第25話【物的証拠】

『高二男子・水神元雪から見える光景』


 正直たいして期待はしていなかった。だがグラウンド上の三日月状の傷の存在に気づいた者はいた。


 一年生。人数は四人。


 彼らは目ざとくグラウンド上の傷を見つけていた。この傷は夜をまたいでも消えることなく残っていたというわけだ。この傷を見ると改めて〝これは現実なのだぞ〟、と自分に突きつけられているかのようだ。


 一年の四人はグラウンドに金属製の棒が刺してあったと聞いて、その跡くらいは残っていると考えこの場に来たのだという。そうしたら弧を描く謎の傷がグラウンド上にあったというわけだ。村垣先生と二年の自分の前で一年生どもが推理を披露している。


「これなんだろうな?」

「なんかパワーショベルでガリっと削ったみたいな傷だよな」

「バカ、そんなもんが入るかよ。だいいちショベルのキャタピラの跡が無いだろ」


 ごもっとも。

 この傷の異常性にこの一年生たちは感づいている。むしろ見に来たのがこいつらだけしかいないのか、とも言えるが。みんなたいして『グラウンドに金属の棒が立てられた』じゃ興味を引かれないんだな。


 その内一人が横のもう一人に「言っちゃえよ」とかなんとかごにょごにょやり始めた。やがて彼らは内輪の内緒話で何か決めたのか村垣先生に鋭い問いを発してきた。


「先生たちは昨日ここに棒が立っていたことを知っていたわけだからこの傷があることも見て知っていたはずですよね? でもウチの担任言わなかったんですよ。先生はどうです?」

「鋭いなぁお前ら」村垣先生がごくごく自然な調子で言う。「——実は私もこの傷の話しはしていないんだ。というのもこの傷は不審な傷でなぁ、この傷のことを言うと先入観を持たれた話ししか集まらないだろうということでわざと伏せたんだよ」

「なんか意味が分かりません」

「分かるだろう? やった犯人が男だという先入観を持ってしまわないか? このグランドひどく固いし」

「そうなると新田のヤツが言っていたこともなにかカンケーあるのかな?」一年のうちの一人が奇妙な事を言い始めた。

「どんなこと言ってたんだ?」とすかさず村垣先生が反応する。

「いや、二人の女子が昨日グランドのこの辺り? で、たむろってたってことなんですけど」


 深見さんと仁科のことか……


「昨日の三時半過ぎだろう」ふと自分が言っていた。だが意外な答えが返ってきた。

「違うよな。昨日の昼だろ? 新田の言ってたの」


 上級生だってのに気づかないのか? タメ口だぞ、と思ったが、なにっ、てっ⁉


「それは別件みたいだな。その二人、棒を手にしていたってことはないか?」村垣先生が訊いた。

「さぁ、そんなこと言ってなかったけど」

「新田君てのは君たちと同じクラス?」

「そうですけど」

「どのクラスか教えて欲しいんだが」


 自分と村垣先生はこうして小さな情報を得た。教師だから聞き出せたんだと思う。自分じゃ無理だ。

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