第30話【入れ替わる!】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 校舎中央、職員・来客用の玄関に自分たち五人がいる。各自が外履きに履き替え今まさに外へ出ようとしている。


「フォーメーションについて打ち合わせておきたいことがあるのですが」お巡りさんが口を開く。

「またフォーメーションか、ひょっとしてあんた、サッカー観るのか?」村垣先生が訊いた。

「代表の試合しかチェックしない〝ニワカ〟ですけどね」とお巡りさん。

「なんだ」

「軽口を言う心の余裕もこの際必要なんでしょうね」とお巡りさんは口にして「要は死角を作らないように並ぼうと、そういうことです」と要点を言った。

「どういうこと?」と今度は深見さんが訊く。

「簡単なことです。人は背後は見えませんよね?」

「後ろに目はないもんね」

「そうです。そこで誰かの背後を別の誰かがカバーする布陣をとるのが最も適当だと考えました」お巡りさんは言った。

「具体的にはどうしろってんだ?」と再び村垣先生。

「五人で円陣を組んで回れ右、外向きの円陣にするんです」

「なるほど五人もいれば死角ゼロだ」珍しく(?)村垣先生がお巡りさんにあっさりと同意した。


 深見さんの両手には変わることなくロールケーキ状の毛布。もちろんその中に〝剣〟が隠されている。そのす巻いた毛布の端をお巡りさんが肩に乗せて担いでいた。遠目には物騒な剣を持っているようには見えないはずだけど、上下ちぐはぐな服を着た深見さんと制服姿の警官のコンビは目につきすぎる。


 校舎の角を曲がるとグラウンドが視界に入ってきた。もちろんグラウンドの真ん中に注目してしまう。誰もいやしない。拍子抜けだ。一年二組の生徒達の誰かがここにいるであろうという予測は外れた。さすがに時間割の消化後二時間もこんなところに留まる物好きはいないということなのだろうか。


 いよいよ五人がグラウンドの真ん中へと歩いていく。



 グラウンド上、昨日の事件現場。ただ今三時五十五分。四時の五分前になった。

 グラウンドの傷が今や〝その場所〟の目印。そこに五人が集合。さっき打ち合わせた通り外向きの円陣を組んでいる。自分は深見さんに接触しないよう何食わぬ顔でお巡りさんと村垣先生の間に立ち位置をとった。


 グラウンドの真ん中に五人だけ。

 さあ今からなにが起こる? さあ今からなにが始まる?





 四時ちょうど。四時ちょうどになってしまった。なにも起こらない。


 あの妙なふたり組の女子が来るはずじゃあないのか?


 五分も過ぎてしまった。四時五分。校舎に取り付けられた時計の時刻は四時五分を指し示していた。村垣先生が腕時計を確認。


「かつがれたか」村垣先生が舌打ちをして言った。

「かついでますね、みんな」お巡りさんがひょろっと言った。

「なんだ?」

「荷物です」

「あんたが『持ってこう』って言ったんじゃないか!」そんなやり取りが展開されているのだが自分の心の内が焦り始める。


 問題の人物が〝現れない〟となっては事情が違ってくる。あの妙な手紙を持ち込んだのは自分なのだ。謎のふたり組の女子に遭遇したのも自分だけ。これではかついだのは自分になってしまう。『かついだ』ということばが重い。妙なプレッシャーがのし掛かってくる。


 しかし驚くべきことに自分の目撃情報に疑いを、即ち『でっち上げだ』という疑念を差し挟む者は一人もいなかった。その可能性は仁科にあると思うけどその仁科も何も言わない。

