第24話【事件発生二日目】
『高二男子・水神元雪から見える光景』
気づけば朝になっていた。
普段なら絶対に起きていない秋の朝六時と少し前。
部屋の隅に置かれたガラステーブル。その下にいる深見さんの方へと視線を送ればしっかり仰向けになってすうすう寝ていた。
二日目が始まっている。
「おはよう」、それはお巡りさんの声だった。本当に寝ずの番だったらしい。警察の人って凄い……と思ったらあくびする。『寝ない』と言っていた村垣先生は寝てしまっていたようだった。事態が動くであろう木曜日。
——それにしても何かが起こりそうな夜だった。しかし何も起こらず朝が来た。招かざる客がやって来ること無く自分たち五人は無事だ。もちろん深見さんに襲われ四人死亡ということもない。お巡りさんの懸念が外れてくれて良かった。
過ぎてしまえば拍子抜け。だけど振り返れば本当に怖い夜だった。
「こんなに朝から何かが起こる予感のある日はないね」お巡りさんは立ち上がりながら言った。
良いことではないという意味が感じられた。深見さんの方を見る。剣を握りしめたまままだ寝ている。普通寝てしまえばこんな物は手から離れる。それがくっついたままだというのは事態は昨日から寸分も変わっていないと分かる。
南側がグラウンドで遮るものの無い部屋の窓のカーテンに早朝の薄い光が降り注いでいる。ために部屋の中は既に適当に明るい。カーテンを開けると空の雲の量は多め。ここ三日間くらいは天気の良い予報だったはずだけど。
「でも世界がひっくり返るほどの事件にはならないと思います」と自分は希望的観測を口にする。
「そうだね」とお巡りさんから返ってくる。
その話し声のせいだったのかほどなくめいめいが目を覚ます。深見さんも仁科も村垣先生も。仁科の寝顔も見ているはずだけど記憶としては残ってはいない。『寝顔をじっと見ていた』、などとどんな難癖をつけられるか分かったもんじゃない。そう思っちゃったのかもしれない。
この時間はそれぞれにとって早いのだろうか、遅いのだろうか。
この五人の中で東王東高生は三人、仁科のみが自宅からこの場へ来たため私服だ。制服に着替えるため先生が車を出すことになった。それとあと朝食の問題がある。またしてもコンビニの世話になることになるんだろう。
朝のホームルーム。夜の顔の学校はどこかに消え、すっかり日常の顔になっている。深見さんは『体調不良のため欠席する』、そういうことにした。この時間学校にいながら教室にいないというのはどんな気分なんだろう。
仁科はぎりぎりになって結局欠席を決意した。深見さんに付き添い続けるんだとさ。行動が『親友』だな。わざわざ制服を取りに行って着替えたのにな。下の世話があるから説得力無しとは言えないが。
仲の良いふたりが同時に欠席か……クラスが違うのでどんな反応になっているかは分からない。
教卓には既に今の担任の先生。もちろん自分のクラスの担任は村垣先生ではない。担任は『あの話し』をし始める。
「昨日のことなんだが、グランドの真ん中に棒を立てた者がいる。金属製だ。いや、立てたというか刺したんだな。もちろん撤去はしたが。問題はいったい何時に誰が立てたか、だ。昨日何者かがその棒をグランドに刺しているところを見た者がいたら知らせて欲しい。また朝の何時には立っていなかった等でもいい。以上だ」
さっそく始まったな、とそう思った。
自分はこの件について内部事情、つまりあの五人の内だけの事情を知っていた。なぜ『金属の棒』、という呼称にしたのかという事情だ。深見さんの手にくっついて離れない剣は毛布でぐるぐる巻きにしてしまった結果、一見何を手にしているのか第三者には分からない。
実はお巡りさんがこんなことを言い始めたからだった。
「剣だということは隠しておきましょう」、と。
つまり俗に言う『犯人にしか知り得ない情報』だということで全ての真実を明らかにせず一部の真実を明らかにするに留めようということだった。自分の役割はこの件に関し、自然に耳に入ってくる情報を五人全員の共有情報とすること。仁科が降りたためこの役割は自分一人の役割となった。とは言え都合良く自分の周りの人間が重要な話しをしてくれる保証も無いけど。さて、この後目撃者が出るんだろうか?
