第38話【仁科さんの告白】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
————さて、どうしようか、これ。歩きながら考え始める。
まともにみんなに報告した方がいいのか? 『魔王が現れた!』って。
常識的に考えりゃ言った奴の方が異常だが、この際は報せた方がいいだろう。だが奴が言ったことを丸のまま伝える気にはならない。特にあの『仁科さんがどーとか』というくだりは。
言えることはお巡りさんが提示した種々の疑問の大半は既に解けてしまったということだ。話しが全て真実だという根拠には乏しいが答えは深見さんの言ったとおり、『人間じゃないものが攻めてきているんじゃないの?』なんだ。絶対に。
しかしどうして自分だけが襲撃されているのか? という謎は解けない。
あの剣の在るところで二度も自分が襲撃された事に加え、妙な女ふたり組、そして魔王、なんで一番最初にこの自分のところに来る? たまたまか、嫌がらせか、それともこの自分が〝騙しやすい〟とでも思ったか。
そうこう歩いているうちに東王東高が見えてきた。今日が終わればあとは連休。
テスト週間特有の短縮授業の時間割が終わり、はや放課後となった。週明けからは通常モードに戻る。
グラウンドに刺された謎の金属棒についての話しは自分の教室に限っては既に過去の話題となっているようだった。グラウンドの傷も話題にもならない。これが小学生だったらまた話しは違ってくるのだろうが高校生ではな。
後で一応職員室に行って確認しよう。
職員室——村垣先生に訊いてみたが状況は同じだった。こと学校からはなんらの新しい情報も入ってこない。一年二組の連中も飽きっぽいことだな。とは言え謎の金属の棒、要するに剣なんだけれどもあれをグラウンドに刺したのはあの女子のふたり組で間違いないのだろう。まあ〝自称魔王〟によれば、だけど。
じき深見さんが職員室へとやって来た。三人揃ったところで村垣先生の車の所へと移動、車に乗り込む。行き先はもちろん東王警察署だ。エンジンがかかり車が動き出す。
自分は今日の午前中にあった出来事を車の中で話し始めている。もちろん話す内容の取捨選択はしている。こうなるともう情報の共有というよりは深見さんと会話したいという感情の方が先に立っているのかもしれない。現状は朝に続いての〝一緒にドライブ状態〟ではある。
高校二年、十七歳の男が『街で魔王と会った』などと頓狂な内容の話しをしていて、知らない奴が見たらイタ過ぎるとしか見えないであろうにも関わらず、深見さんも村垣先生も笑うこともなく極めて真面目に話しを聞き続けてくれた。
車の中は密室でもあるからこうしたおかしな話しをするにはうってつけの空間でもある。恥ずかしい話しを部外者に聞かれる心配は無い。
一通り話しはした。しかし深見さんとの会話にはほとんどならなかった。深見さんがあまりにも真剣に自分の話しに聞き入っていたからだ。
焦点は必然的に『手を剣から離す方法』について、になった。村垣先生の車は既に警察署の駐車場に入っている。
「魔王を殺すか魔王に殺されるか、で剣が手から離れる——か」と村垣先生が言う。
「だけどわたしの手から剣が離れたんだからなにかあるはずだよ。それと同じ状況が再現できればきっと〝みあ〟の手からも離れるはず」深見さんが言い切った。
「同じ状況を再現するとするとまたあのグラウンドに行って……」と思わず自分が口にしていた。実はこの後に付け加える台詞は慌ててブレーキをかけ喋ってはいない。『——もう一度自分が魔王に襲撃されて且つその襲撃が失敗に終われば——』は省略してしまっていた。
「——なにか、それは危ういな」と村垣先生が口にしてくれた。
取り敢えず警察署の中に入ろうということで車の中での辛気くさくなってしまった会話はここで終わりとなった。
村垣先生の車から降り警察署の建物の中に入るとフロアの奥、件の応接スペースのところにお巡りさんと仁科さんの姿を見つけることができた。ほぼ同時にお巡りさんもこちらを見つけたらしく、お巡りさんがこっちに走り寄ってくる。
「いやぁセンセイ待ってましたよ」
「私を?」
「思春期の女子は本官には難しいですね。頼みますよ」
「なにかあったのか?」
