第26話【目撃証言】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 南側校舎の一階、一年二組。新田という生徒はその教室にいた。村垣先生は自分の勤める学校だから遠慮無くその教室にヅカヅカ踏み込める。自分もそれについて下級生の教室に入る。グラウンドでたむろっていた連中は案内はしてくれなかった。知っている人間の誰もいない教室に勝手に踏み込むというのはかなり不思議で妙な気分を味わえる。それは受け入れる側も同じらしく顔なじみのない不思議な『ちん入者』二名はたちまち件の一年二組生徒達の注目の的となった。


 村垣先生はよく通る声で言った。

「新田君というのはここにいるかな?」


 本人が積極的に名乗りを上げなくても周囲の連中が「新田ぁお前に話しだって」などと言い始め、簡単に『新田君』は特定された。明らかに『なんで俺が』という顔をしていた。


「すまんすまん」と村垣先生は気さくそうにまず言って、

「なに、他意は無い。朝聞いただろう? 金属の棒の件だよ。実はさっきグランドの真ん中からここへ来たばかりでな。このクラスの生徒達がそこにいたんだ。それで新田君が『何かを見た』ということを言っていたと聞いたんでな」と続けた。


 途端にザワザワと騒がしくなる。しかし新田君はひねくれているタイプらしかった。

「グランドになんか棒が刺さっていたってそんなに大切なことなんスか?」とぶっきらぼうに関係のないことを言った。


 これは一筋縄ではいかないな、と思った瞬間、村垣先生がこんなことを言い始める。

「重要なのは『棒』の方じゃないんだな。問題は誰がそんなことをしたのか? ってことだ。懸念されるのはこの学校の生徒ではない者が堂々とこの学校のグランドど真ん中に侵入したということの方だ。『棒』ってのは誰かが立てなければ立たないだろう? 立てた人間の正体を突き止めなくちゃ気味が悪いだろう?」


 〝お巡りさん的〟な問い方になっているような気がした。しかしこれは効果がてきめんだった。先ほどまで騒がしかった教室は静まり始める。


「俺が見たのは女子ですよ。ふたり組の。この学校の制服のようなものを着ていたな」新田君の証言だった。

「ようなもの、なのか?」

「近くで確認してませんから」

「いつ見たんだ?」

「昼だよ。飯食ってる最中だったから。昼飯の時間が始まったばかりなのにグランドのど真ん中だろ。なんかそれで記憶に残ったんだろ」

「その時『棒』は立っていたか?」

「分からない。見たとも見ていないとも言えない、はっきりしないから」

「そういうのは担任に言っていてくれると有り難かったんだが、このクラスは岸野先生か」

「女子がふたりグランドにいたってのがそんなに重要だとは思えなかったからさ」


「女子の方ガン見してるって思われたくなかったんだろーっ」誰かが茶茶を入れた。新田君はほんのしばらく考えるように黙り込み、

「ああいうのがいるから言いたくなかったんですよ」と言った。


「だけどクラスの何人かにその話しをしたってことは何か引っかかるところがあったってことだろう?」

「そりゃ、まあ」

「どんなことでも良いから言ってくれよ。何に引っかかったのかを」

「俺もグランドを観察し続けているわけじゃないですから、当然飯食うときはたいてい弁当の方を見ていますよね?」

「ああ」

「グランドを見たまま弁当を食いませんよね?」

「そりゃそうだ」

「俺が一度そいつらを見て、その後何口か弁当を食ってからまたなんとなしにグランドを見たらもう姿が無いんだ。ふたりとも。で、俺がいったい何秒くらい弁当の方を見ていたのか分からないんですよ。ほんの少しの時間くらいっていう感覚しかないから。もし十数秒くらいしか弁当の方を見ていなかったら変な話しになるんですよ。俺が目を離した直後からダッシュを始めないと俺の視界から消えられないと思うんですよ。俺はかなり離れた校舎の中にいて目が合ったとは思ってねえし理屈の上じゃあり得ない話しになるんですよ。だけど俺が目を離した時間が一分に近いかもしれないし、よく分かんないんですよ」

「なるほどな、それは確かに引っかかる」

「そこにいる上級生の方はなんです?」新田という下級生が自分に話しを振る。

「なに、ここにいる彼もグランド中央付近でふたり組の女子を見たというんだよ」

「まじっすか?」


 教室中がざわめく。


「ただ目撃した時間が違うんだ。昼じゃなく三時半なんだ」村垣先生が代わりに言ってくれた。

「まあ同じ人間っていう可能性はありますけどね」新田という下級生はそう言ってのけた。

 なるほど確かにそういう発想はアリだ。後で深見さんに確かめる必要があるのかもしれない。

「重ねて聞くが、ふたり組の女子の姿が見えなくなったときグランドに棒状の物体は刺さっていなかったのか?」

「それがね記憶に無いんですよ」


 本当だろうか? 自分は疑ってしまう。村垣先生は窓から外の景色を見る。そして

「なるほど一階というのは景色がグランドレベルだな」と当たり前のことをわざわざ口に出して言った。

 自分も見てみる。

 確かに背景にとけ込みあの細い直刀が存在していてもそれに気づかない可能性はある。

 目線を教室の中に戻すと新田という下級生はなんだか要領を得ないような顔をしていた。村垣先生も振り返り、「ありがとう参考になったよ」と言った。

「どうも」と愛想無い返事が返ってくる。

「そうそう、このクラスの名探偵達が重要な発見をしていたぞ。グランドの傷について彼らに聞いてみるといい」

 ちょうどその時昼休み終了の予鈴が鳴り同時にさっきグラウンドで会った四人が教室に戻ってきた。昼休みが終わりかかっているのにこのクラスのざわめきが止まらない。



 村垣先生とは短い雑談の後階段付近で別れた。先生は職員室へ。自分は三階の自分のクラスへ。階段を三歩昇って今気づいた。後になって気づくんじゃあな。ただ村垣先生に訊けばよかったんだ。深見さんのクラスの担任なんだから。

 昨日昼休みの教室に深見さんが『いたか/いないか』が分かったはず。



 『何かが進展する今日』のはずだった。しかしもう昼休みが終わってしまった。そこまで時間が過ぎてしまった。

 ここまで集まった情報を村垣先生から聞いた。しかし〝短い雑談〟の中で済んでしまうほど分かったことは限られた。

 結局『あの剣が昨日の何時には存在しなかった』というその時間が午前十時半頃にまで延びたことだけ。

 『新田君の証言』と合わせたこれらの情報は早速に全てあのお巡りさんに伝えられることだろう。


 昨日からみんなが常駐状態の学校の面談室。今は午後の授業の最中だが村垣先生は確か非番状態だったはず。もちろん深見さんが当該面談室にいるのはもちろんのこと、トイレの介助役を務める仁科も付き添っている。というわけで五人のうち自分を除く四人が面談室にいるんだな。


 今頃なにを話しているんだろう? 面談室の今頃は——

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