第28話【接触者】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
午後の短縮された授業が終わっていた。これでようやく職員室横の面談室に駆けつけることができる。ようやくそんな時間帯になったのになんだろうな、足が向かない。
一年二組の生徒達のこと、新田君とやらが目撃した女子ふたり組についてのこと。きっとあーでもない、こーでもないとみんなで話していたのだろう。自分のみリアルタイムでその場に参加できなかった。たまたま時間割がそうさせたのだという理解はしている。
深見さんが面談室詰めになるのは仕方ない。その深見さんの下の世話……をしているらしい仁科が面談室詰めになるのは仕方ない。警備担当のお巡りさんもまた面談室詰めになるのは仕方ない。そして村垣先生には午後の授業が無かったから、四人が集合で、自分だけが除かれている状態だ。いろいろ仕方ないは仕方ない。だけど——。
——なんの話しをしていたんだろうな。いろいろあったはずだ。そんなことを考えていたら、授業が終わっても職員室横の面談室に足を向ける意欲をなんとなく失っていた。
ただでさえ自分はこの五人の中にいる理由が希薄のような気がする——
『事件解決に協力したい』、そんなことを言ってここに残っているけれど、正直なところ自分がいることで事件が解決するとも思えない。
そんな意識に支配され半ば夢遊病者のように歩いていると、いつの間にか自分が靴箱のところにいることに気がついた。おいおい、帰る気かよ自分! と思い直す。
その時だ。ふいに別学年と解る上履きの色が視界の中に飛び込んで来た。その色は三年生を示している。二人分だ。そして視界の隅にスカート。二人連れの女子。自分は下を向いて歩いていたよう。
視線を上にあげ、そして固まった。
おそろしく美人。仁科とほぼ同レベルと言って良いほど。うちの学校ってこんなに美人がゴロゴロしていただろうか? しかも二人揃ってだ。見れば誰でも強烈な印象を残すだろうという顔。だってそれはまるで姉妹のよう……いや双子のようだから。
まったく同じ顔をした美人がふたり並んで立っている。一方の髪は長く、一方は短い。髪の長さでしかふたりの違いを示せない。既にこの世のものとも思えない。
なぜって、表情が無い——目鼻口はしっかりあるのにまるでのっぺらぼうのようだ。
仁科の笑った顔は見たことが無いが『怒った顔』『不安な顔』『深見さんを慰める顔』とか表情がある。だがこのふたりには無い。
自分はカンは悪い方だと思う。しかしそんな自分でも解る。このふたりこそが『新田君の証言』の該当者だ。
しかしその証言を聞いてからそれほど時間が経ってないのにもう姿を現すなんてあまりにできすぎていないか。
さっきからずっと生気の無いふたり分の目で見つめられている。こっちは向こうに気づいているし向こうもこっちに気づいている。
「二年の水神君ですか?」一方がそう声を掛けてきた。美人なんだ、嬉しいはずだろ。なんだこの嫌な感じは。それになぜ自分の名前を知ってる?
そしてさらに。
「大事なお話しがあるのですが」と言われる。どちらが喋っているか解らないような奇妙な感覚に襲われるがどうも髪の短い方が喋っているように感じる。とは言ってもこの美人の言う〝大事なお話〟ってのは間違っても〝告白〟なんて気の利いたものじゃなさそうだ。
「お返事は?」と急かされる。
「大事な話しってなんだ?」
「昨日の昼のグランドのふたりの女子の話しは気になりませんか?」
なんだと⁉
自分の方から正体って明かすか?
「お返事は?」
自分一人の肩に重責がずしりと乗ったような気がした。他人の話しを聞いてそれを正確に別の他人に伝えることについて自信は——無いからだ。だが神経を研ぎ澄まし聞くしかない。
「分かった、話しをしてくれ」そう言った。
「地面に刺さっていた剣についてのお話しです」
瞬間動悸が速くなったように感じた。〝ツルギ〟だと⁉
「〝ケン〟じゃなくてか?」
「〝けん〟が言いやすければそちらでも構いませんが、わたし達は〝つるぎ〟と呼んでいます」その女子はそう言った。
『ツルギ』でも『ケン』でも意味は同じ。重要なのは『金属の棒』と言わなかったこと。なぜこいつらは剣だと知っている? 『金属の棒』と言い換えられていたはずだ。なぜ知ってる?
なぜこいつらは自分に『剣』の話しをする?
