第40話【勇者村垣先生】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


「痛てェっ!」自分の叫び声と同時に突きの勢いそのままに仁科さんが飛ぶような勢いで自分に激突、仁科さんも自分も二人とも床の上に倒れ込む。一瞬白銀の刀身を煌めかせ剣が宙を飛ぶのを見た。直後低く響く金属音。

「ゲンセツゥーっ!」村垣先生の大声と同時に急に現実に引き戻されるような感覚に襲われる。

「凶器の確保を!」誰かの怒鳴り声。聞いた声だ。これは罠だ!

「ダメだ!」「触らないで!」自分と仁科さんの声が被ってしまった。くそっ!

「確保したーっ」この野太い声は——村垣先生っ。遅かった‼ 新たな剣の被害者が!

 床に転がりながら村垣先生を仰ぎ見た。平衡感覚を失い先生は斜めの地面に立っているよう。声は出なかった、が〝あっ〟と驚く。

 手にはサッカーのゴールキーパー用の手袋を。村垣先生は剣を確かに手にしていた。しかし柄をつかんではいなかった。先生は剣を反対に持っていた。剣の柄ではない方、刃の方をつかんでいた。

「なんて無茶なっ!」聞き覚えのあるお巡りさんの声が警察署内に響く。確かに無茶だ。そんなつかみ方をするなんて。

「うるさいっ犯人を確保しろ!」その村垣先生の声が終わるより前にこちらの方に大勢の警官が突進してくる。

「違うっ犯人はこっちじゃな——」

 自分のことばが終わるより前に警官隊がこっちに殺到。自分の上に乗っていた仁科さんが警官たちに引きはがされる。

「あ……」と消えそうな声が自分の耳に残る。なるほどな警察からしてみたら剣を持って突き刺そうとしていたこちらが犯人になるか。だがこっちを捕まえてもなんにもならない。

「自分を羽交い締めにしていた男、奴を捕まえてください。でないと事件は終わらないっ‼」そう自分の口が叫んでいた。こちらに注がれていた警官たちの注目が別のところへ瞬間移動。大胆不敵っ! 奴は剣を逆さに持っていた村垣先生に何事か話し掛けているところだった。距離にして僅か数メートル先。両手をふさがれている先生は顔を引きつらせながら一方的に聞かされているといった風だ。

「あいつですっ」自分は指差し叫んだ。何人かの警官が奴のところへと動き出す。が、一瞬で奴は数メートル先から十メートル近く先へと移動してしまっていた。目の前はもう警察署の出入り口だ。奴は悠々と自動ドアを開け警察署の外に出ていく。しかし事態は未だに終わっちゃいなかった。村垣先生の怒声が署内に響いていた。

「箱だ。箱持ってこい! こいつをブチ込む箱だ!」

 コイツとは犯人などではなく物だ。だがある意味あの物こそが犯人だ。自分のところからは警官の足、足、足しか見えない。大混乱の中さらに錯乱的に乱れていることだけは分かる。

 こう言ってはなんだ。この事件途中から自分は自分が主役だと思ってた。自分が斬られそうになるは謎の女ふたり組も魔王もまず自分にコンタクトしてきたりとかあったし。それはつまり選ばれし勇者的なものだ。だけどそんなのはまったく恥ずかしい勘違いだった。自分は何一つ勇者らしい運命を切り開く何か、要するにそれは『行動』だけれども、をやってなどいない。やったのは他の人。



 それは正にあっけにとられるような光景だった。ジュラルミン製のケース(たぶん)、猟銃かライフル銃かその手の銃を仕舞うような長いケースの上に村垣先生がどっか、と腰を下ろしていた。手にはゴールキーパー用の手袋がはめられたままだ。

「どうだ、封印してやったぞ!」と言って村垣先生は尻に敷いた箱をバンと叩いた。伝説の聖剣ということになってる魔剣『勇者の剣』を封印してしまった真の勇者は最後の最後で村垣先生だと分かった。

「その手袋、魔法か何かをかけてあるんですか?」自分は素っ頓狂なことを訊いていた。

「なぁにを言ってるゲンセツ。GK用のただの市販品だ。素手で刀身を持つのが怖いから手袋をしているだけだ」

「さっき奴が何か言ってましたよね?」さらに自分が訊く。

 だが村垣先生は自分の問いには答えず別のことを口にした。

「それより前に警察っ、仁科を離せっ! 犯人は俺が確保してやった」

「それはただの剣じゃないか!」警察官の中の誰かが言った。そうだそうだ、と同調の声々が広がっていく。

「犯人がその剣じゃないと言うなら、犯人はいませんよ」聞き覚えのある声だった。お巡りさんだ。「——水神君、署内は大騒ぎだがなにか事件が起こったかね?」自分は瞬時に察した。あの時と同じだ。なら———

「いいえ、仁科さんが貧血だったのか急にふらりと倒れ込んできただけです」

「現行犯逮捕だぞ!」誰か他の警官だろう、そう声がした。

「お前の左肩を見ろ!」という声も飛んできた。

 左肩?