 だけどこれは〝今のところは——〟になってしまうかもしれない。


 グラウンド上に伸びる五人の影。こんなにも長くなってしまっている。もはやすっかり夕方。秋の風が冷たくなってくる。


 お巡りさんが口を開く。

「今夜、どうしますかね?」

「今夜ぁ? 飯の話しより今だ」村垣先生が切り返した。

「いえ夕ご飯の話しじゃなく、今夜どこに泊まるか、ですよ」

「しょうがないから昨晩と同じでいい」

「なに言ってんですか? 荷物を持ってきたってことは元々今夜はここを考えていないってことです」

「なに? あんたは〝進展があった場合〟に備えて荷物を持たせたんじゃないのか?」

「保護者の方に『今日も学校に泊まります』が通じるわけないじゃないですか」

「いや、進展が無いときはじっくり待つべきだ。軽々に動くな!」

 と、その時動いた者がいた。五人とは別の誰かが。反射的に深見さんを振り返りながら自分の身体が動き出す。この自分が真っ先に陣形を崩していた。既に四、五歩動いている。

 うんっっ⁉

 鈍いっ、だがとてつもなく重い衝撃が自分の身体を押し貫く。体験したようなこともない力が。信じがたいっ。その凶悪な圧力に耐えられる! ただし保ったのはほんの〝瞬間〟。自分は頭を強打する勢いで後ろへと倒れ込むように誰かに激しくぶつかった。身体がくるりと回り転倒。地面に打ち付けられる。目の前で何が起こっているか分からない。視界には誰の手首だかわからない白い手首が。その刹那背後に凄まじい異常を感じる。ロープが落ちているのが目に入る。ほどけた⁉ 〝剣〟は剥き出しか⁉ 〝ヤバイっ〟、思考が身体を走り抜ける。〝後ろから斬られるっ!〟逃げようとしたその一瞬間この学校の制服を着た男子生徒と思しき走っていく後ろ姿を遠くに見た。くそっいきなり体当たりしてきやがって! 一年二組のヤツか!

「オイっ大丈夫かゲンセツっ」村垣先生の声がする。

 なんだこの違和感は。自分の身体が誰かを下敷きにしてるんだ。なのに自分が大丈夫って? 無意識に上体を起こし右手の指を揃え左手の甲をなでていた。ぬめっとする。そろっと右手を引き開いて見てみる。鮮血。


 血の気が引く。やられたもうダメだ————と思ったがそれほどじゃない。左手の甲の部分をおそるおそる見ると、そこは約五センチほど傷口がパカッと口を広げていた。〝いや五センチも〟、だ。

「ハンカチかタオルでぎゅっと傷口を押さえつけて‼」お巡りさんの声が飛んできた。すぐにハンカチが自分の目の前に差し出された。

「ありがとう」咄嗟にお礼を言う。それに返事する声が耳に届く。この声って——。

 ハンカチを渡してくれたのはなんと深見さんだった。

 え? 深見さん、どうしてハンカチを手渡せるの? とその時だ——


 村垣先生、お巡りさん、深見さんは既に自分の視界に入っていた。ついでに無造作にグラウンドに投げ出された毛布も……

 視界に入っていないのはあと……


「どうしよう……」と後ろから心細そうな声が聞こえてきた。

 自分が下敷きにしてたのは……

「みあっ!」深見さんが叫ぶ。振り返ると仁科があの剣をしっかり両手で握っていた。


 ⁉っ


 一瞬剣がひくりとまるで生き物のように動いた。


 剣を持った深見さんに接触した途端斬られそうになったんだ!

 斬られるっ! その位置を慌てて離れる。しかしこれが〝怖いもの見たさ〟か、振り返って見てしまっていた。


「とれないよ」仁科はそう言った。

「いったい何が起こったんです⁉」とお巡りさん。

「変なヤツが〝みーしゃ〟の方に突っ込んできた時、水神……くんとともに倒れたのが見えてその時剣が手から離れたの。落ちた剣を変なヤツに使われたら大変ってとっさにつかんじゃって……」

 誰もがことばを失っている。

「——この剣、おかしいよ。片手で掴んだだけなのにもう片方の手が勝手に動いて掴んでた……」仁科が絞り出すように口にした。

「ひどいよ、この剣! デタラメだよっ!」と叫んだのは深見さん。「この剣は人を選ばない! 誰でも不幸にするんだよっ!」


 深見さんらしい不思議な怒り方だと思った。しかし誰の手にもひっついて離れなくなるというのなら〝選ばれし勇者〟というのは正しくデタラメだ。この剣は人を選ばない。仁科は『剣が人を選ぶ』という常識(?)を信じて思わず掴んでしまったんだろうか。


 しかしこの剣、別の意味でもおかしい。


 剣を持った人間とこの自分が接触した場合、自分が斬られると思っていた。

 だけど今さっき確かにこの自分は仁科を下敷きにしていた。間違いなく接触していた。なのに自分は斬り掛かられていない。


 自分の勘違いか————そして深見さんの両手は自由になった。


 しかし、良かったのか? 良いのか? いまは? いいわけがない。目の前には仁科が両手に剣を持ったままへたり込んでいる。



 それはなぜだか分からない。だけど口から出てしまった。

「大丈夫。自分ついているから」と。傷口を押さえながらそんな不思議なことを言っていた。


 『大丈夫。自分ついているから』とは言っていなかった。それは自分にしては、咄嗟にしては冷静なことばだ、と自負できる。

 本当のところ『つく』なんて言っちゃいけない相手だ。だってついていたらストーカーにされるじゃないか。

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