第37話【『RPGの定理』魔王に否定される】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


「いいよ、答えてあげる。キミが時間を気にしなければ」と自称魔王は言ってくれた。


 もう今日は学校はどうでもいい。そんな気分だ。


 自分が置かれた異常な状況が自分をおかしくしてしまっていた……としか言いようがない。

「魔王ってのはどっしりと遠くの方の奥の方に座って手下どもを戦わせるもんじゃないのか?」などと口走っていたからだ。

 は? と目の前に口をポカンと開けた自称魔王がいた。こうなると端正な顔もかなり間が抜けて見える。

 この場合常識的な人間なら『何が〝魔王〟だか。お前は厨弐病か!』だったろう。自分のマトモとは言えない物言いに自称魔王は「その後はどうなる?」、と訊いてきた。

 そう言われてさらに自分はこんなことを言っていた。

「その魔王のところに辿り着くまでが大変なんだぞ」、と。

「その後は?」

「それを魔王の方からノコノコやって来るなんて聞いたことがない」

「鋭いね、だがキミは古い」

「〝ふるい〟ってなんだ⁉」

「それは先代までの魔王のやり方だ。僕はこれまでのやり方を変えた」


 なに言ってんだ?

 この自分は『お前は魔王なのか⁉』と疑っているのに怒りもせず先代だとかなんだとか。魔王って代替わりするのか?


「キミは今、〝手下〟と言ったな?」

「言った」

「魔王の手下は魔物だ。魔物達は魔王の手が造り出す存在だ」自称魔王は言った。

「造らないのか?」

「魔王以上の能力を持つ魔物を魔王は造ろうとするだろうか?」

「え? 魔王が一番強いんじゃないの?」

「魔王が一番強くなるように魔王自身が調整して魔物を造っているだけだ。でないと抑えが効かなくなるだろう?」


 RPG一般の常識じゃ魔王が一番強いのが絶対的必然なのに——


「〝抑えが効かない〟ってのが解らない」

「能力の強い魔物ほど高い知性を持つようになるってことさ。敵を倒すには作戦ってもんが要るだろう? 能力の低い魔物は猪突猛進、作戦など立てられない。必然的に勇者に負けやすくなる。戦うためには知性は必要不可欠だ。しかし魔王と同等の知性の高い魔物がいたら魔王は魔王のままでいられなくなる」

「それって謀反?」

「さっき〝騎士道精神〟とやらを嗤ったのにはそういう意味がある。だから魔王は自分と同程度の知性を持った魔物は決して造らない。これが歴代の魔王のやり方だ」


 自称魔王は一拍間を取る。


「だがこのやり方には欠陥があると、僕はそう考えた」

「それは?」

「勇者の餌食になってしまう魔物を大量に造っているだけで、却って勇者に経験を積ませ歴戦の強者にしているだけなのだと」


 それは正にRPGの常識だ。


「なぜ僕がそう考えたか? それは歴代の魔王が誰もかも最後に勇者に倒されるという結末を迎えているからだ。どういうわけか倒されないということがない。もちろん勇者の何万もの死という犠牲の結果だが魔王目線で見ればこの結果は敗北以外のなにものでもない」


「——これまで繰り返されてきたこの道をどうしたら避けられるのか——僕はひとつの策を思いついた。勇者に経験を積ませず素人同然の状態で僕の前に現れるよう仕向ければ絶対に負けない。永遠に勝ち続けることができるんじゃないかと」


 それってゲーム開始直後にラスボスと遭遇するってことじゃんか! RPGが成り立たない!


「——そして僕はやり方を変えた。ただ僕のやり方にも欠点があった。足止めをする魔物が存在しないのだから時間はまったく稼げない。情報収集さえ間違えなければ誰でも魔王の居城に楽に到達することができてしまう。だからしょっちゅう勇者と戦うハメになった。ためにずいぶんとめんどくさい日常になってしまった。勇者に手を下した数という意味で僕はかつてないほどの魔王となった」

「えっ?」

 思わず声が出た。自称魔王は話しを中断する。

「なにか?」

 端正な顔が無表情で喋る。

「いや、それって一人で大量殺人してるって……」

「これまでは勇者は大量殺魔しているわけだけど、なにか問題でも?」

 それを言ったその時の目。上手くは言えない、だがまともな人の目じゃない。

「いやっ、そのっ——」コイツに〝人道〟を説くのは間違いだとはカンでは理解していた。

「城じゅう血だらけになるかなって——」すごくバカなことを言ってしまっていた。だが自称魔王は真顔でこう言った。

「血だらけにはならない。それどころか死体の山にもならない」

「そんなバカな」

「どういうわけか勇者は死体になると跡形もなく消える。その消える瞬間は死体が光り輝き、忌々しいことだが神々しいと表現するのが相応しいほどだ」


「——しかし〝勇敢〟という意味において本物の勇者はいなかった。一人で魔王の元に来るのが怖いのだ。まあ人間なんてそんなものだろう、数を頼みいつも集団で押しかけて来る」


