第29話【行くぞ!】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
面談室は会議室になっていた。妙な女子ふたり組に遭った。それはとても端正な顔で——等々自分は紙片を示しながらその話しをしていた。
「あの制服は確実にこの学校の制服です。学年は三年です」
そして自分は核心に言及する。
「あのふたり『犯人しか知り得ない情報』知っていたんです!」知らず声のトーンが上がってしまった。
「と言うと?」とお巡りさん。
「『金属の棒』じゃなくて『剣(つるぎ)』だと言い切りました。つまり剣(けん)です。勇者の剣だって」この瞬間応接室の空気が変わったと感じた。お巡りさんが例の紙を手にしながら大きく息を吸い込んだ後、言った。
「これは超重要証言じゃないか。正に重要参考人現るといった感じだ」と。
面談室のほぼ全員が色めき立つ様子。だがお巡りさんは少し色の変わった考察を加えた。
「剣を刺した者……ではなく昨日剣が刺さっているのを先に見つけて知っていただけ、という可能性は残るが——しかし……」と言って考え込む。
あっ……
「そうでした……、すみません舞い上がっちゃって……」
「いやいやあくまで可能性の話しです。本官のカンでは水神君同様これは『剣をグラウンドに刺した張本人』が現れたって方に比重がかかっていますよ」
「なぜそう思う?」と村垣先生。
「『午後四時』という時刻です。だいたいここですよね? 事件発生時刻は。これこそが犯人しか知り得ない情報というわけで」
「なるほどな」と村垣先生が肯く。
「とは言ってもですね、今の時間帯だとほら、『午後四時』って指定するのが丁度キリがいいんですね。つまり偶然かもしれない」とお巡りさんが壁の時計を指差しながら言った。
「あの、偶然ついでに考えて欲しいことがあるんですが」と自分は口を開く。
「なんでしょう?」とお巡りさん。
「なんで自分がこのヘンな手紙を託されたのか解らないんですよ。なんていうか……深見さんには悪いけど……この場合深見さんに渡すのが自然じゃないですか?」
「簡単よ、そんなの」
意外な人物が自分の言ったことに反応した。仁科だ。初めて会話が成立したといっていい。
「〝みーしゃ〟が自由に動けないから他の誰かに託すしかなかった」
確かに合理的すぎる。
「テキトーな靴箱に入れてあったんだよね?」と今度は深見さん。「なら靴箱の近くを通りかかったから声を掛けられたんじゃない?」と推理した。
これまた合理的だ。
「まあそんなところでしょうね」とお巡りさんも同意した。
嬉しいような拍子抜けしたような、まあそんなとこなんだろう。深見さんみたく選ばれちゃったばかりに不幸になるよりはたまたま通りすがりの一般人の方がいい。
「——正にあの事件が起こった場所、起こった時間帯ですか……」お巡りさんはそう独り言を口にした。そういえばなにか考えている途中だったような。そしておもむろに口を開いた。
「時にセンセイ、一応該当者はいないということでしたけど、この学校の第三学年にそうした美人の生徒はいますかね?」お巡りさんが問うた。
「聞き方が悪いぞ。『この学校にそんな美人はいない』などと言えると思うか」
「そりゃ確かにそうですが、少なくとも一人はいる。他はどうなんです?」
たぶんこれは仁科のことだ。顔だけは万人の認めるところ、か。
「——美人同士二人で行動をともにしている三年生に心当たりはありますか? という訊き方ならどうですか?」お巡りさんが言った。
「さあな、三年のことはよく知らんからな」
「では三年という括りを外したら?」
「誰かの上靴を盗んだってか?」
「いえ、困ったなってことで。美人というのが一番たちが悪いですからね」
「こりゃまた聞かれようによっちゃずいぶんと問題発言だ」
「別に性格の話しじゃありませんよ。いわゆる『目撃』という意味においてです。本官の短い警察官としての経験の中にね、あったんです。『どんな感じの女性ですか?』と問うと『美人タイプ』と言うんですね。それで証言を元に似顔絵を描くとこれが実に特徴の無い顔になってしまうんですね。本物を見ればまた違うんでしょうけど」
「単に似顔絵が下手なんじゃないのか?」
「さあ、ただ美人というのは人が好む平均値の顔なのだという説がありまして、平均値の顔だとすれば特徴が無くなるのも当然で」
「うむぅ、そう言われれば整形美人顔はどれも似たような顔になってしまうというな」村垣先生が珍しくお巡りさんに同意したようなことを言う。
「なんで顔の話しなんてしてるんですか⁉ 顔なんてどうでもいいんじゃないですか」と言ったのは仁科だ。
なぜ顔の話しで怒るのかよく分からない。
「この学校の生徒でないのなら、件の二人はこの学校の生徒に化けていたことになります」お巡りさんが言った。
「だから?」と仁科。
「『人間に化けている』と、少しだけ想像力を広げた考え方もできるってことです」
「まさかそんなバカなこと」
「いやいや、この深見さんが手にしている異様な剣を目の前にしては決して突拍子もない考えじゃありません。本官が昨晩言った話しを覚えていませんか?」
「いろいろ言ってたのでどれだか解りません」
「『青酸入りコーラ』の話しです。これと同じだと。深見さんの手にあるおかしな剣の持ち主がその二人ならその人物を信じてはいけない理屈になるんです。呼び出しを受けて言われるまま呼び出されるとろくなことにならない——そういう経験はありませんか?」