「そういうことならみんなのところで話しをしてくれないか。ここじゃなくて」
「みんな、というのは昨晩ここに泊まった他四人のお仲間の方々のことですか?」
昨晩のことまで知ってる? 真夜中でもずっと人知れず間近で自分たち五人を監視していたのか? ふいにこの顔があの面談室の暗い窓ガラスの外にふたつあったような錯覚に襲われる。『絶対明日事態は進展しますっ』という昨日の深見さんのカン、『こんなに朝から何かが起こる予感のある日はないね』という今朝のお巡りさんのカンは当たった。
「そうだ。みんなに、だ」と自分は言った。
「お断りします」
「なぜだ?」
「あなただけだからです」
「今から聞く話しとやらを他の四人に話してもそれは問題がないわけか?」
「あなたの判断に委ねます」
「じゃあ勝手にさせてもらう」
「あの剣の正体について話すためにわたし達はここにいます」
「正体は分かっている。『呪いの剣』だ。呪いの魔剣と言った方がいいのか」
「それはまったく違います。あれは『勇者の剣』です」
「ゆうしゃのつるぎ?」
「『ゆうしゃのけん』と言った方が通りが良いのならそちらでもかまいませんが」
勇者の剣(ゆうしゃのけん)とはありとあらゆるファンタジー、ありとあらゆるロープレに出てくる定番アイテムだ。
「一旦触れたら最後、決して手から離れなくなる剣が呪いじゃなくて勇者の剣?」
「そうです。あの剣の持ち主になったということは選ばれし者ということです」
持ち主? そう聞いた瞬間昨日のことを思い出す。持ち主ってのはこいつらじゃないのか? 剣のことを知っているし間違いないなくこいつらが剣の持ち主だ。剣の持ち主ならあの呪いの勇者の剣が手から離れる方法を知っているはずだ。
なんとか上手く話しを持っていってそれを聞き出せないか。
しかし、それ以前にどうしてこいつらは剣が手にくっついて離れなくなってる深見さんではなくこの自分のところにこんな話しを持ってくる? これには何か裏があるのでは? そう思うと迂闊に喋り続けているといつの間にか騙されていたということも起こり得る。
「こういう話しは今の剣の持ち主にすればいいじゃないか。深見さんだ。なぜ自分なんだ?」
「剣というのは誰かを守るためにあるんです」
美人が熱量も感じさせることなく無機的に言った。
なんだこれは? どういう意味だ。深見さんがこの自分を守ってくれるのか? そのつもりがあると、そういう意味なのか?
情けない、情けないけどもしそうだというなら凄く嬉しい。いや、こんな喜び方をするなよ! 自分こそ深見さんを守らなくちゃ、だ。だとすれば訊くべきことはただ一つ。
「どうも深見さんは選ばれてしまって迷惑のようなんだけどな。だからアレが手から外れる方法を教えてくれないか?」
あまりにケレン味も無く単刀直入に訊いてしまった。もう少し人を引っかけられる話術が使えればいいんだけど自分には無理そうだ。
素直に教えるだろうか?
「それでは後に着いてきてくれますか?」と奇妙な事を言われる。
ふたり揃ってもう歩き出している。靴箱と靴箱の間の通路を二つばかり越して一番端、壁にぴたりとくっつけて置いてある靴箱のところまで来た。
その靴箱の真ん中よりやや入り口寄り、一番下の扉を一方の美人が指差した。
「ここです。この中を開けて見てみてください」
やってることがかなりヘンだ。
しかし言われるままその靴箱の扉を開けた。中には上履きが入っている。この汚れ具合からしてこれは男子の持ち物だ。女子の靴箱じゃない。それにこのふたりは上履きを履いているのだからこの靴箱はまったく関係のない赤の他人の靴箱だ。
こういう風習がまだ残っているのかどうかは分からない。しかしまるでこれは音に聞く『ラブ・レター』ってやつみたいだ。ハガキ大の大きさ、三角のふたを開くタイプの、しかも薄いピンク色の封筒が靴箱の中にあった。だいたいこれ他人のじゃないだろうな。この靴箱の主宛てだったりして。
「それを手に取ってください」
逡巡しながらも言われるまま手に取ってしまった。
「それをここで開けて読んでみてください」
ここでもう読んでいいのか? そう言うのだからと封筒を開けると中には折りたたんだ紙がある。それを取り出し開いて目を落とす。浮いた文句のカケラも無い。そもそも文章でない。
「その中に書いてある指定された場所に指定された時刻に来ていただけませんか?」
本当にそれしか書かれていなかった。場所と時刻のみだ。
しかしそこは忘れたくても忘れられない場所だった。
場所はグラウンドの真ん中、時刻は午後四時。
「こんな回りくどいことをしなくても今言ってくれてもいいんですけど」と読みながら言うと、返事が戻ってこない。
目を上げるとあの二人はいつの間にか校舎の外、しかも校門から外へと出ようとしていた。この僅かの時間にあそこまで移動? 瞬間移動だ。慌てて自分の靴箱までダッシュし靴に履き替え猛然と校門へと突進する。道路に出る。左を見る。いない。右を見る。いない。どこにもいない。
くそっ!
校門から出るときとは全く対照的な歩調で校内へと戻る。上履きに履き替える。
新田君とやらが言ってたのと同じだ。ほんの僅かの時間で消えてしまった。その上行動からしておかしい。この後戻ってくるつもりの場所からわざわざ帰るか?
手にした封筒とその中に入っていた紙はまだ確実に自分の手の中にある。
まるであの二人、『幻じゃない』という物証を残すために現れたみたいじゃないか。何も無いんじゃ後で何を訴えても作り話にされるからな。現に新田君の証言だって要領を得ないものだった。物証が無ければこの自分の証言もああいうものになる。
とにかくこれは明らかに事態は動き始めているってことだ。問題は〝自分たちの側〟がどう動くか、だ。
自分は『どうしたら剣は深見さんの手から離れるか?』を訊いた。その答えを自分に伝えるための時間は十二分にあったはずだ。にも関わらず話しは途中で終わり呼び出し状を受け取らされた。
こうした場合呼び出しに応えてしまったらろくなことにはならない、というのが定説のはずだ。何やら誘導されているとしか思えなくなっている。深見さん、村垣先生、お巡りさん、あと仁科の四人に全てを伝える必要が出てきた。単独行動をする勇気は無い。
なぜだか自分が事件解決のキーマンになったような気がしていた。
「行くしかないか」そうつぶやいていた。
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