「急にふさぎ込んでしまいまして、本官にはなにも……話し掛けてやってくださいよ」
「だらしないな。そんなんで事情聴取とかの仕事が務まるのか?」
「分かります。言いたいことは。横で勉強させてもらいますからお願いしますよ」
確かにお巡りさんの言うとおり、仁科さんはふさぎ込んでいるようにしか見えない。
村垣先生が気さくに話し掛ける。しかし態度に変化がない。
深見さんが明るく声を掛ける。しかし態度に変化がない。
自分は声を掛けてもしょうがないのでただそちらの方をなにげに見ていると、仁科さんが顔を上げ視線をこちらへと動かした。目が合う。一瞬脅えたような仕草になりすぐさま目を逸らして下を向いてしまった。
なんと言ったらいいのか、なんか嫌な反応をされた。やっぱり何かの勘違い、気のせいだったか……ヘッ、なんとも思わない……ことはできないけど思わないよう……にするしかない……
〝ストーカーじゃん〟の第一印象なんだから、そういうもんなのかも、な。
しかしそうなると益々自分が今なぜここにいるのかが分からなくなってくる。魔王に何かを見透かされているよう。今夜も警察の世話になるのだろうか? 時計がコチコチ、時をコチコチ刻んでいく。
そろそろ、という決断の時間帯が徐々に近づきつつある。それは今夜どうするのかを保護者、まあ母親だけど、に対し決めて伝える時間帯。いつまでもいつまでも外泊というわけにはいかないから三日連続の修羅場となる運命なのだろう。いや深見さんに限ればさらに修羅場を重ねているのかもしれないが————
突如、それまでふさぎ込んでいた仁科さんが意を決したように顔を上げた。
「水神くん」
「はい?」呼ばれるままに顔を向ける。
「水神くんは今日はおうちに帰って」
自分は瞬間なにを言われたのか分からなかった。いや、なにを言ったのか誰であれ分からなかったよう。誰もこのことばに反応できずにいた。深見さんも誰もかも。
直後、なんといったらいいのかどす黒いなにかが沸々と煮えたぎってきた。そうか、自分だけにはそう来るか。とは言え自分の中に冷静な自分もいた。「帰れ」と言われて帰らなければそれこそストーカーじゃないか。
元々あの剣が深見さんの手から離れた後はお義理でここにいたに過ぎないのだ。いきなり深見さんの友だちを見捨てて帰れば、深見さんに永久に軽蔑され二度と口もきけない仲になるであろうと考えた上での『残留』という結論だったのだ。それをこいつの方から『帰ってよい』と言うのであれば、正に渡りに船ではないか。
好都合なことに深見さんがいる場でもってこう言ってくれた。深見さんも今のことばは聞いたはず。ここで自分が帰っても深見さんに軽蔑されるような事態にはならない。後はここでみっともなく取り乱したり激高したりしなければいい。
「分かった。そういうことなら仕方ない」
なるべく抑揚を押さえ平静を心がけゆっくりと言った。一瞬深見さんの手前『なにか手伝うことがあったらいつでも来ます』と言おうかと思ったが、なにもできないのも分かり切っているし、なにぶんにもとかく理由をつけて付きまとうのがストーカーであるらしいからもはや余計なことは一切言わなかった。いや、言うべきことが一つだけあった。
「じゃ深見さん、後はお願いします」と言った。
深見さんは「うん」とだけ言って頷いたが反射的にしか見えない反応だった。半ば無意識に言ったんだろう。その証拠になにが何だか分からないといった表情をしていた。挨拶が深見さんだけじゃおかしいな、と直後に思いついたため、
「村垣先生にお巡りさんも後はよろしくお願いします」と付け加えた。
これで後腐れなく悪い印象も残さず帰れる。自分は穴の空いてしまったスクバを肩に掛けクルリと身体の軸を回す。家路につくため踏み出した左足に体重をかけたまさにその時、
「事情くらいは話せ」という村垣先生の声が後ろからした。
それはたぶん仁科さんに言っているのだろう。『このまま帰らせてくれ』と内心思ったが、その声を無視してすたすた歩いて言ってしまうのも怒りを身体で表現したことになってしまう。ブレーキをかけざるを得ない。間髪入れず仁科さんの声が後ろから飛んでくる。
「待って下さい。話します。だから帰るの少し待って!」
おいおい、声が高すぎる。ここ人が何人いると思ってるんだ?