同じ事考えてた。
「あんたはどういう学生時代を送ってきたんだ?」と村垣先生が割り込んできて突っ込む。
「本官の学生時代はさておき、得体の知れない何者かの誘いに乗るという形になりますよ。行くに当たってはその覚悟が要る、ということです」とお巡りさんが言った。
「乗っちゃいましょうよ」、そう声を出したのは深見さんだった。「——どのみち元の持ち主じゃないとこれ取ってもらえそうにないから——」
ここで突然深見さんが立ち上がった。
「皆さん、ごめんなさいっ。わたしがバカなことをしてこんなんなっちゃって。だからみんなに危ないことさせようとしている」深見さんはそう言うと思いっきり腰を曲げ頭を下げた。
「なに言ってるの〝みーしゃ〟!」と仁科。
「まだ途中だよ〝みあ〟——」と頭を上げ仁科をたしなめる深見さん。
「先生、お巡りさん、水神くん、そして大切な友だち〝みあ〟っ、どうかわたしを助けて!」
あまりのことにあっけにとられ声が出ない。
「よーしっ! 行くぞーっ‼」
「無論です」
「当然だよ」
村垣先生、お巡りさん、仁科の順で決意表明。自分だけ出遅れた。
「まだ大丈夫!」
言った後自己嫌悪する。もっとマシなこと言えなかったのか、と。
時間帯だってまだ明るいうちだし、場所もすぐそこ、表じゃないか、と思ってたが故のこのことば。
「みんな、ありがと……」と深見さん。
「いいよ」と今度は真っ先に仁科が言った。
たぶん十中八九、危ないことは起こる。
まず『勇者の剣』って名前が気になる。これを手渡す側は普通正義側になるはずだけど〝得体の知れないナニカ〟としか感じなかった。
いったいコレを使って持ち主に何を倒させる気だ?
そしてこの剣が振り回されたのは一度だけ。その被害者は実は自分一人だけだったりする。
まさか……深見さんに斬られて死ぬとかないよな……
「今回指定された場所はあくまで一次的な呼び出し場所かもしれません。さらにこの後、別の場所への誘導があるかもしれません。各自手荷物などまとめて持っていった方がいいかもしれませんね」とお巡りさんが提案した。
事態はもう動き出している。
「勝手に仕切りやがって、まるで誘拐事件じゃないか」と村垣先生が嫌味まで付け加えて言う。すっかりお馴染みになってしまったようなやり取りだ。
「もしも、を考えての場合です。別の場所への誘導が行われた場合に『荷物を取りに帰りますから少し待っててください』で戻ってみたらもぬけの殻ということもあり得ます。相手は重要参考人ですからね」
「呼び出しておいて消えるとかあるのか?」と村垣先生が言う。
「引っかかるんですよ。グラウンドの真ん中に呼び出すってのが。あんな見通しの良すぎるところに呼び出すはずがない、とね。反対の立場に立って考えれば出てくる懸念ですよ。だから当然次の段階として別の場所を指定されると」とお巡りさんが答えた。
「反対な……」村垣先生が呟く。
ここで自分が村垣先生とお巡りさんの会話に割り込む。唐突に思いついてしまったことがあるから。「例えばですよ——」自分は喋り出していた。
「——応援の警官を呼んで張り込んでもらえればなにか重要な証拠がつかめるんじゃあ」
「確かにそれはその通りですが、こういう案件では署員を動員できないわけでして……」
「じゃあ……いや、もういいです」
「すみませんね。我々だけでどうにかするしかありません」
どうにもならないようだ。自分の思いつくことなどこの程度か——
「行くの少し待て。荷物となればいろいろまとめなきゃならんのだ」村垣先生はそう言って教師用のロッカーの方に掛け出していた。
「外に討って出るか……」村垣先生の後ろ姿を見ながらついそう口に出た。
「怖いの?」
仁科だった。またも会話が成立してしまった。しかしなんだか責められているよう。
「いや、深見さんがグラウンドの真ん中に行ったら他の生徒たちに姿を見られるかもなあって」
少なくとも一年二組の連中はグラウンドに謎の大きな傷がついていることを知っている。あれからどう話しが拡散したかは確かめようもないが関係者以外の誰かがそこにいる可能性はある。テスト週間の影響で短縮授業の時間割、部活動も休止期間だが、意味もなく学校に居続ける者は一定数は存在する。昨日の自分や深見さんのように。その上ぐるぐる巻きの毛布を担いで(?)上は制服、下私服の上下色違いのちぐはぐな服装で表になど出たら目立つことこの上ない。
「もう隠してても隠れてても仕方ないよ。この姿がバレることくらいどうってことはないよ」と深見さんが言った。
「そうですよ。本官など制服です。もっと目立ちます。水神君の話しからして相手は我々が五人で行動していることを知っています。ここは昨夜の原則通り『五人で行動』した方がいいですよ」お巡りさんが続いた。
「テストが終わったからって教科書を置いて帰るなよ!」村垣先生の声が職員室の奥から響いてくる。またしてもスクバの中身を学校に置いていくわけにはいかなくなったようだ。
荷物、と言っても学校指定のスクバのみだが、それを肩に掛けると妙な感慨が湧いてきた。荷物を全てまとめ一晩過ごした部屋を去るというのは嫌でも事態が急変し始めていると感じさせる。
ただ今午後三時三十分。昨日午後三時四十分に居眠りから醒めたところから始まったんだった。ほぼ丸一日が経過。約束の時間まであと、三十分。
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