「——だがこの策を始めて一回目でもう『少しおかしい』と思うようになった。大挙して押しかけてくる勇者のほとんどは途方もなく弱かったが、その弱い中に一人だけ腕利きがいた。魔王の居城まで来る間に一切魔物と戦わせなかった素人同然と思っていた勇者が戦ってみると意外に手こずる」


 この自称魔王のする奇妙な話しにどんどんと引き込まれていく。


「——それでも最初のうちは『特別な剣術の才に恵まれた者』が一人だけいたのだろう、と思った。だがその後も続々と押しかけてくる勇者集団の中に必ず一人だけ一廉の使い手がいる。この一人に限定して言えば決して弱くはない。時に手傷を負いさえした」


「——僕が今現在ここにいることから解るように勇者との戦いは手こずりこそしたが全て勝利した。魔王の居城には誰でも入れるが入ったら最期となるという噂が人間界に広まりつつあったのか、舐めて入ってくる人間はじきにいなくなった。この頃になると勇者は単騎魔王の居城に来る者ばかりとなった。こうした勇者は僕も勇者と認めざるを得ない」


「——だがこの辺りから僕は自分の仮説の間違いを認めざるを得なくなった。勇者は経験を積んで強くなるのではない。勇者は最初から強いのだと。そしてどの勇者にもそれは言えた」


「——ただ僕の方により力があった。手こずりながらも勇者を退け続けることができた。しかし続けていくうちにさすがにこれはおかしいんじゃないか、と気づく」


 ここで自称魔王は僕の顔をじっと見た。


「この意味が解るかい?」

「勝っていたんだからいいんじゃないか?」

「良くはない。それだけの剣の使い手が人間界にあふれるほどいるのなら、なぜ一人ずつしか寄こさないんだろうか? 最初の頃のように集団で来ればよかったじゃないか。ただし腕の立つ者だけを集めて」


 目から鱗が落ちた。


「——多数の〝使い手〟にまとまって来られたら魔王とて危ういのになぜ一人づつしか来ないのか? そう言えば集団で人間たちが来ていたときも強いのはいつも一人だけだった。僕は自分の記憶をほじくり返した。今まで倒してきたあまたの勇者たちの記憶だ。彼らにはなんらかの共通項があるはずだと思った。そう、勇者なんだから誰でも剣を持っていた。それ以外に共通項は無かった」


「つまり……その一人が持っていた剣があの『呪いの剣』?」

「短絡的だな、キミは。この時点でそれは憶測に過ぎず証明ではない。ではどうすれば剣によって勇者が強くなっていると証明できると思う?」


 なにも答えられない。


「その剣を手に入れてしまえばいい。いや、率直に言って僕の物にしたいと思った」


 正気か!


「手に入れる方法はひとつしかない。思い切って勇者の懐深く飛び込んで剣を握った腕ごと切り落とす。ただ、代償は高くついた。僕は深手を負ってしまった。そのせいで僕はもう昔の魔王じゃないんだ。力を失いつつある哀れな存在になってしまった。だが勇者の腕は切り落とせた」

「じゃあなんであの剣が手に入っていないんだ?」

「さっき言ったとおりだ。切り落とした途端に剣とそれを握った腕とが一緒に光りを放ちながら消えた。だがここで意外な事が起こった」


「——腕を切り落とされた勇者の方はその後死体になるまで消えることはなかった。その間に僕は勇者から様々な情報を手に入れた。まあ真贋定かではないだろうけど」


 なんだかその場面を想像したくない。ゾッとする光景だ。


「——ここまで来て悟らざるを得なくなった。手にしただけで誰でも魔王相手に戦えるようになる剣が存在することを。剣の刀身などどれも銀の金属色だ。柄だの鞘だのの意匠を変えれば刀身が同じものだとは気づかない。まして勇者とめったに干戈を交えない魔王などには解りっこない。歴代魔王の無能さに心底腹が立ったよ。性欲……食欲……権力欲……少しでも長く己の欲望を満たしていたいがために何一つ試すこともなくやるべきことをやってはこなかった」


「——だがそう言う僕も当初勇者の方ばかりに気を取られとんでもない失態を犯していた」


 コイツは他人を堕として自分を上げるくだらない奴じゃない——


「——戦い続けていて時と共に勇者がだんだんと強くなってきたような気はしていた。だが今となってはあの『呪いの剣』を手に持って戦い、死んだ勇者の数が積み重なるにつれてより強い勇者が現れるようになったと考えるほかない。やはり〝経験値〟のようなものはあった。だが人ではなく物が経験を積み重ねる。この剣は魔術を使って造られている、そして剣を手にした勇者が戦えば戦うほど剣の魔力が増しているという結論に到達してしまった」


