っている髪の短い美人の腕をつかもうとした。


 すかっ。空振り。


「あれ?」その警官の口から困惑の声が出る。

「握手の方が分かり易いでしょう」髪の短い方の美人が言うと今度は髪の長い方の美人が無言で右手を差し出した。その警官は今度は一瞬逡巡したが右手をだす。

 すかっ。またしても空振りだった。

「こいつ実体が無いぞ!」警官が蒼ざめて言う。

 目の前にいる二人の女は足のある幽霊? しかし誰の目にもその姿は確認できている。髪の短い方は誰もがその事実を受け入れたことを確認した上で言った。

「わたしたちの身体は別のところにあるのです」と。

 何十人もの人間たちが現在進行形の超常現象の目撃者となっている。

「警察の皆さんにお願いがあります。わたしたちの剣を返してください。そこにいる仁科さんにその剣を渡してくだされば、わたしたちに返したことになりますから」


「残念ながらそれはできんな」この声はお巡りさんだった。

「拾得物じゃないんですか?」髪の短い方の美人が訊いた。

「拾得物とは言うね。異世界の人なのに。けどこれは真剣だ。あなた方はこんなものを屋外に持ち出しその上鞘すらも無い。これは銃刀法違反になりますから返還は無理でしょう」

 なんだ、この妙に現実的な会話のやり取りは。こ、公務員の人が絡むと一気に話しがファンタジーとは反対に振れる。

「警察の皆さん、あなたたちは成り行きでこの剣を封印する——そう決めてしまったようですね。でもその時魔王をどうするつもりなのです? すべての人間は魔王に支配されるようになります。それでいいと思っていますか? そうならないためにわたしたち人間は戦い続けなければならない」


 一拍の間。


「——それに水神君、でしたっけ。あなたにも関係があります。あなたは魔王に血を入れられ魔王の代役に仕立てられてしまった。つまりこのままではいつかあの剣によって殺されてしまうかもしれない。本物の魔王を倒さない限り未来永久にこのままです」

 なにげにとんでもないことを言ってやがる。この現状をどうにかできるのは仁科さんだけで、仁科さんが剣を再び手にするように説得しろっていう意味のことを言ってる。

「永久だろうと仁科さんは二度とあの剣を握っちゃだめだ!」自分はそう叫んでいた。

 待てよ、そう言やあの魔王、魔王のくせに警察署に剣を封印するようなことを言ってたよな。だったらこの女の言う近未来予測など外れる。確実に。警察が責任を持ってこの凶器を署の奥で厳重に管理してくれれば誰かが剣を手に襲撃してくることなど起こり得ない。

「魔王は悪い奴です」髪の短い方の美人の話しは終わらない。

 それは否定できない。この自分が殺されるように仕向けたんだからな。だが聞き流す。

「魔王を倒して欲しい。これはわたし達の願いです」なおも髪の短い美人が食い下がる。

「あきらめろ!」大きく声が響いた。その声は村垣先生だった。

「刃の方を持ってしまえば簡単に封印できるできそこないの剣で魔王など倒せるか! 新しくもっとマシなものを造ってみろ!」先生も自分に続き剣をこき下ろした。

「欠陥があろうとわたしたちにはあの剣しかないのです。このままあの剣を封印すればあなた達は人間は魔王の支配する魔界に生きることを強いられます」

 なんだ? だからなんだ?

 ——しかしこの頃になるとある種の感慨が自分の中に涌き始めていることを自覚する。

 突如ふたりが自分の方に向かい歩み出てくる。珍しく髪の長い方の美人が口を開く。

「どうか仁科さんにお願いを。いまのあなたがお願いしてくれれば仁科さんはその願いをきいてくれるのではないですか?」そう訴えかけてくる。

 断ったつもりの自分が再び食い下がられている。なぜ自分だ? ある種の色仕掛けか?

 だけど——

「美人の頼みだからといって、きくとは限らない」そう言った。断ったんだ。


 言われたふたりの美人はただ無言のままじっと自分の方をそれでも飽きもせず見ていた。

 つまりこっちもふたりの顔に目を向けている。否も応もなく見つめ合っている状態。ふたりとも視線の軸線がまっすぐこちらに向いている。


 最初会ったとき無機的で喋っていてさえも生命であることを感じさせなかったふたりのその顔はいつの間にか人間の顔のように見えていた。

 人間が魔王に支配されることを心底防ぎたいと感情を露わにしているし、今はその顔に僅かな憂いが浮かんでいるように見える。ふたりは同じ感情を表しているであろうにも関わらずその表情は微妙に違っている。


 咄嗟に「いけない‼」と思った。これは怖ろしい懐柔工作なのだ。こんな生きた表情をされたら幾人もの勇者と同様に自分もあの剣を手に取ってしまいそうにさえなる。


 だけどこのふたりは二度と頼み事を口にすることはなかった。くるりと背をこちらに向け徐々に遠ざかっていく。あっという間に遠くに瞬間移動できるはずなのにその動きは緩慢そのもの。しかしそれでも足は止まることなく徐々に離れていく。

 律儀にもこのふたりは出入り口から外に出ていった。そのふたりが捕らえることのできない人間だと理解している警察の人々もただその様子を見送るだけだった。自分もそう。

 フイに魔王がこのケースに封印された剣を奪いに現れるか、と頭に浮かんだががなにも起こらない。そうか、魔王は世界間を自在に行き来することができるんだったな。ならこの世界そのものに剣を封印し他所の世界であくどいことをするつもりなのかもな。


 でも本当に他所の世界に逃げたんだろうか?

 帰って欲しい奴に限って帰らない——そういう事は起こりうる————

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