 その場所に右手を当てる。制服がざっくりと真っ直線に切られていた。凄まじい速度の『突き』がここをかすめ過ぎていったんだ。たぶんその下のYシャツもただでは済んでいない。おそるおそる穴となってしまったところから指を入れてみる。僅かに血が指先についた。だが昨日ほどの出血じゃない。なるほどこれのせいか。それで剣が手から離れたか。

 『二度あることは三度ある』、三回目はあったな———しかし、幸か不幸かまたしてもかすり傷程度で済んでしまった。その程度は昨日以下。これは問題ない。

「いえ、事故が皆さんの目の前で起こっただけです」自分はあくまでそれで通すつもりだ。

 そこまで〝被害者ポジション〟のこの自分に言われるともはや誰にも異論は差し挟めないということらしい。すっかり静かに収まってしまった。仁科さんも解き放たれた。しかしこっちはこれでいいとしてさっきの話しはどうなったんだ? 改めて村垣先生に同じことを訊く。

「先生、さっき奴が何か言ってましたよね?」

「あれか」

「ええ」

「刃の方を持つ人間なんて初めて見た、と感心されたようだ」

「奴が魔王です」自分は言った。

「なに? あいつがか」


 きっとここにいる警察官の方々は頭のイカれた教師と同じくイカれたその生徒の会話にしか聞こえていないだろう。そしてこの会話にさらに加わる者たちがいた。深見さんと仁科さんだ。あれほど人の手にピタリくっついて離れなくなる魔剣を持ってしまったというのに、それが簡単に手から離れ、箱に閉じ込めてしまうことができたのだから無理もない。


「どうして先生に手にはくっつかなかったんですか?」仁科さんが問う。

「ひょっとして女の子の手にしかくっつかないんじゃ」深見さんが〝らしいこと〟を言う。その剣、ほぼ男が手にするような気がするけど。

「深見の言うことはひょっとしてそうかもしれん可能性はあるが、私の直感はこうだ。剣とは普通柄の方を持つ。刃の方を持つ者はいない。そしてあの剣の鞘はどういうわけかどこにも見あたらない。これが重要だ。つまり柄の方を手に取るように誘導しているように見えた。だから反対に刃の方を持ってみた。案の定成功というわけだ」

「それは直感じゃなく推理ですよ。れっきとした、ね」あのお巡りさんの声だった。そして「ただし、ものすごい賭けだったですけどね」と付け加える。


 ここでパンッ、と警察署内に音が響いた。お巡りさんが手を叩いたのだ。


「さって、皆さんっ。この剣の不可思議さについては昨日から今日にかけ皆さんが見たとおりです。この剣を持ってしまったら最後手にくっついて離れなくなる。しかも持ち主の意思とは無関係に剣が自動的に動いてしまい事故が起こるケースもある。こういう得体の知れない凶器は警察が押収するに限るとは思いませんか?」

 さすがはお巡りさん。『凶器は押収』この明解な論理の前に警察はたとえお巡りさんの上司であっても誰も異を唱えなかった。

「ほれ、警察の金庫にでもしまっておけ!」村垣先生がたまたま近くに立っている制服姿の警官にジュラルミン製のケースを手渡した。別にケースの持ち手から先生の手が離れなくなるということもなくスムーズに手渡された。渡された警官は反射的に、

「鑑識に回します」と言っていた。

「取り扱いには気をつけた方がいいぞ」、村垣先生は言った。言われた警官の顔がこわばっていた。これで『事件解決』なのか?


 『行き詰まった局面を変えるには異世界に来るに限る』って、魔王めよくも言ったもんだ。まさかこの世界が異世界だったとは。

 その時だった。

「それはわたしたちのものです」

 どこから響いてるのか分からない声が警察署内にこだました。

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