「——もう少し早く気づいていたらどうなったかは解らない。だがもう今は遅かったんだ。僕は剣の持ち主は殺せても剣そのものには手も足も出ない。間抜けな話しだよ、魔王だというのに。あとできそうなことと言えば『封印』くらいしか道がなくなっている、というわけさ」


 根拠を示せと言われると困る。だがこれの確度はかなり——


「——さて、僕のおかげでキミはかなり詳細な情報を手にすることができた。キミの質問にも実に懇切丁寧に必要以上にと言っていいくらいに教えたよ」

「ちょっと待ってくれ! 肝心なことを教えてもらってない。あの剣を手から引き離す方法を聞きたい」

「魔王を倒せばいいとは思わないか? 人間界の記録では魔王にとどめを刺した勇者は人も羨む莫大な富と名誉を手に入れた、とある。剣が永遠に手にくっついたままだったら人生不幸だよね」

 そんな記録、自分は読んだことがない。誰が書いたんだよ。

「本気で言ってないだろ⁉」

「あるいは剣の持ち主が死んだときが離れるときだ」

「堂々と間違いを言わないでくれるか? あの剣は一度深見さんの手から離れたんだ。西平……君はこうして倒されず生きてるし、深見さんも生きている。両方ともに死なずに一度は剣は手を離れたんだ。方法はあるはずだ」

「さあね、この世界では自分の知らない状況が起こっているとしか言いようがない」

 全然答えてないと思った。〝おぼろげ〟になら解ると言っていたはずなのにすっとぼけている。証明されてない状態で口にしたくないだけか?


 ともかく、これだけ教えてもらった以上はやはり〝お礼〟は必要なんだろうな……


「ありがとう……」

「あの二人の女と僕は違うだろ?」

「そりゃまあ……」

「だがキミは礼を言う必要は無い」


 なんなんだよ!


「話しは一番最初に戻る」


 なにが言いたいんだ?


「——仁科さんの命を守りたいと思わないかい? という話しだ」


 嫌な予感がする。


「僕がなぜこうしてキミに接近しているか? なぜならキミが一番宙に浮いている存在だからだ。だから接触を試みた」

「宙になど浮かない」

「つまらない返し方をするなぁ。いいかい? 宙に浮くってのはこういうことなんだ。あの先生、村垣先生とか言ったかな。彼からすれば仁科さんは教え子だ。護る理由がある。あのお巡りさん、中司さんとか言ったかな。彼からすれば仁科さんは善良な市民というやつだ。警察官として護る理由がある。あの女子生徒、深見さんとか言ったかな。彼女からすれば仁科さんは唯一無二の親友だ。護る理由がある。ではキミにとっての仁科さんを護る理由とは?」

「護る理由は——」とまで言い掛け、言いよどむ。

「深見さんに好かれたいから仁科さんを護る——果たしてそれは理由になっているかな?」


 すっごく嫌なことを言われた。人間としては最低だが人間じゃないからなんとも言いようがない。


「僕はキミの答えが聞きたい。なんでもいいから言ってみて欲しいんだけど」


 さらに最低だ。


「義理がある」とそう言った。

「むかし彼女に助けてもらった恩返しかい?」

「……そういう義理は無い」

「だったら無いじゃないか」

「無いんだが義理はある」

 もはや自分で何を言っているのか分からない。

「まあよく答えてくれたよ、では今一度握手を求めたい。さっきはしてくれなかったから」

 魔王はまた左手を差し出してきた。


 そう言えばしていなかった。握手くらいはしておくべきだろうな、と思うことにして魔王と名乗るコイツの手をそっと握る。


「安心していい。キミは殺さない」

「なにを言っている?」

「例えば僕は今キミの指を全部切り落とすことができるよ。そういうのはしないという意味だよ」

「……もしかして、手が刃物のようになるとか?」

「当たり」

 深見さんの〝当たり〟だ。

 しかし自分が恐怖を感じる前に魔王はあっさりと〝この自分の手〟を解放してくれた。本当に害意は無さそうだった。


「——さて水神君、注意深く周囲の景色を見てみてよ。あっ、あそこがおあつらえ向きだ」魔王は一点を指差した。自分は指差された方向へ顔を向ける。


 驚愕した。主婦と思しき人物が自転車に乗っていたのだが自転車に乗ったまま止まっていた。その両足はペダルの上。なんで倒れない?

「学校に着くのは十時半にはならない。親切だろ?」

 魔王の声が背後から聞こえた。時間操作?

 とっさに振り返ると魔王は身体の向きを変え歩き出し、歩き出したと思ったらいつの間にか自分の視界から蒸発するような遠くを歩いていた。



 昨日もこうやって消えたんだな——

 人気のない住宅街にただ一人で取り残された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る