あの話しを聞いた直後は、クラスの中はあの話しで持ちきりだった。
しかし時間の経過とともに話題にも上らなくなる。そうこうするうちに弁当の時間になった。話しが出るとすれば正にこの時間帯なのだが。自分は仲が良いのかなんなのか微妙なクラスメートと昼食をともにしたがこの話題はまるで存在しないかのようだった。専らテストの点数の問題と時期的に文化祭の話題に終始した。
弁当の時間が終わり、昼休み。職員室に急行する。行き先は今の担任ではなく村垣先生の方だ。村垣先生はこの自分に気づくと職員室の隅の方へと誘導した。もどかしさに任せるまま「なにか分かりました?」とその場に着くや尋ねてしまう。
「収穫らしい収穫は無かったな。今のところはだが」村垣先生は答える。
「と言うことは少しはあったってことですか?」
「朝のホームルームで話すやいなや言ってくれた生徒がいた。一番窓側、グランドよりの席の生徒の話だが、ホームルームの時分、まあ朝の八時半くらいか、何も立ってなかったと、ただそれだけか」
「そっちはどうだ? クラスの様子は」
「特に重大な目撃証言を話題にしている者はいないみたいです」
「そうかぁ、飯の時間も過ぎたってのに」
「お巡りさんにはそのことは?」
「あぁ一応話しておいた。そしたら。『これは重要な証言です。複数あればさらに良い』なんて言ってたな」
「どう重要なんですか?」
「朝八時半以降、つまりそれは白昼だな。白昼堂々とグランドの真ん中にあんなものを刺したということが分かったのが重要なんだそうだ。つまり真夜中、夜明け前といった暗い時間帯に刺したわけではないってことだな」
「じゃあ誰か見ていても不思議ない時間帯に刺したのにどうして……」
「たまたまその時誰も見ていなかった、としか言いようがないな」
何も遮るもののない真っ昼間のグラウンドで誰にも見られず剣を刺す? あり得るんだろうか? 偶然が重なったんだろうか? 待てよ……
「金属の棒、という表現を使ったから関心を持たれないんでしょうか?」と声を潜めて言う。
「そりゃああり得るが、『剣』が刺さっていましたなんて言えば大騒ぎになる。そんなものの本物がこんなところにあるなんてな」
それをハッキリ言っていれば今の状況が変わったんだろうか?
「そう言えばグラウンドの、あの三日月状の傷はどうなってるんでしょう?」
「今朝私が確認したときにはそのままだった」
「そのままですか————そのまま、今もそのままならこの傷はなんだろうってことで何かに気づく者が出るんじゃあないですか?」
金属の棒、つまり鉄パイプ的なものでは絶対にあの傷はつかない。
「そうだな、今昼休みだしグランドに出て遊んでいる生徒の中に気づく者がいるかもな——そうか! 朝その話をしてグランドのどこに立ってたか見に行く生徒がいても不思議はないな。よしゲンセツ、行くぞ」
「あのお巡りさんは?」
「やつなら二度寝だよ。面談室で寝てる。まったく昼になってるっていうのに弁当も食べずにひたすら、な。まあ制服姿の警官が校内をウロチョロされたら一騒動になるから仕方なく容認しているってとこだ」
自分は一応尋ねる。
「あの、もう一人の女子は……」
「ああ仁科か、弁当は深見と一緒に食べてたぞ」面談室の扉の方を見ながら村垣先生が言った。両手が塞がってる深見さんは〝あーん〟と口を開けて食べさせて貰うしかない。それをしたのはもちろん仁科。その昨日の夜の光景を思い出してしまった。
「そうですか——」しかことばが出ない。
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