「ふたりだけで、お願いします」
さらにオイオイだ。
「この建物、トイレの近くの廊下、喫煙室付近は人がいないんです。お願いします」仁科さんが言った。
なにやら署内の注目を浴びているような気がする。仁科さんはロールケーキ状に毛布を巻いた剣を押しながら静かに自分を先導する。警察署内で『この人ストーカーです』なんてやられたらたまったもんじゃない。まてよ、まさか『みーしゃにこれ以上付きまとわないで下さい』なんて言うつもりじゃないだろうな。場所は警察署の中だしこの手の台詞を言うのにはもってこいってわけだ。思いっきり気が進まない。が、ひどく重いような気がする足を引きずりつつも行かざるを得ない。なんだろう、この気分はな。
「オイ、私は追うぞ」
「ちょっと待って下さいセンセイ、そういう大人げないことは止めましょうよ」
「バカ野郎、もう少し静かに言え」
「でも若者どうしが……」
「なに勘違いしているんだ———」お巡りさんと村垣先生のこうしたやりとりが耳に残る。
喫煙室、とやらの近くの廊下に来た。もはや警察署の中にタバコを吸う者もいないのか確かに閑散としている。あまり近づくと何か言われそうなので十二分に距離をとり対峙する。もちろん剣撃の間合いの外という意味もあるけど悪意ある女子に付け入る隙を与えない距離とも言える。
「ここがそうなのか?」自分は訊いた。
「そう、ここ」
「で、話しというのは?」深見さんの話しでないことを祈っている。
「魔王がこの剣の手からの外し方を教えてくれたんです」仁科さんはそう口にした。間違いなく。
「ハ?」
「あの……ヘンだって思ってる……よね?」
「あっ、いや、ヘンだとは思わないけどなぜ魔王だと?」
「なんとなく……そんな確信がしてしまって……だけど感じただけじゃなくて剣が手にくっついて離れないことも知ってたから」
これは間違いない! 本物だ! ヤツが来たんだ‼
「もしかしてやけに顔のいい誰だか分からない男子で、ウチの学校の制服着てた?」
「なぜ知ってるの?」
「——今朝『魔王だ』と、そう名乗られた」
「魔王って言ったの……?」
「名乗らなかった?」
「わたしには……」
どういうことだ?
「しっかし大胆なことするな、警察署の中にやって来るとは」
「それが……警察署の中にはいたんだけどやって来てはいなくて、わたしの歩いて行った先にいたんだけど」
? ? ?
「そんなのが警察署の中にいて警官が誰もソイツに気づかなかったの?」
「誰も気づいていない感じだった。報せようとしたら報せることができなくて魔王がひと言だけ言って姿を消しちゃった」
「そのひと言が〝外し方〟?」
仁科さんは無言で肯いた。
「で、どうやるととれるの?」自分は訊いた。
『魔王を殺せ』などと魔王自身が言うものだろうか? 仁科さんは黙り込み、ただ黙り込むだけじゃなく視線があちこちを彷徨い始めていた。これじゃ話しが進みそうもない。
————そしてやっぱり話しは進まない。
「言いにくいことだからわざわざ人のいないところで話しをしているんだよね?」自分の方から誘い水を蒔いていた。
そのことばに背中を押されたのか仁科さんが少しだけ息を吸い込み静かに言った。
「『水神くんをこの剣で刺せ』……って」
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