第33話【今夜、警察署に泊まります】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
警察署の建物の中に入る。そこに制服姿の人々がいなければ会社のオフィスといった風だ。
一応『通り魔事件発生!』ということになってるはずだけど、署内が必要以上に騒々しくなっているとか、そんな様子はどこにも無い。
これじゃあ本当に『かまいたちのせい』にされてしまいそう。
しかしここは間違いなく警察署。遂に今晩、警察のお世話になる。そういう方向で話しが通っているなら多少は事件として認識してくれているのかもしれない。
それにしても、人間、数時間後の運命すら分からないものだ。まさか警察官でもないのにここで夜を過ごせるなんて想像だにしなかった。よもや自分の人生こんな経験ができる日が来るなんて。
村垣先生が早速、「今夜はここに泊まるぞ!」と言葉で暴れ始め警察官の方々とごたごたやり合っていた。相手が警察でも村垣先生の方も負けてはいない。
『被害者の身柄の安全』だとか『精神的安定』だとか村垣先生が演説をぶち始める。
その一方で、おかしな表現になるけれど、さっそくお巡りさんが警官の人に連れて行かれてしまった。
手にくっついて離れなくなる〝呪いの剣〟についてまたまたまたしても警察の方々が色々と調べるそうで深見さんに代わり今日は仁科さんがその立場になってしまった。やっぱり初めての人はどうしても確認したくなってしまうみたいだ。
自分は今回〝一応通り魔事件の被害者〟という立場なので形式的に被害届を出すことになり調書作成に駆り出される。
疲れる。ただ疲れる。
————ようやくたった今解放された。
深見さん、村垣先生、仁科さんの三人は警察署内の応接スペースにいるとのこと。一階フロアの一番奥。低い敷居で囲まれた一角。二日連続でこんな場所が寝宿になるのか——と思ったら既に修羅場が始まっていた。
自分が調書作成に駆り出されている間に連絡されてしまったらしい。
二日連続で既に保護者たちがお出ましになっていた。もはや昨日も見たお馴染みの面々。ということはあの調書作成にいかに時間がかかったか、ということなのだろう。
手にくっついていた謎の剣の被害者が次の日に来てみたらなんと入れ替わっていたという二人の女子の保護者同士・母親同士が言い争いをしていたのは当然に想像通りだ。子ども同士は仲がいいのにな。
まあ一方の制服は砂で真っ白になっていたから何が起こったのかと思うだろうけど。
自分の母親は警察官が傍にいて通り魔をみすみす逃がしたことを関係のない警察官にまで当たり散らしている。そもそも教師が生徒を学校になど泊めるから悪いのだと村垣先生まで攻撃される始末。この段になると保護者同士、三人一塊化していた。
だけど村垣先生はこういうのに怯む男じゃなかった。
「じゃあこの剣にどう説明をつけるのです?」
きーきー、きーきーうるさい反攻が始まる。しかし村垣先生、
「じゃあ、この剣にどう説明をつけるのです?」とのみ口にする。
それでも尚、きーきー、きーきーうるさい反攻が続けられる。
「じゃあこの剣にどう説明をつけるのです?」
「じゃあこの剣にどう説明をつけるのです?」
同じ質問には延々と同じ答え。政治家が使うような答弁を繰り返しやっと場は沈静化する。
人の手に吸い付いて離れない〝呪いの魔剣〟が現実に目の前にある今、そうした問いに答える論理など誰も持ち合わせていないと、そういうことらしい。
強烈な現実を前にしてはいかな口うるさい人間であっても黙り込むしかないということか。あと残るは『自分のウチの子だけは連れて帰りたい』というエゴのみ。
村垣先生を攻略することを諦めた保護者たち——要するに母親だけど——は利己的な行動に打って出た。〝対村垣先生〟で一時的に実現した三保護者の結束は早速崩壊していた。
「もういいでしょう。未惟沙(みーしゃ)っ帰りますよ!」
その声に深見さんはしばらく無言を貫いた後静かに言った。
「昨日〝みあ〟がなにを言ってくれたか、お母さん覚えているよね?」
見たこともない深見さんの一面だった。昨日の激しさとは打って変わった調子だったが。恐るべき怒りがこのことばに籠もっているのが自分にも分かった。深見さんの母親がたじろいでいる。深見さんもこういう怒り方をするんだ——
そんなことを気にも掛けず同じようなことをぬけぬけとしかも自分の母親が言ってしまった。
「もとゆきっ! 警察に一通り話しをしたらもうここにいなくてもいいでしょう」
これは……たしか昨日も同じようなシチュエーションが……たしか昨日はお巡りさんが助け船を出してくれたんだっけ。だけど今は、まだ上司に絞られている最中なのかここにはいない。どうすりゃいい。このうるさい母親をどう……、母親、母親、母親……?
「ここで帰ってしまったら、男として恥をかく」
似合わねー。
自分でなに言ってしまったんだ、と思う。
だが母親の論理に対抗するには男の論理しかない。本当のことを言うと『ここで帰ってしまったら、二度と深見さんと口はきけない』なんだろう。これを言うことに比べればアレはマシな台詞だったのだ。
恥はかかなかったが恥ずかしい思いだけは思いっきりしていた。もう母親と目を合わせたくない。目があちこちを泳いでいく。ふいに目が合ってしまった。ソファーに腰掛けた仁科さんと。互いの目と目が互いの姿を映してる。それはほんの数秒。いや数秒も。どれだけ長い数秒か。視線が外れてくれない。
合った目線を先に切ったのは仁科さんじゃなく今度は自分だった。普通はそっちから切るだろ?
これは勘違いだ。ちがう、ちがくぞっ。そっちじゃないんだこっちは。
結局自分にはおよそ似合わない台詞が決め台詞となってしまった。凄く恥ずかしい。
警察署ということでもあるし渋々二日連続の外泊が許可された。そうして臨時の保護者会も解散。
しかしあまりこの手の外泊を繰り返していると風呂が気になって仕方ない。夕食もまたコンビニ弁当だろう。
「いや、あんな台詞五十年以上生きてきて俺は一回も言ったことがない」
「凄いな水神君。本官も聞きたかったな、生で。むろん本官も言ったことがありません」
村垣先生とお巡りさんが口々に感心した様子で言う。またこの二人に誉められてしまった。
もちろんそれは自分が口走ってしまった名台詞第2号(?)についてだった。
「あれで決まったな。『教師がここで帰るわけにはいかない。恥をかく!』とパクらせてもらったら何も言われなかったよ。さすがに『男として〜』とは言えなかったがな」などと村垣先生が言ってのける。
『今日も泊まりだ!』と村垣先生が家に連絡を入れたとき言い放ったそのセリフは、確かに自分の耳にも入っていた。
女子の前であまりこういう話しをするのは止めて欲しいんだけど——
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